第77話 手料理と悋気
シルヴィアは、リオネルとおしゃべりを楽しみながら、アフタヌーンティーを満喫した。マノンやコレットもときに会話に加わり、賑やかなお茶となった。
その後もおしゃべりを続けたりシャウラと遊んだりして過ごした。なにしろ、猫好きが揃っている。シャウラの仕草一つひとつに盛り上がり笑い声が弾けた。
楽しい時間というのは、あっという間だ。気がつけば外はすっかり暗くなっていた。リシャールの冬は日没が早い。
「旦那さま。そろそろディナーにいたしますか」
「そうだな。ちょうどお腹も空いてきたし」
「わかりました。少々お待ち下さい。ご用意いたします」
「あ? お前が用意するのか?」
「リオネルさまのために、シルヴィアさまが腕をふるってお料理を作ったのですよぉ」
マノンが自慢するように胸を張った。
「そうか…。それは楽しみだな」
「……旦那さまは、ここで待っていらして」
シルヴィアは、そそくさと部屋を出ようとする。
「おい、どこへ行くんだ?」
「どこへ…って、厨房に決まっていますわ」
「部屋に用意してあるんじゃないのか」
「ありませんよ。だって、せっかくの料理が冷めてしまいますわ。暖かいものを食べていただきたいんです」
「ワゴンでお持ちしますから、それほど時間はかかりませんよぉ」
マノンがのんびりと言う。
「シルヴィアの手料理だろ。一刻も早く食べたい」
「すぐお持ちしまから」
「待てない。俺も一緒に厨房に行く」
「にゃっ!? 部屋まで運ぶのですから、結局同じことですよ」
「だから、厨房で食べるのさ」
「にゃにゃーっ!?」
「驚くことはないだろ。義母上だって、厨房で食べたというし、構わないさ」
「なんか、試験みたいでイヤだわ」
「俺は初めてだからな、シルヴィアの手料理。ある意味試験のようなものさ」
「……もし、お口に合わなかったら落第になりますの?」
「妻、失格になる」
「ヒドーいっ。いじわるね、旦那さまは」
「なんだよ、自信がないのか?」
「そういうわけではありませんけど」
「だったら、いいじゃねえか。すごく楽しみになってきた。早く行こうぜ」
リオネルに引っ張られるようにして部屋を出た。
(……まるで子どもみたいね)
はしゃぐリオネルに、密かにほっこりする。
手を繋いだままリオネルは、厨房までずんずん進んだ。
「―リオネル殿下!?」
声もかけず入ってきたリオネルに、火をかけた鍋の前にいた男が瞠目した。
「いきなりごめんなさい、エルネスト」
慌ててシルヴィアが前に立つ。
「旦那さまがどうしてもここで食べると仰って、ついてきちゃったの」
「シルヴィアさまもご一緒で。びっくりしました。リオネル殿下がお出でになるとは聞いてなかったもんで」
「旦那さま。料理長のエルネストですわ。いつもお世話になっているの。料理の勉強にここを借りたりしているから」
「知っている。アニェスの毒入り料理以来、義母上が連れてきた料理人だ。挨拶も受けている」
皇宮の厨房は別にある。ここは、リオネル家専用の厨房なのだ。皇妃アレクシアの肝いりで、わざわざ新しく作らせたのである。大きな竈門が二つ、パンを焼く石窯が一つと、本格的な施設が揃っている。
無論、皇宮を賄う厨房の方は、もっと規模が大きい。皇宮に勤める数百人分を作らなければならないからだ。
リオネル専用がきっかけで、ほかの兄弟たちも、専用の厨房を持つようになった。こんなところにも、兄弟の分断は現れている。
「そんなことより、シルヴィアの手料理を早く食わせろ」
「はいはい。すぐご用意しますから、お待ち下さい。―エルネスト。そういうわけなの。申し訳ないんだけど、食事を取れるようにテーブルと椅子を持ってきてくれる?」
厨房は、急に慌しくなった。マノンたちも手伝って、急ごしらえのダイニングテーブルが整えられた。
「……前菜でございます」
コレットが給仕としてテキパキと配膳していく。
「これは…?」
「プチトマトのマリネ、モッツアレラチーズ添えですわ」
問われて、シルヴィアは答えた。赤・白・緑の彩りも美しい。緑はバジルである。シルヴィアは、リオネルが一口、口に入れるのを食い入るように見つめる。
「―! 美味いっ」
「良かった〜」
輝く笑顔が花開いた。
「ほんとに美味いよ。トマトとモッツアレラはもともと相性がいいけど、かけてあるのはトマトのジュレか?」
「そうです。さっぱりするでしょう?」
「こういうのが作れるようになったんだなあ」
「気に入っていただけたみたいで、とても嬉しいわ」
リオネルは、実に美味しそうに食した。シルヴィアも、ニコニコ顔で前菜を平らげた。
「―スープでございます」
次に出てきたのは、かぼちゃのポタージュだった。
「これも美味いっ。ほんとに嫁入りするまで包丁も握ったことがなかったのか?」
「本当ですよ。エマさまには、よく怒鳴られました」
エマの猛特訓が懐かしく思い出される。あのときは、失敗する度に腕立て伏せや腹筋を課されたのだ。
「身体で覚えろと言われたのです」
「エマは、スパルタだからな。隊員たちもよくしごかれてるよ」
「でも、おかげさまでお料理の基本を叩き込まれました」
「これは、メイン料理も楽しみだな」
「魚と肉をご用意しています。魚は得意料理なの」
「へえ」
そして出されたのが、舌平目のムニエルだった。
「美味しそうだ」
「これ、皇妃陛下にお出ししたものなんです」
「ああ、試験のときの。強制送還されずに済んだ因縁の料理というわけだ」
「因縁、って。言い方。得意料理と言ったでしょ」
シルヴィアは軽く睨んだ。
「すまん、すまん」
リオネルは、頭をかいた。
「どれどれ。義母上を黙らせたという料理をいただくとするか」
「……まだ毒を含んでいる気がするわ」
「そう勘繰るなよ。―おっ! 確かに美味いっ。こりゃ、一流のシェフも形無しだ!」
シルヴィアの視線を避けるように、リオネルは殊更褒めちぎった。
「そこまで仰ると、嘘臭くなるわ」
「いや、ほんとだって。プロの料理人になれるよ」
「そう? ……さすがにそこまでは―や〜ん、やっぱり私、料理のセンスがあるのかしら」
大げさに言われているとわかっていても、褒められると嬉しいものだ。つい頬が緩んでしまう。
「……うん。我ながら、上手にできたわ」
己も味わいながら、満足そうにうなずく。そんなシルヴィアの様子を眺めながら、リオネルの頬も自然と緩むのであった。
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「―こいつは、バカだが、見込みがあるっ!」
ペチペチとバスティアンの頭を叩きながら、エーヴはグイッとグラスを飲み干した。
「頭を叩くなっちゅうに!」
バスティアンは、ジロリと睨む。しかし、エーヴは、お構いなしである。
「模擬戦で突撃隊の先頭を任せたんだよ。わたしより劣るけど、結構早いからな。そしたら、部下を置いてきぼりにして、単身敵のど真ん中に飛び込みやがった」
「わ、わたしの隊とのときだよ」
ミラベルが言う。
「と、とても威勢のいいのが、き、来たなあと思って、印象に残ってた。で、でも、すぐわたしに、き、斬られたけど」
「あのときは、おっかなかったなあ。ブラッディ・ドールの二つ名の意味がわかりましたよ」
「わたしは嫌いじゃないけどな、こういうバカは」
空いたグラスに自分でワインを注ぎながら、トロンとした目を向ける。グラスからワインが溢れた。
「あっ、バカっ! ワインが溢れてるって!」
バスティアンは、慌ててワインを取り上げた。
「キャハハハハっ!」
何がおかしいのか、エーヴはバカ笑いをして手を叩く。
「世話の焼ける中隊長だなっ」
バスティアンは、テーブルタオルで溢れたワインを拭き取った。
「……以外とマメな男だね」
感心したようにジュスタンが見やった。
「酔っぱらいなんか、放っておけばいいのに」
「……エーヴ隊でね、よく慰労会をやるんすよ。単純にエーヴが飲んべえってのもあるけど」
ベロンベロンのエーヴの手まで拭いてやっている。
「こういうふうにすぐ酔っ払っちまうんで、俺がいつも世話を焼いてるんす。もう、慣れっこになっちまって」
「だとしても、大したもんだ。僕たちで飲むときは放ったらかしさ」
「しょうがねえっすよ。口は悪いけど、こう見えて隊員思いの優しい隊長すから」
「……バスティ〜!」
「あ…!?」
ベロンベロンだったはずのエーヴが、突然バスティアンの首に手を回し、キスをした。慌ててエーヴを引き離す。
「―こいつめ! また、不意打ちしやがって、このキス魔がっ」
「キャハハハ!」
ガタン、と椅子を引く音がした。
「サ、サンドラ…? ど、どうしたの?」
「……手洗い」
ムスッとしたまま、捨てゼリフのようにミラベルに言うと、さっと身を翻した。ドレスの裾が激しく乱れた。
「……!」
バスティアンが、後を追うように立ち上がった。
「―どこへ行く? わたしから逃げんじゃねえ!」
エーヴがバスティアンの上着の裾を掴んだ。
「まあまあ、エーヴ。酒の相手なら僕が務めよう」
「ジュスタンっ! てめえは、いつも女遊びが過ぎるっ」
「わかった、わかった」
ジュスタンは、目でバスティアンに合図した。軽く頭を下げると、バスティアンは急いでサンドラの後を追った。
【裏ショートストーリー】
ソフィ「姫さま、お茶が入りました」
アニェス「ありがとう、ソフィ」
ソフィ「……今年のフレイモスは、寂しいかぎりにございますね」
アニェス「そんなことないわ。とても静かで本を読むのにちょうどいいわ」
ソフィ「毎年、リオネルさまがお祝いをしてくださいますのに、今年は…」
アニェス「ちゃんと、こんなに大きな花束をいただいたじゃない」
ソフィ「でも、リオネルさまご本人はいらっしゃいません」
アニェス「いいではないの。お兄さまは、妻帯なさっているのよ。今までがおかしかったのよ」
ソフィ「姫さま…」
アニェス「そんな顔しないで。私はむしろ喜んでいるのよ。お兄さまも、ようやく自分の気持ちに向き合ってくださった。お兄さまの人生はお兄さまのもの。私のために費やすべきではないわ」
ソフィ「それでは、姫さまが寂しすぎます」
アニェス「みんなの幸せが私の幸せ。みんなが笑顔なら、これ以上の喜びはない。今、とても幸せよ」
ソフィ「……」
アニェス「私は、陰からお兄さまを支えるのが役目。そう決めたの」
ソフィ「ご幼少のみぎりから、仰り続けていらっしゃいます」
アニェス「だから私は、これでいい。お兄さまのことは、お義姉さまにお任せすれば大丈夫。必ず正しい道に導いてくださる。お義姉さまこそ、お兄さまの女神なのだから」




