13話
「此処、は…?」
どれくらい気を失っていたのでしょうか。ゆっくりと意識が浮上していき目を覚ました時は森の中に居ました。
姉上と狩りをした森に比べるととても綺麗で、神聖な雰囲気すら漂っているような気がします。
土の上に転がっているのだと気付くのに、時間を要しましたがゆっくりと身体を起こします。頭を思い切り振り回されたようにクラクラとして気持ちが悪い…。
暫くは立ち上がれずに居ましたが、幾ら空気が綺麗といえど森の中。化け物も出るかも知れませんし、猛獣だって出るかも知れません。周囲に姉上の姿が見えない今、あまり一か所に留まらない方が良いでしょう。木の上に避難する事も考えましたが、足元が覚束ない状態では上手く跳び上がれない気がします。
「吏漸っ!!」
木に手を添えてどうにかという速度で一歩一歩進んでいった先、小屋のようなものが見えたので一先ず助けを求めようと思いました。しかし、そこで薪を割っていた男の姿を見て思わず叫んでしまいました。
その男が此方を振り向いた瞬間に小生の意識は再び闇に包まれてしまい、倒れていくのを感じましたが踏ん張る気力はありませんでした。
懐かしい夢を見ました。夢なのか現実なのか曖昧ですが、恐らく夢でしょう。
吏漸と夏雪が笑っているのです。
三回目…四回目だったでしょうか?小生が黒猫として生まれ変わった時、鬼に拾われたのは。
遥か昔、人知れず山を守っていた鬼の一族が居たのです。一族と言って良いのかは小生には分かりませんが、同じ志を抱く鬼が吏漸という途轍もない力を持った鬼の元に集い異形と呼ばれる化け物を倒していたんです。人を守るというよりは、山を守っているようでした。
人間とは違って背も高く力も強い、額に角がある鬼は人間からは恐れられ、疎まれていました。それでも自分たちの縄張りである山を守る為に戦っていたのです。
小生はその時代が一番好きです。彼等がどうなったのかまで見届ける事は叶いませんでしたが、とても幸福な時間を過ごしました。
夏雪の膝で昼寝をするのが好きでした。吏漸に撫でて貰うのが好きでした。皆が小生に魚を分けてくれるのが嬉しかった。
あの幸せな時間を取り戻したくて、生まれ変わる度に彼等を探しました。力尽きて息絶えました。野犬に襲われて命を落としました。川で溺れて絶命しました。車に轢かれて死にました。…どんなに探しても彼等に会う事は出来なかったのです。
山が削られ彼等の縄張りが小さくなっていったからでしょうか。彼等の戦う異形という化け物が居なくなったのでしょうか。…小生には分かりません。
彼等の楽しそうな姿が好きで、そんな彼等と一緒に居られる事がとても、とても好きだったんです。
「あ。…目を覚ましたよー。」
彼等の笑顔が遠ざかってしまうので必死に手を伸ばしましたが、目を開けて見えたのは見知らぬ天井でした。頬が冷たく感じた事で泣いていたのだと気付きました。あれだけ探して出会えないというのに世界が違うのでは、もう…絶対に会う事など…。
「……、…気分はどうだ?」
「いきなり倒れるからビックリしたよ。大丈夫?」
誰かが声を掛けてくれた気がして未だ重たく感じる身体を起こします。ベッドを貸してくれていたのだと気付いて礼を言おうとしたのですが、視界が歪んでしまって言葉が出ません。涙が止まらないんです。
「え、だ、大丈夫?何処か痛い?気分でも悪い?」
可愛らしい女性の声にただ頭を振る事しか出来ません。何年も何年も会いたかった、でも会えなかった。
此処が天国でも地獄でも、小生には幸福過ぎる。
「リアム、シオドアを呼んで来い。治療が必要かも知れない。」
「あ、そうだね。行ってくる。」
「…吏漸…、今貴方は何をしているのですか?夏雪は元気ですか?他の皆は…?」
「……悪い、人の言葉は上手く話せん。リアムが戻るまで待ってくれ。」
そうか、吏漸は鬼でした。…否、人間と同じ言語を用いていたと思います。猫である小生の言葉を理解していなかったようですし。何となく察してはくれていましたが。
それに吏漸はいつの間にこんなに丸くなったのでしょう。もっとこう、触れたら切れてしまいそうな剥き出しの日本刀のような男でしたのに。
程なくして先程の女性が一人の男性を連れてきて下さいました。小生の治療をして下さるとのこと。
気分はあまり良くありませんが外傷はないと思うのですが、神官という彼にお任せする事にします。
「…何ともねぇな。わざわざ魔法使ってやるまでもねぇわ。」
「お兄ちゃん、ちゃんと診てよっ。急に倒れたんだよ?体調悪いんだよ、きっと。」
「腹でも減ってただけだろ、ったく。しっかし、よく結界を破れたな。…お前、何しに此処に入った。」
男性の鋭い視線に一瞬背筋に冷たい物が走りました。
小生にもいまいち把握は出来ていませんが、姉上の転移魔法で繋ぎ目に落ちてしまった事、森の中で目が覚めて歩いていたら吏漸を見付けた途端に倒れてしまった事を話すと三人の目が猫のように真ん丸になりました。
「お前…、…魔力量とんでもねぇな。」
「小生は魔力が無いと再三言われていますが…。」
「だって、彼に名前をあげられたんだよ?無いなんて事…。」
〖リアム、そんな事よりもどうして此処に来たかを聞いてくれ。…場合に因っては直ぐにでも殺す。〗
一体何の話をしているのか全く分かりませんが、一つ分かった事があります。吏漸の言葉が理解出来ません。
吏漸と話をする時の二人の言葉も分かりません。あれ程頑張ったのですが、勉強不足ということでしょうか…。
「ねぇ、君は何処から来たの?」
「クロッドという町です。…此処は、セレンクーリア国ではないのですか?」
「俺を見ても、分からないか?」
「吏漸が居るなら山の中なのでしょうが、小生は異世界なる場所に生まれたので貴方が居るのが何処かまでは…。」
どうにも噛み合わないような気がして違和感を覚えた頃、神官の男性が頭を抱えていました。
そうなると視線は彼に集まってしまうのですが、彼は何やら考え込んでいる様子。女性が声を掛けようとした矢先、勢い良く顔を上げた神官が口を開きました。
「お前、勇者か?」




