31話
竜殿の背に乗せて貰い、深い深い森を抜けました。最近では狩りで深くまで入っていたと思いましたがもっと、ずっと深い森だったようです。
彼女の翼では容易に越えてしまいましたがこれ程深い森だったのですね。…シオドア殿が更に奥に行くと言い出す前に帰る事が出来るのは幸運だと思っておきましょう…。
森を越えると黒い靄のようなものが立ち込めていました。これが瘴気というものなのでしょう。
深く不気味な森の先、荒れた大地を覆う瘴気。これでは生き物は生きていけないと感じます。
『クロガネ、ちょっと飛ばすけど…しっかり掴まっていて。』
『…あ、はい。一体どうし……うにゃあッ!?』
竜殿の速度が上がる事に同意はしました。しましたが、これほど速いとは思いませんでした!
必死にしがみ付いて落とされないよう身体を小さくしていたところ、ほんの僅かな時間で速度が緩みました。
幾ら小生といえどもこの高さから落ちたら生きてはいないでしょう…。
瘴気の立ち込める荒れた大地で生きている魔物が居るそうなのですが、狂暴で空を飛んでいても危険なのだそうです。
一気に通り抜けてしまう事が得策とのことで速度を上げて下さったらしいです。
振り返ってみても魔物どころか生き物の気配を感じませんが、竜殿が回避すべき魔物になどお会いしたくありませんね。
『貴方の生まれ故郷はクロッドという町だったわよね?ごめんなさい、そこまでは行けないの。』
『いえ、こうして送って下さるだけで有難いです。適当な土地に降ろして頂ければどうにか帰り着いてみせます。』
『ふふっ、頼もしいのね。本当は町まで送ってあげたいのだけど…、冒険者は私の身体がお金になるって思っているから人に見付かりたくないのよ。』
冒険者に見付かれば金になるからと狙われ、冒険者ではない人に見付かれば襲撃に来たと怯えられて討伐隊が組織されるのだとか。
何もしていないのに勝手な事を、と思いましたが自分よりも大きな生き物に怯えるのは当然の本能なのかも知れません。
広い海を飛んで下さる間に船を見かけましたので報告し、飛ぶ方向を変えながら陸地を目指します。
産後に働かせて申し訳ないので彼女の為にまた獲物を狩るとお話すると笑われてしまいました。
繁殖期は忙しくて獲物を狩るのが大変だそうですが、普段は狩りなど簡単なのだそうです。小生は毎回必死ですのに…。
彼女と他愛ない話をしている間に陸地が見えてきました。
身の振り方はどうとでもなるでしょうし、彼女の行けるところまでで構わないとお話したところ森の中に降ろして下さる事になりました。
しかし落とすとは聞いていませんが…っ!?
『それじゃあまたね、クロガネ。』
『ちょ…っ、流石にこれは高いのでは……にゃああああっ!!』
彼女は小生を森の中目掛けて落とし、旋回してゴートランドの方へと帰って行きました。
枝を折りながら落下しましたが最後はどうにか足から着地する事が出来ました。猫だった時の感覚を覚えていて助かりました。あの高さで落ちたら骨折で済んだかどうか…。
「貴様、何者だ!!」
「……え?」
着地した途端に聞こえた声。顔を上げると何やら甲冑のような物を身に纏う人たちに武器を向けられました。
こんな夜中に森の中に居る人間の方が怪しいと思うのですが、木の上からいきなり落ちて来た小生も怪しいのでしょう。人間に竜殿のお話をして彼女の身に危険が迫るのは避けたいところですし…。
「……何者と言われましても…。迷子と形容しておくのが妥当かと思います。」
「こんな夜中に、それも森の中に子供一人でか!」
「あー…、……姉上の移動魔法で、繋ぎ目とやらに落ちたのです。此処が何処かご存知ではありませんか?」
「白々しい!誰に雇われた!」
「雇われてなどおりません。小生は姉上の元に帰る道をお聞きしているだけです。」
「このガキ…っ、捕らえて首謀者を吐かせろ!」
「待ちなさい。」
小生を取り囲む男性たちの間から現れたのは馬に乗った女性でした。何やら良い匂いのする女性です。
小生の言葉を信じられない人たちを尻目に、彼女は小生を馬に乗せて下さいました。近くの街まで送って下さるとのこと。
男性たちとこの女性は兵士で、馬車の中には高貴な身分の方がいらっしゃるのだとか。お忍びでの移動の為に気を張っていたそうですが、こんな夜中に移動しなければならないとは高貴な方も大変なのですね。
「襲撃があってはいけないから、皆気を張っているの。怖がらせてごめんなさい。」
「あ、いえ…。」
怖がっていた様子だったのは小生ではなく彼等の方だと思いますが…、誰かに狙われているとかそういった話でしょうか。気にはなりますが聞いてみて巻き込まれるのは御免ですし、あらぬ疑いを掛けられるのもっと嫌ですのであまり話さないでおくことにします。
「繋ぎ目に落ちて無事なんて幸運ね。早くお姉さんに会えるよう祈っているわ。」
「有難うございます。……失礼を承知でお聞きしたいのですが、香水か何かお使いになっていますか?」
「……いえ、そういった物は使った事がないわ。」
小生から問い掛けようとしたところ彼女の緊張が感じられました。小生を警戒はしているという事なのでしょう。返答はして下さいましたが裏を探っているようなご様子。裏などないのですがね。
彼女の後ろに乗って落ちないようにしがみついているのですが、やはり良い香りがするのです。何処かで嗅いだ事があるような気もするのですが…。もう少し近付いたら思い出せるでしょうか。
「ちょ…っと、そんなに変な匂いでもするの?…ぁ、こら…っ。」
「隊長に何をしている、このガキが!!」
「良い香りがするのですが、どこかで嗅いだ気がして…。でも何の香りだったのか…。」
「やめんかぁ!なんて羨まし…いや、けしからん!!」
「……すみません。」
彼女の纏う香りが気になって、少し腰を浮かせてより強く香る首筋に顔を埋めて確かめていたら周囲の兵士に叱られてしまいました。
何の匂いでしょうか…?とても惹き付けられる香りではあるのですが、どうにも思い出せません。
彼女の香りの正体を考えていると大きな門が見えてきました。彼女が門の上に居る兵士に声を掛けて通してくれるよう交渉している間も考えていたのですが答えが出ません。ハッキリしなくて何だか気持ちが悪いです。