32話
門を通り先へと進むとクロッドの町よりも大きな街でした。
夜だというのに明るくて人も多い。こんな時間、クロッドでは真っ暗で静まり返っています。皆明日に備えて眠りますし、訪れるような旅人も多くありません。冒険者が立ち寄る組合と酒場くらいは開いていますが、殆どの店や人が眠っている時間です。
「ガリアの街は初めて?」
「はい。小生はクロッドから出た事がありません。…昼間のように明るいのですね。」
「活気のある街だよ。…でも、人が多くて……、出来れば早く通り抜けたいのだけど…。」
何やら事情がおありのようですが、小生がお力になれる事などありませんし面倒は御免です。
早めにお暇した方が良さそうですね。
食事をするにも宿を取るにも小生は無一文なので組合で簡単なお仕事をしてからでないと動けません。
そのお話をすると馬車の方から声が聞こえました。
「一緒に食事を摂っても良いんじゃないか?私も一人は寂しい。そいつは同じくらいの年だろう?」
「しかし…っ。」
「メヒテルト、私の言う事が聞けないのか?」
「……仰せのままに。」
…門を潜ったところで逃げておけば良かった…。
小生にはいまいち分かりませんが、人間は身分というものを大切にする種族です。高貴なお方とやらの言葉に彼女、メヒテルト殿が従うという事は一市民でしかない小生も従わなければならないのでしょう。
遠慮すると言ってはみましたが聞き入れては頂けず、何やら豪華な宿の豪勢な食事を振舞われました。
小生の向かいに座る高貴なお方は小生と同じくらいの少年でした。メヒテルト殿と他の兵士たちは部屋を囲うように立っています。これが身分の差というものなのでしょうね。
野良であっても上位の者が先に良い食事をする、これは人間も同じという事なのでしょうか。
「好きなだけ食べてくれ。…同じ年くらいの友人が居なくてね、ちょっと舞い上がってるみたいだ。すまないが、付き合ってくれないか。」
「…はぁ。では遠慮なく頂きます。」
「クロガネ、といったか。私は…、……ディーだ。そう呼んでくれ。…おっと、敬称は付けるな。敬語も止めろ。私は貴殿と身分など関係なく話しをしたい。私の肩書は聞かず、ただディー…と。」
「……分かりました。しかしこの話し方は昔からなので止めろと言われて変えられるものではありません。それとディー、身分を関係なくと仰る割には身分をひけらかしていらっしゃるようですが?」
「なに…?」
「小生はクロッド以外の街を知りません。ですが友人に上から物を言うような人には会った事がありませんよ。」
「お前っ!口を慎め!この方は…っ!」
「良い。…ふ、…ははっ、すまない。私も昔からの教育でこの話し方と態度はなかなか変えられない。…が、友人の言葉は聞き入れたいと思う。」
「…友人になるとは一言も言っていませんが?」
「これは手厳しい。」
周囲の兵士殿たちは憤っている様子ですからディーの身分は高いのだと理解出来ます。しかし小生とて食事をお願いした覚えはありませんし、付き合ってあげているのは此方です。
豪勢な食事とは見た目ばかりで味はいまいちですし、匂いもきつくて小生には美味しいとは思えません。
ディーは小生と同じくらいの年頃とのことですが随分と威圧感のある方です。貴族、という肩書をお持ちの方でしょうか。
深く考える事はしたくありませんし、いまいちではありますが食事を楽しむ事にしましょう。ディーからの質問に答えながら食事をしました。ディーにとっては小生が生きていたクロッドが珍しいようでした。
それにしても…、シオドア殿の方がまだ美味しい食事を作っていましたよ…。
「ん…っ!?こ、これは…っ。」
「何だ、牛の乳が珍しいのか?」
「美味しいですっ。山羊の乳も貴重でなかなか食卓に上がる事はありませんでした。」
「そうか、気に入って貰えたようで安心した。不味そうな顔をして食べていたからな、クロガネは。」
「おや、バレましたか。見た目の割には美味しくないと思っていました。」
「クロガネは素直にハッキリと言うのだな。聞いていて心地が良い。…何の裏も無いと、私にも分かる。」
「はて、嘘を吐いて何になりましょう?…素直に口に出さぬ事が円満に済むという事は覚えましたが、何かを偽ってまで得られるものがあるとは思えません。」
「…耳が痛いな。」
少々暗い表情になってしまったディーに気付きはしましたがそれを口には出しません。
会ったばかりで知らぬ場所に連れて来られたというのに身の上話まで聞いてあげる義理はありませんからね。…食事を振舞って頂いたお礼はすべきかとも思いますが。
早々に食事を済ませて組合に向かうとしましょう。同じ年頃の友人が居ないからと連れ回されては堪りませんし、こんな部屋では安眠出来そうにありませんから。
ディーの質問に答えながら食べているので普段よりも遅くなった気がしますが食事を終えて帰る事を切り出そうとしていました。しかし帰れません…。デザートにアイスが出てきたのですっ。
このアイスなるものは小生、大好きですっ。クロッドにはありませんでしたし、此方の世界には無いものなのかと諦めていました。ですがこれはアイスですっ。
「なんだ、クロガネ。アイスが好きなのか?」
「大好きですっ。」
「ははっ、そうか。沢山食べて良いぞ。」
「遠慮しませんっ。」
飼い主殿が食べ終わったカップを舐めさせて頂くだけでも幸せでしたが、こんなに多く独り占め出来るとは…っ。人間の身体を得て良かったと思えます。
アイスを頬張っている最中、唐突に照明が消えました。
停電かとも思ったのですが此方には電気なるものは普及していないようですし、火が消えたのだと理解して周囲を見回します。
明かりが消えただけで兵士殿たちが狼狽えているのが見えました。確かに暗いですが外の明かりもあるのでそれ程慌てなくても良いかと思うのですが…。
「…っ、…王子、伏せて!!」
メヒテルト殿の声が響いた直後、窓からの闖入者がテーブルを割りました。メヒテルト殿の声でディーが伏せた為に彼に剣は当たりませんでしたが、テーブルにあった皿やグラスは床に落ちて割れてしまいました。
他の兵士殿よりもメヒテルト殿は目が良いのかディーを兵士殿たちの方へと放って闖入者の前に出ます。
一体何が起こっているのか、小生には分かりません。恐らくではありますがディーが彼等に狙われているというのは察しました。分かるのはその程度です。
……ですがもう一つ。小生はまだアイスを食べ終えていなかったのですが…。




