12話 Side S
私はバカだ…。
移動魔法について知らなかったヒロトにしっかりと説明しなかったなんて…っ!
転生者は別の世界で死んだ人が生まれ変わってくると聞いた。ヒロトもきっと同じ。だから時々訳の分からない事を言ったり、常識を知らなかったりする。分かっていた筈なのに…っ。
「フレッドッ!」
「あれ、サーシャ。どうしたの?血相変えて……わぁ。」
「ヒロトが、…ヒロトが…っ!」
捕まえた男たちを騎士団に引き渡すだけ。それだけの筈だったのに、ヒロトを失う事になるかも知れないなんて…っ。
勇者を失う事は世界にとっての損失、でも私にはそんな事どうだって良い。可愛い弟を失うなんて耐えられないだけ。
移動させた男を置き去りにして、移動させていない男たちもそのままに移動魔法を閉じる。武器は背に収めて大通りを駆け抜けていく。時折顔見知りに声を掛けられた気がしたけど聞こえない振りをした。今はそれどころじゃない。
何時もの酒場に向かって見付けたフレッドに飛び付く。ギルドで仕事を貰ったりしている時に知り合った騎士。お人好しで子供にも揶揄われて、頼りない印象しかないけど…腐っても騎士だ。きっとそれなりの権力はある筈。
そう思って、事の経緯を彼に話した。穏やかと言えば聞こえは良いのだろうけど、何時もへらへらしていてとても騎士に見えない彼から…笑顔が消えたのを始めて見た。
「…分かった。一緒に来て。」
「あ…、うん…。」
私がフレッドに飛びついたのを見て揶揄していた同僚らしい騎士たちも、立ち上がってついてきてくれた。昼間から酒場に居るような駄目騎士だと思っていたのに、今の彼等は騎士の顔をしているようにも見える。…少しだけ、ね。
フレッドに手を引かれて辿り着いたのは王城だった。
こんな場所、入った事も無い…。生き物や物を探す探知魔法を使える人を紹介して貰おうと思っただけなのに、どうして王城なんだろう。
王宮お抱えの凄い魔術師とかに合わせて貰えるならそんな幸運は無い。フレッドなんて末端の冴えない騎士だと思っていたけど、騎士って意外と権限があるんだろうか。
お城の中でもフレッドに挨拶をする人たちが沢山居た。
戸惑っている私の手を強く握り直してくれた事には、少し感謝してやらなくもない。
「おやフレッド、……金貨一枚で人払いをしてやろう。ベッドの掃除は自分でやれよ?」
「レムじい、違うから!ていうか、俺がそういうこと毎回してるみたいな言い方やめてよっ!」
「軽いジョークじゃないか、つまらん男よのぉ。して用件は?」
「探知魔法を頼みたい。…彼女の弟が移動魔法の繋ぎ目に落ちた。」
「それは難儀だったなぁ、娘さん。しかし王の許可が無くば宮廷魔術師は大きな魔法は使えはせん。フレッド、それはお前も知って…」
「彼女の弟は転生者だ。《女神の加護》を持っている。」
「誠か?」
人が少なくなった廊下の奥の部屋。そこに居たのは老齢の男性だった。
金貨一枚で女性を連れ込んでるんだ、フレッドは。頼りない男から最低男に認識を変えよう。
宮廷魔術師といえば国で最高峰の魔術師。そんな人にフレッドが頼み事を出来るなんて…、…いや、今はフレッドなんかよりヒロトだ。
このレムじいと呼ばれた男性が探知魔法を使えるなら、何としてもお願いしないと。
「…お願いしますっ!私がもっと気を配っていれば良かったのですが…っ。」
「頭を上げなさい、美人には弱いんだ。文字通り娘さんが一肌脱いでくれるなら儂も頑張ろうと言う気になるが…。」
「分かりました。脱ぎますっ。」
「サーシャ!?この人の冗談だからっ、脱がなくて良いからっ!」
私が脱ぐ事で探知魔法を使ってくれるならと思ったのだけど、フレッドに止められてしまったしレムじいさんには大いに笑われた。…なんか不満。
「豪気な娘さんだ。…フレッドも止めねば柔肌が見られただろうにのぉ。」
「レムじいッ!!」
「赤くなっていては説得力が無いなぁ、若人。…さて、探知魔法は任せておくと良い。他の魔術師も集めて行おう。フレッド、お主は王に謁見して報告を。儂が出向いている時間はなさそうでな。」
「…分かりました。サーシャ、君は待っていてくれるかな?」
「あのっ、レムじいさん、私にも出来る事があれば手伝いますっ。待っているだけなんて、不安で押し潰されてしまいそうで…っ。」
「有難い申し出だが、娘さんの魔力は大き過ぎて制御が難しい。フレッドの相手でもしてやっていてくれ。」
「…はい…。」
「…あ、あれ…俺がサーシャを任されるんじゃなくて?」
宮廷魔術師の力になろうなんて烏滸がましかったかな…。でもヒロトが心配で仕方ない。
探知魔法に引っ掛かってくれると良いのだけど、もし繋ぎ目から出られなくなっていたらと思うと心臓が潰れてしまいそう。
どこでも良い、どんな場所でも必ず迎えに行くから…どうか、無事でいて…ヒロト。
「サーシャ、王に報告を済ませたら教会に行こう。」
「プロポーズもしない内に結婚か!」
「違うから!レムじいはさっさと支度してくれない!?」
「…私、ヒロトが一人前になるまでは誰とも結婚しないから…。」
「サーシャ!?本気で返すの止めてね!?…コホン、そうじゃなくて。女神様にお祈りしに行こう?ヒロト君の無事を祈りに。」
「…あ…、うん。そういうことは早く言ってくれる?」
「…言おうとしてたよ?俺…。」
ヒロトの事はレムじいさんにお願いして、騎士たちと共に外で待つことになった。フレッドは王様に経緯を話したら直ぐに来ると言っていたので待機するしかない。
別に教会くらい一人で行けるんだけど…。
ふと手を見ると震えていた。あぁ、何時も通りだと思っていたのに…怖いんだ、私。情けないなぁ。
ヒロトに頼られるカッコイイお姉ちゃんになりたいのに。
母様の前でだけは、頼れる娘に戻らないと。心配させたくないし、母様を支えるのは私なんだから。
今はヒロトの無事を祈ること。見付かったら直ぐに動けるように支度をしておくこと。
…うん、大丈夫。まだ頭は冷静な筈。
どうか、無事でいて…ヒロト。