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第97話 ようこそ、『カフェ猫耳』へ!

「―はあっ…」


シルヴィアは、何度ため息をついたことだろうか。客用の椅子に座り込むこと二時間。開店以来、閑古鳥が鳴きっぱなしである。


「ヒマだなあぁぁ―」


エーヴが大きな欠伸をした。


「これじゃ、罰にも何もなんねえぜ。わたしらにとっちゃ、好都合だけどよ、セリーヌ的にはヤベえんじゃねえの?」


「……おっかしいなあ。こんなはずじゃないんだけどな」


シルヴィアが知っている未来では、間違いなくコーヒーは爆発的な人気を得るのだ。得るはずなのに…。


(何がいけないのかな。やり方が間違っていたのかしら…)


このまま客が来なければ、結局王族の道楽だと嗤われて終わってしまう。アダンを始め、既にたくさんの人たちを巻き込んでいる。失敗したら、その人たちにも迷惑をかけることになる。


そのとき。ドアが開いた。


パッと輝かせた顔は、入ってきた人たちを認めるなり再び暗く翳ってしまった。


「……なんだ、サイノスたちか」


それは、サイノス、ミラベル、ジュスタンの天馬隊だった。


「ご挨拶だな、セリーヌ。せっかく新装開店のお祝いをしようと来てやったのに」


「……ありがとう。気持ちだけ頂いておくわ」


「ど、どうしたの、セリーヌ? げ、元気ないね」


「見ての通り、閑古鳥が鳴いているからさ」


エーヴが投げやりに言う。


「お、お客さまなら、い、いるじゃない」


「こいつらは、セリーヌの侍女だよ。サクラだから、客じゃねえ」


コレットが笑顔で手を振った。


「それなら、僕たちがお客第一号だね」


ジュスタンが翠色の髪をかき上げた。


「それにしても、エーヴ。素敵な衣装じゃないか」


髪と同じ色の瞳が、じっと見つめる。


「よせよ。サンドラには負けるさ」


厨房の奥からサンドラが現れた。


「サ、サンドラ! き、綺麗っ!」


ミラベルが歓声を上げた。


「レ、レストランのときのドレス姿も、き、綺麗だったけど、店員さんの、せ、制服も、すごく似合ってる」


「ありがとう、ミラベル」


ミラベルたちは、テーブル席に着いた。


「注文、するんだろ?」


「もちろん。セリーヌ肝いりのコーヒーとやらをいただくよ」


「俺も同じものをくれ」


サイノスがジュスタンに同調した。


「わ、わたしは、ケーキセットがいい」


「ケーキセットは、四つのスイーツから選んでくれ。あと、ミラベルはミルクコーヒーにしておいたほうがいいぞ」


「に、苦いんでしょ? 前に聞いたわ。その、ミ、ミルクコーヒーというのをちょうだい」


「お前らもヒマな奴らだなあ」


厨房に注文を届けに行ったサンドラと入れ代わるようにしてエーヴがテーブルの脇に立つ。


「隊を放ったらかしにして、いいのかよ」


「それは、エーヴも同じだろ。しかも30日間、中隊長が留守ときてる」


「わたしがいない間の調練メニューは作ってある。これくらいで練度が落ちるような鍛え方はしていないぜ」


「僕がエーヴ隊の面倒を見てあげるよ、マイハニー」


「……誰がマイハニーだ、気持ち悪い」


エーヴは、本当に気持ち悪そうに身震いした。


「自己評価が低いけど、エーヴは魅力的な女性さ。それこそ、セリーヌやサンドラに負けないくらいにね」


「……お前は、そういう視点でしか人を見れないのか」


サイノスがジロっと睨む。いつものことなので誰も気にしない…はずだったのだが…


「じ、冗談はヤメろよ、ジュスタン。わたしがセリーヌやサンドラとタメ張れるって? 持ち上げたって、なんにも出ねぇぞ」


ジュスタンの肩をバンバン叩く。


「わたしも、それなりの格好をすれば、綺麗に見えるんかな? いや〜、参ったな。わたしがセリーヌ並み? マジか? どうしよ、男がわんさか寄ってきちゃうかな」


「……真に受けてる」


サイノスが白々とした視線を向けた。


「エ、エーヴは、もともと綺麗だよ。は、初めて会ったときから、そ、そう思ってた」


「いや〜、正直に言うなよ、ミラベル。照れるじゃんか。お前はわたしの一生のダチだ」


ミラベルの頭を胸に抱え込んだ。エーヴの開いた胸元から、小さな谷間がポチッと覗いた。


「……はあっ。何が間違っていたのかしら」


騒々しい天馬隊の連中を横目に、シルヴィアは、一際大きなため息をついた。すると。またドアが音をたてた。


今度こそ、と金色の瞳を輝かせて立ち上がった。


「―よう、シルヴィア。景気はどうだ?」


「……!」


それは、リオネルとアニェスの二人だった。ギーとソフィがお付きで従っている。


「―ンもうっ! 身内ばっかりじゃないの〜」


瞳の輝きは失われ、テーブルに突っ伏してしまった。


「なんだなんだ? なんか、歓迎されてねえみたいだな」


リオネルがキョロキョロと店内を見回すと、アダンが言った。


「客が一人も来ねえんだよ。それでシルヴィアは、落ち込んでいるのさ」


「へえ。俺はまた、客で溢れ返ってるのかと思って、シルヴィアの顔だけ見に来たんだがな」


「……厭味ですの? 旦那さま」


シルヴィアは、ギロッと睨みつけた。


「―お義姉さま。そうがっかりなさらないで」


アニェスは、そっとシルヴィアの肩を抱いた。


「望みはありますわ」


「アニェスさまは、お優しい。でも、慰めていただかなくてもいいですわ。現実は率直に受け入れます」


「そうではありませんよ」


慈母のような微笑みを憔悴仕切ったシルヴィアに向けた。何度もいうが、アニェスのほうが年下である。


「―ソフィ。あの方たちをお連れして」


アニェスに促されて、ソフィがドアを開けた。


「―失礼します」


若い娘が二人、おずおずと店内へと入ってきた。二人とも、例のごとく猫耳カチューシャをしている。


「きゃあぁぁぁ〜っ! 本物よっ、本物の猫耳王女さまだわ!」


一目シルヴィアを見るなり、娘たちは、黄色い歓声を上げた。


「にゃっ…!?」


驚いて、固まるシルヴィア。その彼女に娘たちが突進してきた。


「や〜ん、可愛いぃぃっ。どうしよっ、本物よ、本物!」


「王女さま、私たち、大ファンなんです! お会いできて光栄ですっ」


「え…ええ、ありがとう」


「もしよろしかったら、握手してもらえませんか」


「い、いいけど…」


戸惑うシルヴィアの手を、娘たちは握りしめた。


「きゃあぁぁぁっ、握手しちゃった! 私、一生この手を洗わない!」


娘たちは、抱き合って喜ぶ。


「―この子たち、店の前を行ったり来たりしていたの」


目が点のシルヴィアに、アニェスが優しく語りかけた。


「それで、事情を尋ねてみたら、入りたいけど怖くて二の足を踏んでいたのですって。どうやら猫耳王女さまを騙る偽の店という噂が流れているらしいのよ」


「……どういうことですか」


「あとは、彼女たちに直接聞いてみて」


「―ねえ、お嬢さまたち、詳しく説明してくださる?」


「はい…」


二人、顔を見合わせると、ポツポツと話し始めた。それによると。


『カフェ猫耳』の宣伝チラシを見ると、確かに猫耳王女がお店を出したように思える。しかし、王族が商人の真似事などするだろうか。王族の道楽というには、あまりに突飛過ぎはしないか。


猫耳王女の人気は周知の事実である。もし、良からぬものが王女の名前を騙って人気に便乗しようとしていたとしたら…。


「……うちの両親は頭が固いから、噂を鵜呑みにしちゃって、絶対に行っちゃいけない、ってヒドいこと言うんです」


「うちだって、あそこはもともと幽霊が出ることで有名なところだから、きっと悪い奴が待ち構えていて、お客を捕まえて密かに売り飛ばすつもりだ、とかなんとか、もう大騒ぎなんですよ」


「でも、猫耳王女さまは、人には考えつかないようなことをなさる方だから、今回だって、もしかしたら本当にお店を出したのかもしれないと思って、様子を見に来たんです」


「それなりにお客さんが来てるみたいだし、どうしようって二人で相談しているところへ、アニェスさまが声をかけてくださって」


「そういう事情なら、先にお店に入って様子を見てくるからって、仰ってくださって」


「外で待っていたんです。―待ってて良かったぁ」


「ほんとだね。猫耳王女さまとこんな近くでお話できるなんて」


「嬉しいよぅ」


二人は、感極まって抱き合ったまま泣き出してしまった。


「―おお、よしよし。お兄さんがエスコートしてあげるから、あっちでケーキセットでも食べよう」


バスティアンが、二人娘をテーブル席へ連れていった。


「……だ、そうよ、お義姉さま」


しばらく呆然としていたシルヴィアに、アニェスがそっと声をかけた。


「―そんな…ちゃんとチラシだって撒いたのに…偽物なんて、ヒドいわ」


「チラシったって、それだけじゃ、ほんとにシルヴィアの店か、わかりゃしないしな」


「そんなこと仰らないで、旦那さま」


「道理で客が来ないわけだ。偽物と幽霊を結びつけられちゃあな」


「あーっ、どうしよっ。協力してくれたみんなに申し訳がないわ」


またテーブルに突っ伏してしまった。


「―だったら、本物の猫耳王女だって、証明すりゃいいじゃねえか」


「……簡単に言わないでよ、アダン。証明と言ったって、まさか一軒一軒説明して歩く訳にもいかないし」


「一軒一軒、説明して歩きゃいい」


「にゃにゃっ!?」


驚いてアダンの顔を見上げた。限りなく透明に近い青い瞳が、キラキラと輝いていた。まさにそれは、アクアマリンのような輝きを放っていた。

【裏ショートストーリー】

ミラベル「セ、セリーヌのお店、た、楽しみだね」

サイノス「コーヒーとかいう外国の飲み物なんだってな」

ミラベル「に、苦いんだって。でもそれが、や、やみつきになるんだって」

サイノス「ミラベルには、まだ早いかもな」

ミラベル「ど、どうしてよ? わ、わたしだって、の、飲んでみたい」

ジュスタン「僕は、エーヴたちのほうが興味あるなあ」

ミラベル「ど、どういうこと?」

ジュスタン「セリーヌが、ただ接客をやらせるわけがないよ。何か仕掛けがあるに違いない」

ミラベル「仕掛け…」

サイノス「それも、店に行けばすぐわかるだろう」

ジュスタン「楽しみだなあ。サンドラやバスティとのからみも見応えがあるだろうし」

ミラベル「からみ…? ジュ、ジュスタンの言うことは、い、いつも難しくてよく、わ、わからないよ」

ジュスタン「ミラベルは、わからなくていいんだよ。大人になれば、嫌でもわかるから」

ミラベル「そ、それ! わ、わたし、怒ってるんだからね。い、いつもジュスタンは、わ、わたしのこと、こ、子ども扱いする」

ジュスタン「僕からしたら、ミラベルは、お子ちゃまだよ」

ミラベル「し、失礼なっ!」

ジュスタン「……痛っ! 腕をつねるなよ」

サイノス「……ここがセリーヌの店か。おい、お前ら、いちゃついてないで、店に入るぞ」

ジュスタン・ミラベル「いちゃついてないっ!」

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