第73話 露見と珈琲
「にゃっ!? 違う、私たちは―」
「―俺たちは、何も知らない」
勘違いを正そうとしたシルヴィアを、リオネルが制した。
「雇主から言われたことをやるだけだ」
リオネルは、そっとウインクしてみせた。それをジロっと横目で睨む。
(……暗殺者になりすます、ってこと? 何をしようというの、リオネルは?)
「はん。そりゃ、そうだろうよ。だがな、仕事をする前に、俺の話を聞いてみないか」
「そんなことは契約に入っていない」
「そう言うなよ、損はさせねえぜ」
「……」
「俺たちは、総督の悪事の証拠を握っている」
リオネルの無言を肯定と取った男は、勢い込んで話し出した。
「俺たちを助けてくれたら、総督がこれまで吸っていた甘い汁を、あんたたちにそっくり振り分けるよ」
リオネルは、ニヤッと笑った。
(―なるほど。取引に見せかけてこの人に全部白状させようというのね)
意外と機転が利く。こういう面をこれまで見たことがなかったので、見直す思いだった。
「甘い汁とは何だ? 殺しの報酬より美味くなければ、話にならないぞ」
思わず吹きそうになるのを、シルヴィアは必死に堪えた。リオネルは、声を低めて暗殺者に成り切っている。彼にこんな芝居っ気があったとは。
「密輸だよ」
「……!」
「シェルンバッハの珍しい産物を関税なしで横流ししているのさ。奴はご主人さまのラファエル殿下にも内緒にして私腹を肥やしてやがる」
「その横流しを俺たちに回すというのか」
「そうそう。儲かるぜ。殺しの報酬なんか目じゃねえくらいに」
「甘い汁のはずのお前らが、どうして殺される? 総督だって損するだろう」
「密輸品を積んだ船が嵐で座礁しちまってな。港の連中が助けてくれたのはいいが、積荷がバレそうになっちまって、急いで総督府に隠したんだけどよ。どこで嗅ぎ付けてきやがったんだか、皇都から第三皇子ってのが乗り込んできて、すべてが明るみになりそうなんだよ。だから、口封じで俺たちを抹殺。証拠品の積荷も埋めるかして抹消。めでたく窮地から逃れようって寸法なのさ」
べらべらとよく喋る男だ。しかしおかげで全貌が判明した。
「……なるほど、よくわかった。では、取引に応じよう」
「ほんとか!? ありがてえ」
「ただし! こちらにも条件がある」
「……なんだ、その条件、てのは?」
男は俄に警戒する様子を見せた。
「そんなに警戒するな。お前にとっては大した話じゃない。しかも、得をする話だ」
「言ってくれ。この際だ、命以外なら、なんでも協力する」
「コーヒー豆が積荷にあるだろう?」
「コーヒー豆…。ああ、あるよ。でも、あれは極東のセリカ帝国への輸出品で、ブランシャールじゃ売れねえぜ」
「構わない。それを商う権利が欲しい。しかも俺たちの専売で」
「……お安いご用だ。けど、ほんとにいいのか? 儲からないぜ?」
「それは、俺たちに任せてもらおう。―それでは、取引成立でいいな?」
「……その前に、ここから出してくれよ。契約はそれからだ」
「もっともだな」
リオネルは、錠前を剣で叩き壊した。
「助かった〜。恩に着るぜ」
男たちが牢から出てきた、まさにその、刹那。
「お前ら、何をしている!?」
誰何する声が地下室に響いた。
「あっ!? お前は、リオネル!」
総督のオーギュストだった。背後に怪しげな連中を従えている。どうやら、一歩こちらが早かったらしい。まさに既の差だった。
「こいつは、第三皇子だ。まとめて皆殺しにしろ!」
「第三皇子!?」
驚いたのは、牢にいた男である。驚愕に目を見開いている。しかし、男に構っている余裕はなかった。暗殺者たちが殺到する。とっさにマノンが前に出た。
暗殺者の短剣をかいくぐり、強烈な正拳突きを喰らわす。壁に激突してぐしゃっと何かが潰れる音をたてた。そして、襲ってくる暗殺者たちを次々と殴りつけていく。
それでもマノンの鉄腕をすり抜けた一人がリオネルに短剣を突き出す。しかしリオネルに達する前に、ファニーの剣が跳ね上げていた。返す剣で叩き斬る。
十人ほどいた暗殺者たちは、ほんの僅かの時間で全滅した。慌てて逃げようとしたオーギュストをシルヴィアが自慢の跳躍力で飛び掛かり床に押さえつけた。
「オーギュスト! 観念しろ。貴様の罪状は明らかだ。証拠は上がってるぞ」
「くそぉーっ…!」
オーギュストは、すべて諦めたように、だらんと力を抜いて突っ伏した。
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「―あなたさまが、ブランシャールの第三皇子だったとは、お人の悪い」
ランドルフ・ベッケンバウアーと名乗った牢の男は、褐色の肌と黒髪・黒い瞳をした、なかなかのイケメンだった。三十代半ばくらいだろうか。この若さで船長をしているのだから、かなり優秀な男なのだろう。
積荷もランドルフの案内で無事回収することができた。すっかり観念したオーギュストは、不正の全容を告白した。そして、証拠の密輸品と共に皇都に送還して、ラファエルの判断に任せることにした。
いずれ厳罰に処されるだろうが、ラファエルのことだ、場合によってはその場で手討ちにするかもしれない。しかしそれは、シルヴィアたちの預かり知らぬことだ。
「悪ィ、悪ィ。お前が勘違いしてくれたんでな、白状させるにはちょうどいいと思って成りすました」
「……それで、殿下。俺たちも逮捕されるんで?」
シルヴィアたちは、紅烏団の拠点に戻ってきていた。人に聞かれたくない話をするには、うってつけの場所である。
「そうだなあ。密輸は重罪だしなあ。立場上、見逃すわけにもいかねえしなあ…」
リオネルは、ちらちらとシルヴィアを見た。大事な商売相手だ、逮捕はしたくない。知恵を出せ、ということだろう。
(仕方のない旦那さまだこと)
シルヴィアは、苦笑いを浮かべた。
「……オーギュストの商売相手は、国籍不明ということでよろしいのではありませんか。仮にオーギュストからランドルフさまの名前が出たところで、ラファエルさまが追及するとは思えませんし」
「おう、いいな。それで…?」
「座礁事故も今回の事件とは無関係。ランドルフさまは、たまたま部下の怪我人の治療を受けていただけです」
「ますますいいね。積荷はどうする?」
「積荷なら、あるじゃありませんか」
床に積まれた麻袋を見た。全部で三つ。オーギュストに付けた証拠品から、抜き取っておいたのだ。
「よし! できた」
リオネルは、莞爾としてランドルフに向き直った。
「そういうことだから、今後、誰かに聞かれても言い張れ」
「ありがとうございます! 助かりました」
頭を下げたランドルフは、上目遣いでリオネルを見た。
「……で、こいつをわざわざ持ってきたということは、契約の話はマジですかい?」
「そうだ。中身はコーヒー豆だろ? もともと俺たちの目的は、こいつだったんだ。オーギュストの件は、駒に過ぎねえ」
「駒…ですか」
「駒はともかく、コーヒー豆の専売契約は本当なんです」
シルヴィアが前のめりになった。
「シルヴィア妃殿下、でしたね。牢屋でも言ったとおり、ブランシャールじゃ売れませんぜ。恩人が損をするとわかってるのに見過ごすのは、商売人の矜持が許さぬえ」
「売れるのよ。間違いなく」
「へえ…」
断言するシルヴィアを、ランドルフは不思議なものを見るような目で見た。
「そもそも、コーヒーをよくご存じで。ブランシャールには一粒も入ってねえはずだが」
「実家のカトゥスで飲んだことがあるのです」
またひとしきり嘘の説明をした。
「―なるほど。わかりました。こっちは商売だ。買う人がいるなら、こっちは売りますよ。今後は、殿下と専売契約を結ばせていただきます」
「よろしく頼む。具体的な取引は、シュバリエ商会と詰めてくれ。アダンという男だ。話は後で通しておく」
「承知しました」
「早速で申し訳ないのだけど、お願いがあるの、ランドルフさま」
「はい、何でしょう」
「ミルは、ありますか。せっかく生豆があるのですもの。ここで旦那さまたちに試飲してもらいたいのよ」
「ありますよ。ただ、焙煎ができません」
「それなら、フライパンで代用します。ここにも調理場はあるから」
シルヴィアは、マノンに手伝ってもらいながら、コーヒー作りに取りかかった。フライパンで生豆を煎ってミルで挽く。ペーパーで抽出して完成である。
「―どうぞ、召し上がれ」
「あらっ。いい香り」
アニェスが驚きの声を上げた。
「そうなんです! コーヒーは味だけじゃなくて、香りも楽しむものなんですよ」
「―苦っ!」
一口飲んだリオネルが顔をしかめた。
「ふふっ。苦いでしょう? でも、慣れるとそれが病みつきになるんです」
「……確かに苦いけど、ほのかに酸味も感じるわ」
「アニェス殿下は、なかなか良い舌をお持ちだ」
感心したようにランドルフが言う。
「その豆の品種は、酸味が特徴なんですよ」
「コーヒーって、奥深いんです。豆の種類によって味が違うし、同じ豆でも挽き方や抽出時間の違いで味が変わるんですよ」
「お義姉さまは、本当にコーヒーがお好きなのね」
「……これ、ほんとに売れるのかよ」
「旦那さまは、お気に召さなかった?」
「シルヴィアには悪いけど、美味いとは思えないな」
「ふふふっ。正直ですね」
シルヴィアは、金色の瞳をくるめかせた。マノンのいう『悪だくみ』の顔である。
「でも、必ず売れます。私にお任せください。いろいろ考えていることがあるの。とても楽しみだわ」
【裏ショートストーリー】
シルヴィア「マノンたちも味わってみて」
マノン「……ほんとにいい香りがしますねぇ。……確かに苦い。でも、嫌な苦さじゃない。……うん。私、好きかも」
シルヴィア「ほんと!? 嬉しいっ。ファニーは、どう?」
ファニー「……はい。とっても美味しい…です」
マノン「ほんとなの? 顔は、不味いって言ってるよぉ?」
ファニー「シルヴィアさまがお好きなものは、私も好きです!」
シルヴィア「やぁね、ファニー。無理しないで。人それぞれ好みが別れるから、ダメな人はダメな飲み物なのよ」
ファニー「……いえ。意地でも好きになります」
マノン「ということは、好きじゃない、ってことでしょう。ご主人さまの好みだからって、おもねらないでよぉ」
ファニー「いえっ。断固として、コーヒーが好きであります!」
シルヴィア「そういうファニーには、ミルクがお勧めよ」
ファニー「ミルクですか」
シルヴィア「苦味がマイルドになるの。砂糖でもいいけど、私はお勧めしないな。せっかくの風味が損なわれちゃうのよ」
ファニー「では、ミルクコーヒーをいただきます」
シルヴィア「ミルクコーヒーか…。いいわね、それ、貰ったわ」
ファニー「はい…? ……あっ! ミルクを入れたら、とても飲みやすくなりましたっ! 私、これなら大好きです!」
マノン「……調子いいわねぇ。やっぱり黒いほうは、好きじゃないんじゃない」
シルヴィア「黒いほうか…。つまりブラックコーヒーね。素晴らしいわ。それもいただくね」
マノン「……?」
シルヴィア「あなたたち、サイコーよっ」
マノン・ファニー「……?」




