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第76話 祭典の日に

皇都リシャールは、フレイモスの日を迎えた。


街中どの地区も例外なく華やかな飾り付けがなされ、お祝いムードを盛り上げている。工業地区は、全地域で今日はお休みである。


そのため、人々が大勢街へ繰り出していた。特に商業地区は、通りには人があふれ、どのお店も大変な混雑ぶりだった。店側もかきいれ時とばかり、フレイモスセールと銘打って、朝から特売を行っていた。


特に小物やアクセサリーを扱う店が人気で、人だかりができていた。ケーキ屋も大繁盛で、なぜか男性の買い求める姿が多かった。きっと家族に買って帰るのだろう。


レストランなどの外食系もたくさんの客で賑わっていた。有名店ともなると、飛び込みはまず無理で、予約客でいっばいであった。


テイクアウトの店も人気で、美味しいと評判の店にはたいてい行列ができていた。それでも人々は、この日ばかりは高揚しているためか、どんよりと曇った寒空で長い時間待たされても苦にはならなかった。


そんな喧騒こそ大好きなシルヴィアである。街へ出ることも考えたが、リオネルの提案で、暖かいシルヴィアの部屋で過ごすことになっている。


その準備でシルヴィアたちは朝から大騒ぎをしていた。午前中はサプライズの準備で外出。戻ってきてからは部屋の掃除。午後のお茶の準備。夕食の準備。中でも重要なのが…


「―シルヴィアさま。整いましたぁ」


マノンに言われて、姿見を見つめた。そこには、絶世の美女が写っていた。彼女は、ピンクベージュのドレスをまとい、胡桃色の髪をおだんごにまとめてアニェスから貰ったシルク製のベルベットリボンで結んでいる。


これほどのおしゃれは、結婚披露パーティー以来である。


「メイク乗りも今日は、完璧ですね」


コレットが姿見を覗き込んできた。彼女に微笑んで見せると姿見の絶世の美女も微笑み返す。


「きれい〜っ。シルヴィアさま、とても綺麗ですよ」


コレットは、うっとりと見つめた。結婚披露パーティーのドレス姿を彼女は見ていない。


「こんなに綺麗なシルヴィアさまを見たら、きっとリオネルさまは、惚れ直しちゃいますね」


「コレットは知らないと思うけどぉ」


なぜかマノンが得意げに言う。


「結婚披露パーティーのときに、リオネルさまはシルヴィアさまのドレス姿に見惚れてたのよぉ。もうあのときにはハートを射抜かれてたんだわぁ」


「へえ。でも、私だったら、何度も射抜かれちゃうなあ」


「二人とも、バカなこと言ってないで、お迎えの支度をして。もうすぐ旦那さまがおみえになる頃よ」


「はぁ〜い」


シルヴィアは、ベランダの窓をちらちらと気にする素振りをした。


そのとき。ドアをノックする音が響いた。


「にゃっ!? ウソでしょ? まさか…」


驚きのあまり、返事も忘れて固まる。


「おい! 俺だよ。入っていいのか?」


「だ、旦那さま!? マノン、お通ししてっ」


「は、はいっ」


慌ててドアを開けて招き入れる。


「ドアから入ってくるなんて、初めて―!」


リオネルの姿を見て、思わず絶句した。


なんと、普段の農民のような格好ではなく、貴公子のジャケット姿だったのだ。黒色に金糸で刺繍が施されたもので、とてもリオネルに似合っていた。


「そんなに驚くことないだろ。普段は、ドアから入ってこいってうるさく言う…くせに―」


リオネルは、シルヴィアのドレス姿が目に映ったらしく、同じように絶句した。


「……!」


シルヴィアは、リオネルの視線に耐えられず、猫耳まで真っ赤にしてうつむいてしまった。


「ち、違いますよ、リオネルさま」


リオネルの勘違いに、シルヴィアに代わってマノンが言及する。


「お姿がいつもと違うことに、シルヴィアさまは驚かれたのですっ」


「あ…ああ、これか。せっかくのフレイモスだし、一応お呼ばれだから、正装したほうがいいかな、と思っただけだ」


「……カッコいいです、旦那さま」


普段の快活な様子はどこへやら、シルヴィアは、実におしとやかに言った。


「お、おう。お前も、一段と綺麗だよ」


リオネルは、ぶっきらぼうに言いながら頬を赤らめる。


「……マノンさま。お二人は、ご夫婦というより、付き合い始めたばかりの恋人のようですね」


コレットは、もじもじしたままの二人を見て、そっと耳打ちした。


「……実際、そうなのよ」


マティスでの湯煙事件をきっかけに、二人の恋は始まったようなものなのだ。


「―お二人さま、いつまでそうしているつもりですか」


いつまでも動かない二人を、マノンは叱咤した。まるで子どもを叱る母親のように。


「どうぞご着席なさってください。午後のお茶の時間ですよ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「激混みだな」


「人気の店だからな」


市内でも指折りの有名店である。エマが予約を取ったのだが、良い時間帯は既に一杯で、午後の中途半端な時間しか空いていなかった。にもかかわらず、店内は客で埋まっていた。


「そ、それでも、よ、予約が取れただけ良かったよ。エーヴ、ありがとう」


「ミラベルは優しいね。もしこれがデートだったら、女性はブチ切れているところだよ」


「んなわけあるか、ジュスタン。てめえの付き合ってる女が性悪なだけだろーが」


「えっ!? ジ、ジュスタンって、お、女の人と交際しているの?」


ミラベルが目を丸くする。とは言っても、前髪でよく見えないが。


「僕は特定の女性のものじゃあ、ないよ」


ジュスタンは、人差し指を左右に振った。


「一夜を共にするというのが交際というなら、その通りだけど」


「ちっ。けったくそ悪ィ。ミラベルの前でシモはやめろ」


「どうして? 普通の話だよ。ねえ、ミラベル?」


「おい、ジュスタン! ミラベルが困っているだろう。それ以上舌を動かしたら、首をねじ切るぞ」


「サイノスは僕に噛みつくしか能のない男だなあ」


「きさまぁーっ、許さんぞ!」


「こんなところまで来て、ケンカすんじゃねえ、クソどもがっ」


「……中隊長たちって、仲悪ィんすね」


バスティアンがそっとミラベルに囁いた。


「い、いつも、こ、こんな感じだよ」


「……というか、君、誰? 見たことないんだけど」


ジュスタンに問われて、バスティアンは胸を張った。


「エーヴ隊最強の小隊長、バスティアンといいます」


「のぼせんな、クソがっ」


エーヴに頭を殴られる。


「暴力、反対! 横暴だぞ、エーヴ」


「悔しかったら、わたしに勝ってみろ」


「ちっ…。実力主義の弊害だ」


「その自称最強小隊長どのが、なんでここにいる?」


サイノスが面白そうに尋ねた。よくぞ尋ねてくれた、とばかりにバスティアンは前のめりになった。


「サンドラから中隊長が集まってパーティーをすると聞いたんで、親睦を深めるチャンスと思ったんです」


「サンドラから…?」


「俺は上を目指しているんで。そのうち中隊長になるつもりだから、今から顔を売っとかないと―」


「それが生意気だっつうんだ」


「いてっ! ……人の頭をポンポン叩くなっ」


「そうか。君が最近、サンドラにまとわりついているという彼か」


ジュスタンは、品定めするように顎に指を当てた。


「……サンドラの推薦じゃ、仕方ない。同席を認めよう」


「俺は、お前のほうこそ同席を認めていないがな」


「そ、そのサンドラは、ど、どうしたのかな?」


またジュスタンとサイノスの間に不穏な空気が流れたのを見て、ミラベルが打ち消すように言う。


「お、遅いよね。な、何かあったのかな」


「迷ったのかもな。だから一緒に行こうって誘ったのに」


エーヴが舌打ちする。


「あいつ、支度があるから先に行けって言ったんだよ。だから置いてきちまった」


「し、支度…? な、何の支度だろ」


そのとき。店に女性客が一人入ってきた。店内が一瞬静まり返った。誰もが目を奪われた。絶世の美女だったからだ。水色と白の組み合わせのドレスを着、白藍の髪を三つ編みにしてサイドに流しているのが何とも艶かしい。


「―!」


いきなりバスティアンが椅子をけたたましく鳴らしながら立ち上がった。その音を合図に店内に喧騒が戻ってきた。キョロキョロ店内を見回していた絶世の美女は、バスティアンに気づいてこちらに近寄ってきた。


「―待たせたな」


「サ、サンドラ!?」


エーヴは、絶句した。


「サ、サンドラ、き、きれい〜」


ミラベルは、感嘆の声を上げた。


「こりゃ、たまげたな」


サイノスは、嘆息した。


「ここにも僕の女神さまがいたか」


ジュスタンは、髪をかき上げた。


「―なんだよ、みんな。変な目で人を見るな」


「だ、だって、サ、サンドラがあまりにも綺麗だから。お、お化粧もしてるんだね」


ミラベルがサンドラの腕を引いて空いている席に座らせた。


「……似合わないかな」


「そ、そんなことないよ。むしろ、す、すっごく似合ってる」


「―いてっ!?」


エーヴに足を蹴られて、バスティアンが悲鳴を上げた。


「バスティ! いつまでバカ面してんだ。座れ!」


「……」


サンドラが、バスティアンをじっと見つめてきた。空色の瞳がクシャッと崩れた。


「―綺麗だよ、サンドラ。すっごく。見違えたよ」

【裏ショートストーリー】

エマ「綺麗よ、サンドラ」

サンドラ「……似合ってるかな?」

エマ「大丈夫よ。とても化粧映えのする顔だから」

サンドラ「気に入ってくれるといいけど」

エマ「心配性ね。絶対に褒めてくれるわよ」

サンドラ「エマ…。その…いろいろありがとう」

エマ「うん」

サンドラ「……それじゃ、行ってくる」

エマ「頑張って」

ギー「……あれ? 今のはサンドラ?」

エマ「ギー。いらっしゃい」

ギー「エマかと思って声をかけそうになったよ」

エマ「ヒドい人ね。恋人の顔も判別できないなんて」

ギー「だから、思いとどまったんじゃないか」

エマ「ここは女子階よ。男性が入ってきていいの?」

ギー「いじわる言うなよ。今日はフレイモスでみんないなくなるから、部屋で過ごそうと言ったのは君じゃないか」

エマ「ふふっ。そうでした」

ギー「……」

エマ「ギー…。愛してるわ」

ギー「……まだ昼間だぞ」

エマ「いいじゃない。どうせ誰も見てやしないんだから」

ギー「……どうした? いつもより積極的だな」

エマ「当てられたのかもね」

ギー「え…」

エマ「シルヴィアさまといい、サンドラといい、恋する女性は美しいなあと、思っただけ」

ギー「エマも綺麗だよ。……愛してる」

エマ「ギー…………」

ギー「……………」

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