第83話 妊活は楽し…?
「……すると、クニークルスを再興するために、リオネルさまに仕えているわけか」
「姉はな。私はシルヴィアさまのために力を尽くすつもりだ」
「その結果、エマ大隊長の助けにもなり、祖国の再興にも結びつく、というわけだろ」
「……」
サンドラは、バスティアンの空色の瞳を見つめた。その瞳がくしゃっと崩れる。胸の辺りがジンジンと熱くなる。照れたように視線を外した。
「……必ず、再興できるよ。俺も手伝うからさ」
「バスティには、関係ない。これは、私たち姉妹の問題だ」
「水臭いこと言うなよ。サンドラの力になりたいんだ」
「……ありがとう」
素直に言えた。バスティアンには、火事事件の少女救出以来、不思議と何でも話せるようになっていた。
クニークルス王国の王女だったこと。エマとは双子の姉妹であること。幼い頃から、槍の稽古ばかりしてきたこと。帝国のジルベールに祖国を滅ぼされたこと……etc。
初めはどう接していいか、よくわからなかったが、話し始めてみると、スラスラと言葉が出てきた。これほど自分がおしゃべりだとは知らなかった。バスティアン相手だと、何も考えなくても次々と勝手に言葉が出てくる。
しかし、肝心なことはまだ伝えられないでいる。
(私は、バスティに惹かれている…)
はっきりと自覚できた。きっとこれが、恋というものなのだろう。自分は、バスティアンのことが好きなのだ。
「―バスティ! エーヴ中隊長が呼んでいるぞ!」
隊員が声をかけてきた。
「もう休憩時間の終わりか。―サンドラ。またな」
「あっ、バスティ」
「ん…?」
去りかけたバスティアンを思わず呼び止めていた。
「……いや、何でもない。調練、頑張れ」
「ああ。サンドラもな」
バスティアンは、小さく手を振ると、駆け出していった。風に揺れる白銀の髪を、サンドラはいつまでも見つめ続けていた。
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「―なるほど。つまり、リオネル殿下をその気にさせたい、その方法を調べている、というわけなのですね」
シルヴィアはセシルの懇願に負けて、 真っ赤になりながら経緯を説明した。さすがに初夜に関しては適当にごまかしたが。
「最近、料理に自信が持てるようになってきたから、その辺りから攻めてみようかな、なんて」
シルヴィアは、恥ずかしそうに両手で頬を押さえた。
「料理ですか。そうですね…」
セシルは、少し考える様子だったが、すぐに思い当たったようだ。
「滋養強壮に良いという意味なら、牡蠣とかアンコウとかでしょうか。変わり種なら、すっぽんが有名です」
「……すっぽん?」
「極東のセリカ帝国原産の亀のことです」
「亀を食べるの?」
「とても滋養強壮に良いと本で読んだことがあります。強精剤になるそうですよ」
「セシルさまが読んだことがあるなら、調理方法を書いた本もあるはずです」
マノンが藍色の瞳を輝かせた。
「でも、セリカは遠いわ。そんな珍しい亀、手に入らないわよ」
「ご心配なく、シルヴィアさま。こういうときのためのアダンではないですか」
コレットが自信満々に言う。
「キャビアを商うくらいですもの。きっと亀も商っています」
「……料理も良いと思いますが、雰囲気作りも大事ではないでしょうか」
セシルは、腕を組みながら考え考え言う。
「雰囲気…?」
「例えば、香水です。催淫効果のある香りを部屋に撒くのです。イランイランが有名ですね」
「あっ、それ、知ってる。さっき読んだばっかり」
「香水だけでなく、極東では、花びらをベッドに撒くという習慣もあるそうですよ」
「すごーい。セシルさま、百識ね。ちょっとの時間で、こんなにもスラスラとアイデアが出てくるなんて」
「いえいえ、とんでもありません。お役に立てたのであれば、本望ですわ」
「それでは、セシルさまの助言に従って的を絞りましょう」
マノンが音頭を取って、皆を見回した。
「改めて気合いを入れ直しますよ。―ファイトぉ〜!」
「「「オーッ!」」」
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「お待ちしておりました、旦那さま」
シルヴィアは、にっこり微笑んでベランダから入ってきたリオネルを出迎えた。
「おお。また手料理を食わしてくれるって言うんで、朝から何も食べずに腹を空かしてきた」
「にゃっ!? それは、いけませんよ。体に悪いから、お食事はちゃんとお取りになってください」
形のいい眉をひそめながら、テーブルにいざなう。
「今夜は、厨房に行かなくていいのか?」
「ええ。もうお部屋に運んでありますから」
「そういや、いい匂いが…ん? これって、食い物の匂いじゃ、ないよな?」
(やったっ! 気がついてくれた!)
イランイランの香水を部屋中に吹きかけてある。アダンに頼んで手に入れたのだ。かなり高価だったが、アダンは値引きしてくれなかった。そこは商売人である、取引に私情は挟まない。
「はいっ。香水なんです。たまには、お部屋をオシャレにしようかな、なんて思ったりして」
「ふ〜ん。シルヴィアも女の子なんだな、香水に興味があるとは」
「……どういう意味ですか」
「いやいや、深い意味はない」
睨むシルヴィアに、リオネルは軽く手を振った。
「―お食事をお持ちしました」
マノンが前菜を運んできた。
「牡蠣のコンフィでございます」
「へえ、牡蠣とは珍しい」
「旦那さま、どうぞ、召し上がれ」
「うん。―美味いっ。牡蠣のジューシーさがたまらんなっ」
「良かった、お口に合って」
シルヴィアは、そっとマノンとうなずき合った。
今夜の食材は、すべてアダンが手配したものだ。特にこの後出てくるすっぽんは、さすがのアダンも扱ったことがなく、手に入れるのに苦労した。最後は、南のフェルザー王国の商人、ランドルフに頼んでようやく取り寄せたのだ。
「……すっぽんのスープなんて、初めてだよ」
リオネルは、目を丸くしながら口に運ぶ。
「―美味いっ! 濃厚なんだな。中にあるのはもしかして身か?」
「はい。身を崩して煮詰めたものですわ」
「ふ〜ん。牡蠣の前菜にすっぽんのスープか。今日は、普段見ないようなものばっかり用意してあるんだな」
「……お気に召しませんでしたか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだが。変わった食材を使ってるんだなと思って」
「おほほほ。いつも同じでは飽きてしまうでしょ。たまには、こういう料理も良いのではありませんか?」
「まあな。妻の料理のレパートリーが増えるのは嬉しいことだし」
(やっぱり食事って大事よね)
今更ながら思う。男をオトしたければ胃袋を掴め、とは誰の格言であったろうか。
「―メインは、アンコウのポワレでございます」
前菜、スープと平らげ、メインの魚料理をマノンがテーブルに並べる。
「アンコウ…? 本当に徹底してるな。もしかしてデザートもか?」
「それは、出てからのお楽しみ」
美味い美味いと言いながら、アンコウもすべてリオネルの胃袋に収まった。
「……なんか、体が熱くなってきた」
「本当!?」
シルヴィアは、パッと顔を輝かせた。
「旦那さま。今、どんなお気持ちですか」
「どんな、って…そうだな、美味しいもの食べて腹が膨れて、幸せ…かな」
「そのう…ドキドキしませんか」
「ドキドキ…? まあ、言われてみれば、なんとなく…?」
「……!」
シルヴィアは振り返って、マノンに目配せした。最後のダメ押しである。マノンは心得て、すかさずデザートを運ぶ。
「デザートは、イチジクのスムージーでございます」
バナナやはちみつ、ミルクを混ぜてある。イチジクやはちみつには、性的興奮を高める成分が含まれている。
「……」
一口食べるごとにリオネルの表情がトロンとしてくるのは、気のせいだろうか。
「……旦那さま。いかがですか」
「……ああ。美味いよ」
「ちょっと、食後の休憩をなさいません?」
「……」
「ねえ、こちらへいらして」
リオネルの手を取ってベッドの端に腰掛けた。フランベルジュは、ベッドから飛び降りてマノンに駆け寄る。シルヴィアはそのままリオネルの手を握り続けた。
「……旦那さま。私たち、結婚して9カ月以上経ちますわね」
マノンとコレットが、そっと部屋を出ていく。無論、フランベルジュも一緒である。
「……それが―どうした」
「いろいろあったけど、とても楽しかった。旦那さまは最初は変わったお人だと思ったけど、とてもお優しくて、心の広いお方だった」
「……」
「政略結婚だと思ってた。愛のない夫婦生活をするのだと、ずっと諦めていた。でも、いつの間にか、リオネルさまのことを好きになってた」
(そう…まさか、悪魔のリオネルを好きになるなんてね)
「……私たちって、世の常の夫婦とは、ちょっと違いますわよね?」
「……」
「そのう…それはそれで楽しいのです。でも、できることなら、その…ああ! やっぱり、恥ずかしいわっ」
手を離して顔を覆った。その瞬間。リオネルが覆い被さってきた。
「リ、リオネルさま―!」
(きゃああぁぁーっ! 押し倒されたっっっ)
思わず強く目をつぶった。ついに、リオネルと結ばれるときがきた!
「……い、痛くしないでね」
しかし。
いくら待ってもリオネルは動く気配がしない。そっと目を開けた。猫耳をそば立てると、スースーと静かな寝息が聞こえてきた。
「ね、寝てるーっ!?」
【裏ショートストーリー】
コレット「アダン! お久!」
アダン「おお、コレットか。久しぶ…り…」
コレット「どうしたの? 変な顔して」
アダン「あ…いや、別に。……その、なんだ。似合ってるじゃないか」
コレット「えっ!?」
アダン「お仕着せの侍女の服だよ」
コレット「ああ、これね。そっか。アダンに見せるの、初めてだっけ」
アダン「……今日はシルヴィアの使いだろ。変わった食材がほしいとか」
コレット「なあに、照れちゃって。話、そらさなくてもいいじゃない」
アダン「誰が照れるか、15のガキに」
コレット「もうとっくに16よ。今年誕生日がくれば17だわ」
アダン「……」
コレット「楽しみだわ〜。約束したよね? 忘れてないよね?」
アダン「覚えてないな…痛っ!?」
コレット「思い出した?」
アダン「……思い出した。思い出したから、つねるな」
コレット「ふふっ」
アダン「ちっ…。知らない間にいっぱしのオンナになりやがって」
コレット「なんか言った?」
アダン「なにも。……で、何がほしいんだって、シルヴィアは」
コレット「……オトコをその気にさせる、魔法の薬」
アダン「はあああ〜っ!?」




