23話
小生が心地良く眠っている間にも各々無詠唱の練習をしていたそうです。それでも呪文を詠唱して発動する方がまだ速いと口を揃えて仰います。
速い方が良い事なのでしょうか?こんな奇跡みたいな力、使えるだけでも凄い事だと思うのですが…。
「ねぇ、今日はお魚獲りに行かない?」
「……は?なんで。」
「クロガネにお礼?したいなって。自分でも分からない事をこうして教えてくれたんだし。ダメ?」
「リアム殿、行きましょう。魚は何処で獲れるんです?」
「…お前…、現金な奴だな。寝てた癖によ。」
魚…っ。ずっと焦がれていました。
クロッドの町には魚が無いのです。近くに海も川もないですし、一番近い街から買ってくるとしても鮮度が落ちます。その為、新鮮な魚が店に並ぶ事は無かったのです。
姉上の移動魔法を知っていればお強請りしたものを…っ。無事に帰る事が出来たらお願いしてみましょう。此方の魚はどんな味なのでしょうか…、涎が出てきそうです。
ゴートランドの近海では魔物が多く生息している為、食用に出来る魚は殆ど居ないのだそうです。
少し離れたところに大きな湖があり、そこでは魚が獲れるとのこと。魚の為なら移動に時間が掛かっても歩けます。
リアム殿に方角を確認しようとしたところ、リアム殿はシオドア殿に抱っこをせがんでいました。
はて、彼女は姉上と同じか姉上より少し上くらいの年齢だと思ったのですが…。
「へーへー。ったく、リゼンに抱えて貰えよ。」
「……だって…、時々悪戯してくるんだもん。」
「惚気か、うぜぇ。」
「ち、違うよっ!?困ってるんだよ!?」
「流石に子供の前ではしないが…。」
「嘘だ。クロガネは猫だし、本当はおじいちゃんだから気にせず触ってきそうだ。」
…何のお話かよく分かりませんが、早く出発しましょう…。
小生がそわそわとしていたところリゼンに抱え上げられました。小さな子供を抱き上げるかのように片腕で抱えられて目を瞬かせていましたが、リゼンの背に翼が現れた事で更に驚きました。まるで竜のような翼ですがリゼンは魔族とやらではなかったのでしょうか…?
「リゼンは竜だったのですか?」
「魔族だと言っただろうが。……、あぁ、コレは闇魔法の一つだ。シオドアのアレは光魔法の一つだ。」
リアム殿を抱えたシオドア殿の背にも翼がありました。シオドア殿の翼は背から生えているというよりは背に触れるか触れないかくらいの位置に翼が浮いています。白く輝くような鳥類の羽は美しいと思いますが、小生には美味しそうに見えます。食べられるのでしょうか…。
リゼンの翼は背から生えているようにも見えます。気になって引っ張ってみたら感覚があるのか痛いと言われました。
魔族には翼があり魔力を使って飛翔するのだとか。翼は魔力の塊なので不要な時は収納出来るという事なのですが、今まではしまっていたという事でしょうか。つまりこの姿がリゼンの本来の姿、という事らしいです。
「ちょっとお兄ちゃん、これは抱っこではないよ!」
「るせぇな、荷物を荷物らしく持って何が悪いんだ。ほら行くぞ。」
リアム殿は文字通り荷物のように抱えられたまま、小生は幼子のように抱えられたまま運んで貰いました。
魔力を源として浮いているのは同じらしいのですが、リゼンの翼は羽搏いています。シオドア殿の翼は形こそ鳥類のそれですが羽搏いていません。…あれは食べても美味しくなさそうですね。
空を飛ぶという行為は当然ながら初めての経験で、恐怖からリゼンにしがみついていたのですが何時の間にか爪を立てていたらしくリゼンの眉間に皺が寄っていました。…不可抗力ということにして下さい。
リアム殿は風が気持ち良いとはしゃいでおられましたが、そんな余裕…小生にはありません。
「クロガネ、怖くないから目を開けてみなって。気持ち良いよ?」
「む、無理ですっ。落ちたら死にますっ。」
「…落ちたら死ぬだろうな。」
「ほらっ!!」
「リゼン、意地悪しないのっ。クロガネも練習すればお兄ちゃんみたいに飛べるよ、きっと。」
「飛ぶ必要はありません、小生は歩きますっ。」
「歩くと魚が沢山獲れる湖まで数日掛かるけどなー。」
うぅ、リゼンもシオドア殿も意地悪です…。
小生は始終目を瞑ってリゼンにしがみついていました。体感としては半日以上掛かったような気がしましたが、陽の高さからそれ程時間は経っていないのだと分かって驚きました。
「クロガネ、着いたぞ。」
「腰が抜けて…。」
リゼンに下ろして貰いましたがすっかり腰が抜けてしまって暫く立ち上がれませんでした。
飛翔した時はこのままクロッドの町まで送って下されば楽なのにと思ったのですが、こんな移動では小生はきっとショック死してしまう。
リアム殿が背中を撫でて下さっている間に二人は刀と杖を手にしていました。
「リゼン、その日本刀…先程まで持っていませんでしたよね?」
「ニホントウ?…これか。お前は使えないんだったな、収納魔法。」
「武器も収納出来るんですね。しかし日本刀をご存知ない…?それはどちらで入手されたので?」
「この近くの迷宮だ。」
「めいきゅう…?」
確か、出口が分からないように作られた建物の事だったような…。そこで拾ったのかと問い掛けたところ肯定と共に鉄扇も見せて頂きました。どちらも手に馴染むそうで愛用しているとのこと。
…吏漸も日本刀と鉄扇を用いて戦っていました。吏漸の愛用していたのは刀でしたが、リゼンの持っているものは脇差でしょうか。
その迷宮とやらに日本刀も鉄扇もあった、という事は遥か昔の侍もこの世界に生まれた事があるのかも知れません。
…ん?それは可笑しいですか。記憶を持って生まれたのが刀鍛冶を習得した人物ならいざ知らず、これ程の日本刀を残せるとは考え難い。否、それよりもこの世界で造る事など出来るのでしょうか?
考えても無駄ですね。答えなんて分からないんですから。それより魚です、魚。どんな魚が獲れるのでしょうか。
「迷宮に興味があんなら行ってみるか?」
「いえ、今は魚にしか興味はありません。」
「……よし、迷宮に潜るか。魚はちゃんと戦えたらご褒美に獲ってやるよ。」
「シオドア殿!?何を仰っているので!?魚はもう目の前じゃないですか!それを…あ!止めて下さい!首根っこは卑怯です!離して下さい!」
「猫って、首のとこ掴まれると大人しくなるよね。」
「母猫に運ばれた記憶には逆らえない、という事だろう。…行くか。」
「うん。クロガネをお兄ちゃんと二人にしたらクロガネが虐められちゃう。」