21話
花鳥の匂いで魔物が寄ってくると聞きましたが…理解のある方で良かった。
家から離れた所へと捨てに行く手間も省けて良かった…えぇ、本当に。意地悪なシオドア殿の事、きっと小生を強引に連れ出す算段でも付けていたに違い無いのです。
生まれたとあれば何時か死ぬものだと理解はしています、していますが恐怖の中死にたいなんて思っていません。彼女のおかげで危機を回避出来たのは喜ばしい事でしょう。
『ありがとう、素敵な黒猫さん。』
『おや、貴女も小生が猫とお分かりで?』
『えぇ、私たちは魔力が高い種族だもの、それくらい見抜けるわ。そうだ、お礼になるか分からないけど、これを。』
地に降りた彼女はご自身の肩に軽く爪を立てて鱗を一枚剥ぎました。…痛くは無いのでしょうか?
傾き掛けた陽に照らされてキラキラと落ちてくるその鱗を手にしてみたところ、思いの外大きな事に驚きました。小生の顔よりも大きいです。
竜の鱗は高値で取引されるそうで様々な用途があるのだとか。武具に加工すれば伝説級の強さを持ち、砕いて薬にすれば不治の病も治す…と、人間たちは思っているらしいと彼女は笑っていました。
魔力を帯びていて人間が入手出来る鉱石より硬くしなやかな鱗を加工出来ればそれなりに強い武具が出来るだろうし、薬にしても魔力の高さから病に効果はあるのだそうですが完璧な素材なんかではない…らしいです。
…武具はいらないので、薬にしましょうか。母上や姉上に何かあった時の為に準備しておいて損はないかと。
『あぁそれと、そのままの状態なら私と会話をする事が出来るわ。また大物を仕留めたら教えて下さる?要らない部分を引き取らせて貰うわ。』
『……そっちが目的でしたか。分かりました、善処しましょう。小生が仕留める事など稀でしょうが…、元気な子を産めるよう祈ってますよ。』
『ふふっ、ありがとう。貴方のお名前を聞いておいても構わないかしら?』
『名前……、…小生は、クロガネです。』
『クロガネ…、覚えておくわね。』
名前など好きに呼んでくれて構わないと言い掛けたのですが、小生は黒金と呼んで欲しいみたいです。安直だったとしても吏漸がくれた、大好きな皆が呼んでくれた名で。
羽搏いた彼女は直ぐに空高く舞い上がり、ものの数秒で見えなくなってしまいました。速さには少しばかり自信があるのですが、彼女には勝てない気がします。
「さて、彼女も帰った事ですし…リアム殿、肉を…鳥肉を調理して下さいませんか?」
「おう、キメ顔で色々すっ飛ばしてんじゃねぇよ、猫。」
「何ですか、シオドア殿。今日の夕食は鳥肉一択です。他は嫌です。」
「駄々っ子か。…ってそうじゃねぇよ。竜と会話が成り立ってたみてぇだが、何でだ。それと、お前弱いし戦えないとか言ってるんだから俺より前に出てんじゃねぇ、このバカ猫が。」
「……、竜と会話出来た事も気になるけど、それよりも心配掛けてんじゃねぇよ!と言いたいのです。」
「黙れチビ!」
リアム殿が通訳して下さいましたが、あの乱暴な言葉にそんな優しさが……あったんでしょうか?
しかし母上に教わった事ですが、神官は魔法…特に治癒魔法に長けていて仲間の援護が得意と記憶しています。神官より前に出るなとは完全にお荷物という事…、小生逃げ足は速いんですよ。
あれ、でも姉上も神官…、…神官は攻守共に強い方だという認識に改めた方が良いのではないかという気がしてきました。無事に帰る事が出来たら母上にご報告せねば。
「クロガネ、此処に居る以上勝手な行動は慎め。…と言っても、勝手気ままな猫には無駄か。せめて心配を掛けるような行動は控えてくれ。話が出来ようとも通じ合えない場合は多い。」
「…すみません。」
「いや、分かってくれれば良い。あのまま竜が襲ってきた場合、リアムが飛び出したかも知れない。お前を庇ってシオドアが攻撃されたかも知れない。咄嗟に判断するのは難しいとは思うが、お前以外にお前の身を案じる者が居る事だけは覚えていてくれ。」
「……はい。…時に吏漸、人の言葉は得意ではないとお聞きしたのですが…?」
「疑わなくなったお前相手に、出来る事を出来ないと言って何になる。」
吏漸は人の言葉を話せるようです。人間である小生を警戒してあまり話さなかった、という事なのでしょう。少しは信じて頂けたようで何よりです。
姿も良く似ていて、厳しいところもありますが優しさもあって…、本当に吏漸のようだと感じます。でも、彼は吏漸ではないのですね。太刀筋が、吏漸とは違っていました。吏漸なら初太刀で彼女に傷を負わせていた事でしょう。…日本に竜など居なかったので定かではありませんが…、あの太刀筋を見ては疑いようもありません。
小生が勝手に勘違いしてしまっていただけの事。以前、行方不明になった黒猫に似ているからとクロと呼ばれ、クロとは違うと捨てた少女に文句など言えませんね。
リゼンは憎むべき転生者である小生を置いてくれる優しい魔族。ちゃんと彼を見ないと失礼に当たります。
「リゼン、貴方なら竜や猫と会話する術も簡単に習得出来るのでは?」
「出来る訳ないだろう。お前が特殊なだけだ。…会話出来る理由、考えておいた方が良いぞ。シオドアに詰め寄られるだろうからな。」
「…う…、何で会話出来るのかなんて小生が聞きたいですよ…。」
小生が預けた肉の塊を持って夕食の支度をしてくれるというリアム殿を追い掛けるように家の中へと向かいながらリゼンに話し掛けましたが、初めて彼と話せたような気がします。小生は彼を吏漸だと思っていましたし、小生のように此方の世界に来ただけかも知れないと疑ってすらいました。
小生が呼んでしまった事で彼はリゼンという名を持ってしまいましたが、吏漸ではないとちゃんと認識しないといけませんね。
背中に突き刺さるシオドア殿の視線に気付かない振りをしてリアム殿を追い掛けました。
希少で美味と評される花鳥…早く味わいたいです。




