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第71話 隠された真実と瓢箪から駒

カルパンチエは、ブランシャール最大の港町である。世界でも有数の貿易港で、各国の船が行き交う国際港でもある。国際港らしく、街を歩く人々もさまざまな種族で彩られ、活気などは遥かに超えてとんでもない大盛況を呈していた。


国外から輸入される品物の大半は、カルパンチエを通して国内に流通する。その分、権益も相当なもので領主であるラファエルの懐は、ほぼカルパンチエでできているようなものだ。


そのカルパンチエで座礁事故が発生した。船籍は南のシェルンバッハ大陸にあるフェルザー王国。シェルンバッハの中では中堅の国で、ブランシャールとは国交がない。乗員30名の大型船で、事故原因は嵐に遭い制御不能となって港脇の浅瀬に乗り上げたことによるものである―


「―というのが、今のところ紅烏団で調査した結果ですぅ」


マノンがお人形のような愛らしい笑みを浮かべた。


「積荷はどうなったか、わかる?」


シルヴィアは、前のめりになって訊いた。南の港町くんだりまで出向いたのも、すべては積荷を押さえるためなのだ。


「カルパンチエの衛兵が全部総督府に持ち去ったことまでは、把握していますぅ」


「……流されたものは、ないのね?」


「一部始終を見ていた住民に確認しましたので、間違いありません〜」


「良かった…。コーヒー豆は無事みたいね」


「しかし、既に総督に押さえられたぞ。一歩遅かった」


「総督…聞き慣れないけど、何の役職ですか、旦那さま?」


「シルヴィアは、知らないか。領主ラファエルに代わって政務を執る行政官さ。と、言っても、正式な官名じゃねえぞ。勝手に名乗ってるだけだ。ご本人はただのラファエルの家臣で、マティスでいえばプロスペールみたいなもんさ」


プロスペールは、リオネル家の家令である。総督などとご大層な名前を名乗っているが、家格が高いというわけではないらしい。


「乗員たちは、どうしたのかしら」


当然の疑問をアニェスが発した。


「積荷と共に総督府へ連れて行かれたようですぅ」


「……なぜかしら。他国の国民を保護する責務が総督にはあるはずだけど」


「保護したのかもな。怪我人がいたのかもしれないし」


「そうかしら…」


「俺たちの目的は、コーヒー豆の権益だ。積荷だけじゃなく、船長あたりと話をしたいんだがな」


「どうなさいますかぁ?」


「ともかく、総督府に行きましょう。事情を聞かないと判断できないわ」


総督府は、街を一望できる小高い丘にあった。白亜の宮殿で港町によく似合う。


訪いを告げると、すんなり通された。早馬の使者を送っていたからだろう。応接室のような部屋で出迎えたのは、でっぷり太った中年の男だった。


「これはこれはリオネル殿下、アニェス殿下。わざわざ遠路お越しいただき恐悦至極にございます」


オーギュスト・ドビュッシーと名乗った総督は、揉み手をせんばかりにおもねった。


「座礁事故が起こったと聞いたんでな、どんな様子か見に来た」


「それは、お耳が早い。殿にもまだ報せておらぬというのに」


「ラファエル兄上に報せていないのか」


「もちろん、早馬を出しました。今ごろリシャールに着いている頃かと」


「座礁した船は、まだそのままと聞いたが」


「大型船ゆえ、なかなか思うように引き揚げられませぬ」


「怪我人は出なかったのか」


「座礁した際の衝撃で転倒したりで、数人。念のため乗員30名全員、総督府で保護し、必要な者には治療を受けさせています」


「交易船だろ? 積荷はどうした」


「いったん総督府で預かっております。船に積みっ放しでは、盗賊に狙われてしまいますゆえ」


一見、処置に問題はなさそうだった。人命も積荷も無事に保護しているようでもある。しかし、シルヴィアは違和感が拭えなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……そうか。よくやってくれた、オーギュスト」


「ははっ。恐悦至極に存じます」


「ところで、船籍は、フェルザーという国だそうだな。国交のない国だ、間違いがあっては国際問題になりかねん。皇子として船長と話をしたい。引き合わせてくれ」


「……申し訳ありません、殿下。私の一存ではお答えいたしかねます。殿に了解を得なくては勝手なことはできませぬゆえ」


「兄上には、後で俺から言っておく。お前の責にはならないようにするから、心配するな」


「いえ、そういうわけには参りませぬ。ここは、ラファエル家のご領地。例えリオネル殿下といえど口出しできぬは、ご存じのはず」


「……確かに。領地内の仕置きは、各自で責任を取る定めだ。皇子の俺でも口出しはできないなあ」


「……」


オーギュストは、如才なく表情を消した。ここでリオネルと揉めても何の得もない。郡国制の大原則を持ち出してやり過ごそうとしているのだろう。


「わかった。()()()お前に任せておけば大丈夫そうだ。くれぐれもフェルザーの方々に失礼のないようにな」


「は。恐れ入ります」


「邪魔したな」


リオネルは立ち上がった。応接室を出ようとして、ふとアニェスが振り返った。


「―そうそう。オーギュストさま」


「なんでございましょう」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……海に流された物が多少あるようでした。しかし今更回収は不可能でしょう」


「あら。それじゃあ、補償しなくては。船長もさぞお困りでしょう」


「国交がございませんので、そこまでする必要はないかと」


「―そうでしたわね。私としたことが、うっかりしていました。それでは、ご機嫌よう」


今度こそ、リオネルたちは総督府を辞した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「―なんか、臭いますねえ〜」


「マノンもそう思った? 私も違和感があるのよねえ」


街中の喫茶店である。ここまで飲まず食わずだったので、とりあえず腹ごしらえを兼ねて休憩することにしたのだ。


「どんな違和感だ、シルヴィア」


「なにか隠しているような、そんな感じ?」


サンドウィッチをパクつきながら、答える。


「私もお義姉さまと同じような印象を持ちました」


上品に紅茶を飲むアニェス。まったく、この女神の生まれ代わりは、何をやってもサマになる。


「やっぱり? それで最後、カマをかけたのでしょう?」


「ええ。積荷が一部流れたなんて嘘をついたわ。なぜ嘘をつく必要があったのか、理由があるはずだわ」


「……失態を隠すため、とか?」


「座礁事故の? 自然災害だし、総督の失態ではないでしょう?」


「積荷の中に流れたことにしたかったものが、あった、とか」


「ありそうですね。でも、国交のない国の積荷だもの、ブランシャールとは関係ないはずよ。なぜ全部回収して持っていったのかしら。それに、乗員を全員総督府に連れて行ったというのが、どうしても気になるの」


「それは、アレだろ。国交がないからこそ、身体保護に万全の態勢を取るためだろ。総督府の中にいるのが最も安全だ」


「お兄さまの言うことはよくわかるの。それでも不思議に思わない? いったい()()()()()()()()保護したのかしら」


「それは、お前………」


言葉に詰まるリオネル。


「―アニェスさまの勘は当たるから。きっとそのあたりに謎を解くカギがありそうね」


シルヴィアは、金色の瞳をくるめかせた。その様子を見て、マノンが眉根を寄せた。


「……シルヴィアさま。良からぬことを企んでいらっしゃるでしょう?」


「人聞きの悪い。何も企んでなんかいないわよ」


「本当ですかぁ? そういうお顔をしているときは、たいてい悪だくみをしているときですよぉ?」


「誤解よ。ちょっと思っただけ。偶然、コーヒー豆の件ですぐ駆けつけたけど、もしかしたら、瓢箪から駒が出るんじゃないかな、って」


「瓢箪から駒か…。どちらにせよ、積荷と船長は捕まえなきゃならねえんだ」


リオネルが、三人を見回しながら言った。


「駒が出るかわからんが、初めに決めたとおり、俺たちの計画に変更はない。その結果、駒が出るなら儲けもんだ。そんな心づもりでいようぜ。―なあ、そうだろ?」

【裏ショートストーリー】

副官「リオネル殿下は、勘付かれておられるのでは?」

オーギュスト「そんなはずはない。これまで完璧だったのだ。殿ですら気づかれておられぬ。それを管轄外の第三皇子がなぜ気づく?」

副官「しかし、これほどまでに早く駆けつけられて、しかも、積荷を気にされておられる様子。真実に達しておられないとしても、疑っておられるのは確実かと」

オーギュスト「くそっ。せっかくここまで築き上げてきたものを…。きっとアニェスに違いない。あの娘、やたらと勘がいいと幼いころから評判であった。頭が回るらしいし、諜報部隊を従えているという噂もある」

副官「早晩、勘付かれるのでは?」

オーギュスト「……やるしかないか」

副官「……」

オーギュスト「急ぎ渡りをつけろ」

副官「……承知いたしました」

オーギュスト「慮外者が、のこのこ手を出してきおって。後悔しても遅いわ」

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