30話
すっかりリゼンの家での生活に慣れて来た頃、竜殿がいらっしゃいました。
彼女に頂いた鱗を介して彼女を呼び、狩った獲物の捨てる部分を何度もお譲りしていましたが彼女から来たのはお会いした日以来でしょうか。
『クロガネ、待たせてしまってごめんなさい。』
『待ってなどいませんが…、どうかされたので?』
『あら、私たちの繁殖期で此処から出られないと聞いたのだけど…。』
『待たせたとはそういう事でしたか。もうお子が生まれたのですか、おめでとうございます。』
『ふふっ、まだ卵よ。』
彼女が言うには竜は子供を卵で産むのだそうです。そして両親が温めて卵を孵すらしいのですが、それが一番困難なのだとか。
次回の繁殖の為に異性の子供が生まれてくれる事を望む父と母とで温め方が違うのだそうです。卵は生まれてくる時の温度に因って雌雄が決定されるとのこと。
母は雄が生まれて欲しいから丁寧に温め、父は雌が生まれて欲しいから卵を温めずに冷やしてしまう。しかし冷やし過ぎると卵の中で子供は死んでしまうのだとか。その為竜の繁殖は難しいのだそうです。
『クロガネが望むなら、人間の国まで乗せてあげる。流石に街までは送ってあげられないけど…どうする?』
『それは有難いです。……あ、ですが…。』
『昼間は目立つから、出発は夕方。夜には人間の国まで飛べるから、お別れはそれまでに済ませてね。それと、急で悪いんだけど…今日か明日しか送れないの。それより先だと夫が卵を冷やしてしまうから…。』
『分かりました、またご連絡致します。』
彼女は卵を温めに帰っていきました。唐突なお話で少々混乱しています。
姉上の元に一刻も早く帰りたいと望んでいました。竜の繁殖期でなければ直ぐにでも帰るつもりでいました。
けれど、リゼンたちのお世話になって離れ難く感じてしまう気持ちが生まれたのです。彼等は小生を猫のクロガネとして扱って下さいます。時々厳しいと感じる事もありますが、とても居心地が良いのです。
リゼンやリアム殿が撫でてくれる手付きはとても気持ちが良いですし、リアム殿の食事はとても美味しいです。…シオドア殿は虐めてきますが、嫌いにも不快にもなりません。ちょっと意地の悪い兄のような存在です。
朝食を食べながら彼女が来た理由を皆さんにお話しました。姉上の元に帰りたい気持ちは変わりありませんが、皆さんとお別れをするのは寂しいと感じているのも本当だとお伝えしました。
「そうだよね、帰るって話だったもんね。…寂しくなるなぁ…。何だか、ずっと一緒に居られるような気でいたよ。」
「……すみません。」
「謝らなくて良いんだって。寂しいけど、お姉ちゃんもクロガネが居なくてきっと寂しい思いしてるもん。」
食事の手を止めてリアム殿の近くへと歩み寄ります。寂しさと親愛を込めて擦り寄りましたら、撫でて頂きました。リアム殿は頬も撫でて下さるから好きです。
「…なぁ、何でそんな辛気臭ぇ空気になってんだよ。」
「ちょ…っ、お兄ちゃん酷くない?クロガネが帰っちゃうんだよ?寂しいじゃんっ。」
「いや…、また来れば良いじゃねぇか。クロガネが移動魔法覚えりゃ何時でも会えるだろ。」
「………あ。」
「飯、冷めるぞ。」
リゼンもシオドア殿と同じように思っていたらしく、一言口にして食事を再開しました。
寂しがっていた小生とリアム殿は何となく気まずく感じて顔を合わせて笑いました。…お恥ずかしい。
今生の別れでもありませんし、無属性の魔法は可能性が幾らでもあるそうなので移動魔法も使えるかも知れません。困難ではありますが、海を渡って来る事だって不可能ではないのですから。
最後の詰め込みになりましたがシオドア殿から幾つか魔法を教えて頂きました。使えるまでには至りませんでしたが知識としては覚えておくようにします。
餞別として迷宮で手に入れた装飾品を頂きました。耳に付ける物らしいですが小生には不要だと思い遠慮しようとしましたが、離れた人物と会話が出来る道具なのだとか。同じ道具が五つあり、一人一つとして余った一つは姉上の土産にすると良いと頂いたので有難く頂戴しました。
「クロガネ、聞こえるー?」
「はい、リアム殿のお声が直ぐ傍で聞こえます。」
「便利だね。」
リアム殿が耳に付けて下さり、リアム殿が二階に上がっていく足音がしたと思ったら耳元で彼女の声が響きました。
話したい相手を思い浮かべるだけで会話が出来るそうです。…竜殿に頂いた鱗のようですね。
二階から降りてきたリアム殿から鈴が付いた紺色の紐を頂きました。魔除けの鈴だそうですが、リアム殿が持っている方が良いのではないかと。
あまり信用はしていませんが小生には《女神の加護》なるものがありますし…。
「もう、そういう本格的なやつじゃないよう。お守りみたいなものだから。…猫に鈴って思っただけなんだけどね。」
「小生はリアム殿の飼い猫でしたか。野良ではないなら食事を与えて貰って、睡眠を楽しむだけで良かったのでは?」
「…お兄ちゃんの意地悪が移ったんじゃない?クロガネ。」
「冗談です。有難く頂きます。……似合いますか?」
「かわい…じゃなかった、似合うよ、凄く。」
首に結び付けたところ褒めて頂いたので頭を差し出すと撫でてくれました。
リゼンも小生の頭を撫でて下さり、耳の後ろも撫でて貰いました。リゼンは小生のツボを心得ていらっしゃる。顎の下や頬、耳の後ろまで撫でられては蕩けてしまいます。毎回シオドア殿には「気持ち悪っ!」と言われますが、心地良いのだから仕方ありません。
一先ずのお別れになるからなのかシオドア殿も今日ばかりは撫でて下さいました。
それから何時ものように狩りに出掛け、何時もより豪華な食事を摂りました。鱗を介して彼女に今日お願いしたいと伝えました。明日に伸ばすと決心が揺らぎそうでしたので…。
リアム殿の食事から離れるのは本当に残念ですが、魚も出して貰えたので満足です。
ちょっと豪華な食事以外は何時もと変らない時間を過ごし、彼女が来るのを外で待ちます。
「まぁ、また何時でも遊びに来いよ。構ってやる。」
「…お手柔らかに…。」
「クロガネ、お姉ちゃんに宜しくね。また遊びに来て?」
「はい、リアム殿の食事を楽しみにまた来ます。」
「クロガネ、…息災でな。」
「…はい、リゼンも。」
『では行きましょうか。』
『お願いします。』
一時の別れと思って皆さんに挨拶をしてから彼女の背にお邪魔します。
空を飛ぶのは苦手ですが、頑張って耐えましょう。姉上が待っていて下さるでしょうから。




