第98話 招き猫と千客万来
シルヴィアたちは、ぞろぞろと大通りを歩いていた。リオネル、アニェスが並び、お付きでギー、ソフィ、マノン、コレットが続く。それは、いつもの『お忍び』と何も変わらない。
「……これで、お店の宣伝になるのかしら?」
「さあな。アダンがただ通りを歩いてくればいい、って言うんだから、信じてみようや」
リオネルは、どこまでもおおらかで楽天的だった。今はこの性格がありがたい。落ち込みぎみの心が救われる。
さすがに一軒一軒巡るのは、言葉のあやだったらしい。アダンは、シルヴィアが通りを練り歩くだけで問題は解決する、と言ったのだ。
「―あっ、シルヴィアさまだ」
「本当だ、シルヴィアさまがお出でになった」
たちまち人々が集まってくる。
「シルヴィアさま! お店を出したというのは、本当ですかい?」
一人が、興味津々の様子で尋ねてきた。
「ええ、本当よ。『カフェ猫耳』というの」
「へえーっ! 本当だったんだ」
人々がざわめいた。「なんでえ、偽者じゃあ、なかったんだ」「誰だよ、人さらいが出るっつったのは?」などなど、さまざまな言葉が飛び交う。
「シルヴィアさまあっ」
中年女性が大きく手を振って笑顔を向けてきた。
「おばさまっ!?」
それは、いつぞやの八百屋のおかみさんだった。初見で大根をくれた人である。手に買い物袋をぶら下げているところをみると、お使いの帰りらしい。シルヴィアは、とっさに駆け出しておかみさんに飛びついた。マノンがピタリと背後につく。
「お久し振りです。お元気でしたか?」
「ええ。元気も元気。元気が有り余ってますよ」
「それは良かった」
「シルヴィアさま。お店を出したってのは、ほんとですかい?」
「本当よ。今もみんなに尋かれて、話していたところなの」
「そうでしたか。何でも、外国の飲み物屋だそうで」
「コーヒーというの。とっても美味しいから、一度飲みにいらして―あっ!?」
シルヴィアは、突然、素っ頓狂な声を出した。
「……これだわっ、アダンが言っていたのは!」
シルヴィア自らが町へ繰り出し、直接人々に『カフェ猫耳』を伝える。これこそが最も手っ取り早くかつ有効な宣伝となるだろう。
「旦那さまっ、アニェスさまっ。これよ、これ!」
唖然とするおかみさんを置いて、リオネルたちへトンボ帰りした。その度にマノン一人が振り回される。
「町の人たちに、直接訴えかけましょう。『カフェ猫耳』は、私のお店だって」
「なるほど。本物が言って歩くんだ、何よりの証明だな」
それからは、行く先々でカフェはシルヴィアのお店であることを説明して歩いた。もともと庶民には大人気のリオネル家である。大通りを歩くだけで人々が集まってくるのは、いつもの光景だ。労せずして不特定多数へ宣伝できる。
「この辺りで一度、店に戻ってみるか」
ある程度大通りを巡ると、リオネルの一言で戻ることになった。
「これで、少しでもお客さまが来店しているといいですわね」
アニェスが言う。
「ええ。なんだか、ドキドキします」
期待半分、諦め半分で大通りから一本脇の道へ入り店の方へ向かう。いくらも進まないうちに足が止まった。
「にゃにゃっ!?」
とんでもない行列ができている。
「まさか、これって…」
自然と小走りになる。行列の人波からシルヴィアに気づいた者が名を呼んだが、構わず走った。
大行列は、やはり店に続いていた。店の入り口から、ズラっと人が並んでいる。
「……やった。―旦那さまっ、やりましたぁ〜っ」
涙目でリオネルに抱きついた。
「良かったなあ」
リオネルは嬉しそうに胡桃色の髪を撫でた。
シルヴィアたちは、裏口から合鍵を使って店内へと一歩入った。とたん、凄まじい熱気に出迎えられた。先ほどまでの閑古鳥はどこへやら、まさに戦場のような様子を呈していた。
「お待たせしました、ケーキケットでございます」
サンドラがちょうどお客にコーヒーを提供しているところだった。
「すいませーん、注文いいですかあ」
「はいっ、ただいま参りますっ」
ほかのテーブルの客に呼ばれた。必死なのだろう、いつもの無愛想に輪をかけて、ほとんど凄み顔になっている。まるで戦場で敵と対したときのようだ。
「お姉さん、こっちも注文お願い」
「―私が承ります」
すっとジュスタンが注文を受けに現れた。なんと、ハーフエプロンをつけている。
「まあっ、ジュスタンたら。あれはいったい、何の真似?」
「―どいた、どいたっ」
そこへ、エーヴが横を駆け抜けていく。
「ぼうっと突っ立てないでくれ、邪魔だっ」
「あっ、ごめんなさい」
「へい、お待ちっ。注文のブラックコーヒーだよ!」
エーヴが提供したのは、男二人組だった。
「おお、姉さん、威勢がいいね!」
「ったりめえだろ。わたしは、天下のリオネル軍天馬隊の中隊長、エーヴだぜ」
「知らねえよ!」
「何だとっ!? わたしを知らねえとは、さてはモグリだな」
「何のモグリだよ。意味わかんねえ」
どっとテーブルが湧いた。
……接客としては落第なのだろうが、なぜか盛り上がっている。これはこれで、アリなのかもしれない。
店内を見渡せば、お客はほぼ女性で占められていた。この男二人組は、かなり珍しい。ほかに女性と男性の組み合わせがちらほらいるだけだ。
「……きゃあぁっ、カッコいいっ!」
その中で、あるテーブルでは、黄色い歓声が上がっていた。
「ありがとう。お嬢さま方も皆さん、お美しい方ばかりですよ」
バスティアンが、若い女性四人組を相手にしていた。
「ええー!? 本当ですかぁ?」
「お口がうまいのね」
「あのう、お名前を伺ってもいいですか?」
「バスティアンといいます」
空色の瞳がクシャッと崩れた。
「キャアーッ、素敵ーっ!」
「―痛っ!?」
突然、バスティアンが悶絶した。脚を押さえて振り向く。サンドラの後ろ姿が厨房に消えていくところだった。どうやら、すれ違いざまサンドラに脚を蹴られたらしい。
「……なんだか、物凄いカオスになってるわね」
「俺の言ったとおりだったろ」
「アダン!?」
今までどこにいたのか、不意に現れた。すいとシルヴィアに寄り添う。
「お前らが、宣伝に行ったあとしばらくして、突然客たちが押し寄せてきたんだよ。有名人だからな、効果てきめん、ってやつだ」
「それにしても、ここまでとは、正直驚いた」
リオネルが呆れ返る。
「もともと、評判にはなってたんだ。きっかけさえあれば、雪崩を打つさ」
「―ねえ、アダン。ジュスタンが接客してるけど、どういうこと?」
中年女性客グループのテーブルで、媚を売ってるジュスタンを指差す。
「人手が足りなくてね、自主的に手伝ってくれてるんだよ。厨房じゃ、ミラベルとサイノスがパティシエどのの手伝いをしてる」
有名レストランから引き抜いたパティシエに、コーヒーの作り方を覚えてもらい、ほぼ一人で切り回している。想定以上の来客で、厨房が回らなくなったらしい。
「―シルヴィアさま。私たちもお手伝いに行ってきます」
マノンとコレットが動き出した。マノンは厨房へ、コレットはハーフエプロンをつけて接客を始めた。
「これは、早晩、配置人員を見直さないといけませんね」
アニェスが言う。
「いずれにしろサンドラたちは、30日間限定でしょう? 接客員を新規で雇用する必要がありますよ」
「実は、考えてあるんです。孤児院の子たちに働いてもらえないかなと思って、アダンを通して打診しているの」
「まあ…。そうだったのですね。やはりお義姉さまだわ。孤児院の子どもたちは、働き口を見つけるのも一苦労だと聞いたことがあります。とても良い考えだと思うわ」
「既に4、5人働きたいと言ってきているの。その中から、パティシエさんの補助をやってもらえる子も探そうと思っています。この様子じゃ、厨房の一人体制は無理そうですもの」
「ひとまずは、大成功だな。シルヴィアの狙い通りとなったわけだ」
「はい、旦那さま。とっても嬉しいわ。半分、諦めかけたけど、お客さまに受け入れられて、最高の気分」
シルヴィアは、金色の瞳を輝かせた。
「―シルヴィアに一つ、提案があるんだがな」
アダンがおもむろに言った。
「なあに…?」
「今後も猫耳王女の偽者疑惑を招かないように、ロゴを作っちゃどうだ?」
「にゃにゃっ!?」
金色の瞳が、まん丸に開かれた。
【裏ショートストーリー】
エーヴ「ぎゃーっ。なんで急に客が押し寄せてくるんだよ!」
サンドラ「シルヴィアさまだ。シルヴィアさまが何かしたのに違いない」
エーヴ「何か、ったって、ただ通りを歩きに出ただけだぞ」
サンドラ「わからないが、それ以外に説明できないだろ」
バスティアン「サンドラっ、パティシエさんが悲鳴上げてるよ。なんとかならない?」
サンドラ「そんなこと言われても、こっちも接客で手一杯だよ」
ミラベル「サ、サンドラ! な、何かお手伝いできること、あ、ある?」
サンドラ「ミラベル!? ありがとう、それなら、厨房に行ってパティシエさんの助手をやってくれ」
ミラベル「わかった」
サイノス「俺も手伝おう。皿洗いくらいならできる」
エーヴ「頼む! 助かるよ」
ジュスタン「それじゃあ、僕は、接客を手伝おうかな」
エーヴ「いいけど、客を口説くなよ」
ジュスタン「失敬だなあ。公私混同はしないよ」
エーヴ「てめえのオンナ癖の悪さは信用なんねえ」
サンドラ「今は猫の手も借りたい。ジュスタンでもいい、フロアに入ってくれ」
ジュスタン「……猫ねえ。セリーヌが戻ってきたら、喜ぶだろうな」
エーヴ「セリーヌの夢がまた一つ叶うんだな」
サンドラ「感慨にふける前に、客をさばいてくれ!」
ジュスタン「……サンドラは、真面目だなあ」
エーヴ「クソがつくくらいのな」




