第48話 晩餐会と夜話会
シルヴィアの音頭で、急遽晩餐会が開かれることになった。
リオネルが持ち込んだ兵糧とガイヤールの備蓄食糧を合わせて、豪華ではないが列席者を充分満足させる量と質の料理が用意された。
列席者は、リオネル側はリオネル、アニェス、シルヴィア。ガイヤール側はギュスターヴ、ヴァネッサ、そして令息のエミリアンという少年だった。
「……では、ご夫人は病で亡くされて?」
「ええ、三年前に。以来、子どもたちには寂しい思いをさせています」
シルヴィアは、ヴァネッサとエミリアンをじっと見つめた。ヴァネッサは12歳、エミリアンは10歳だという。三年前では、またまだ母親に甘えたい年頃であったろう。
ヴァネッサはいかにも利かん気の強そうな顔をしているが、エミリアンは姉とは反対に気弱そうな感じの少年だった。会食の初めの挨拶で名乗ってからあと、一切言葉を発していない。終始うつむき加減で黙々と食事を口に運んでばかりいる。
「―お父さま。私はお母さまの代わりになろうと日々ケヴィン家の内を差配しておりますわ。寂しい思いなどしている暇はありません」
「お前は、剣術の稽古ばかりしているではないか。どこが内を差配している?」
「失礼な。お父さまが気が付かないところでですわ」
ヴァネッサは、口を尖らせた。
「お父さまは立派なご領主で、よくガイヤールを治めていらっしゃるけど、細かい部分に気が回らないところがおありだわ。お母さまが生前、よく嘆いていらっしゃったもの」
「生意気なことを言いおって」
「だから、物資搬入口という大事な場所の警備をおろそかにして、ブランシャールに付け入る隙を与えたのです。そうでなければ、ガイヤールが落ちるわけありませんわ」
「これ、ヴィシー! 殿下の前でなんと失礼なことを! ―申し訳ございません。娘の非礼、どうかお赦しを」
「いや、いい、ギュスターヴ」
リオネルは笑って手を振った。
「実際、姫の言う通りだからな。もし搬入口が固く閉ざされていたら、こうも早くは片が付かなかったろうし」
「畏れ多いことにございます」
「―ヴァネッサ姫は、賢くて物怖じしないしっかり者のご様子」
アニェスが輝くばかりの笑顔を向けた。ヴァネッサは、ポカンと口を開けてそれに見惚れた。
「ギュスターヴさまご自慢の姫君なのでしょうね」
「とんでもない。私の手に余るじゃじゃ馬娘で、将来嫁ぎ先が見つかるか心配しております」
「私は一生結婚なんてしません。ずっとここでお父さまをお支えするつもりです」
「あら。姫はこんなに可愛らしいのだもの、貴公子方に人気だと思うわ」
「そんな…私なんて…」
ヴァネッサは、まんざらでもなさそうに、はにかんだ。
「12歳であれば、今すぐに婚約の申し込みがあっても、少しもおかしくありませんよ」
「このような礼儀作法も身についておらぬ我儘娘になど、婚約話は一件もございません、皇女殿下」
「ルメールは、見る目のない貴公子ばかりなのですわね。ブランシャールであれば、今ごろ申し込みが殺到しているわ」
「……」
シルヴィアは、チラッとアニェスの横顔を盗み見た。実に微妙な話をさらっと言っているが、女神のような神々しい横顔には何の他意も感じられなかった。
「……娘には、まだまだ結婚など早過ぎます。どこへ出しても恥ずかしくないよう、手元で養育せねばと思っております。亡き妻もそう望んでおりましょうし」
「あら、ごめんなさい、ギュスターヴさま。これでは兄と同じだわ。決して他意はありませんの。聞き流してください」
女神の笑顔が輝いた。ヴァネッサは、再び口を開けて見惚れた。
「……ヴァネッサ姫は、剣術に興味がおありなの?」
シルヴィアが、話題を変えた。
「はいっ。大好きです。毎日稽古をしております。特に槍が得意なのです」
「へえ。私も剣術は大好きよ。実家でも軍に入っていたの」
「シルヴィア妃殿下のお話は侍女から伺いました!」
ヴァネッサは青白磁の瞳を輝かせた。
「天馬隊の隊長なのですよね。アニェス皇女殿下も華鷹隊の隊長ですし、女性で軍の隊長だなんて、凄いと思います」
「リオネル軍は、性別は関係ないの。もう一人、エマさまと言って、月蝶隊の隊長をなさっている方もいるわ」
「私も、もう少し大きくなったら、軍に入ってガイヤールを守りたいと思っています」
「これ、ヴィシー。またそのようなことを。いつも言っているではないか。娘は娘らしくダンスやマナーを覚えなさい、と」
「ダンスはつまらなくて嫌いだわ。槍のほうが楽しい」
「ふふふっ。まるで誰かさんと同じね」
アニェスは、鈴の音が転がるような笑い声を響かせた。それをシルヴィアは軽く睨んだ。
「……アニェスさま。毒を含んでいらっしゃいますよ」
「そんなことないわ、お義姉さま。私は褒めてるのよ」
「そういうことにしておきますわ」
ふと、シルヴィアは一人会話の外にいるエミリアンに視線を向けた。
「……エミリアンさまは、大人しいのですね」
名前が出ても、エミリアンはうつむいたままだった。
「少々、引っ込み思案なところがありまして」
ギュスターヴは、物思わしげにエミリアンを見た。
「娘と息子の性格が逆であれば良かったのですが。なかなか、世の中思うようにはまいりません」
「私は、自分のことが好きですわ、お父さま。エミリアンと逆でなくて良かったと、心から思います」
「そういうところだ、ヴィシー。私が心配しているのは。もう少し遠慮というものをわきまえなさい。思っていることを何でも言えばいいというものではない」
「エミリアンは、言わなさ過ぎなのです。言葉にしなければ、相手には伝わりませんわ」
「ヴァネッサ姫は、裏表がなくてよろしいですわね」
アニェスの神々しい笑顔が輝いた。またまたヴァネッサは、うっとりと見惚れた。その姉の隣で、エミリアンはますます体を小さく縮こませるばかりだ。
シルヴィアは、そんなエミリアンに憂いに満ちた視線を向けるのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
晩餐会は盛況に終わり、各々部屋に戻ることになった。ギュスターヴの差配で、リオネル軍の隊長以上は城館内に自室を割り当てられたのである。各部屋の哨戒に立つ以外の兵は、練兵場を借りて駐屯している。
「シルヴィアさま。お疲れさまでございました」
ガイヤール城の侍女に案内された部屋の前には、サンドラが待っていた。
「……まさか、あなたが哨戒に立つの?」
「無論でございます」
「あなたは、小隊長なのよ。何も自ら立たなくても他の隊員に代わってもらったら―」
「いいえ! 盟を結んだとはいえ、何が起こるかわかりません。今夜は私がシルヴィアさまをお守りいたします」
「……わかったわ。好きにしてちょうだい」
てこでも動きそうにない。説得を諦めて部屋に入ろうとすると、一緒についてきていたリオネルが立ち尽くしている。
「あれ…? 旦那さま。どうなさったのです? もうお見送りは結構ですわ」
「……いや、そうじゃない」
「はい?」
真っ赤になって固まっているリオネルを不思議そうに見た。
「シルヴィアさま。ガイヤールからは、リオネルさまも部屋はご一緒と伺っています」
「一緒…?」
サンドラの言葉がすぐに呑み込めない。が、やがて意味するものが理解でき……
「にゃにゃーっ!?」
金縛りにあったように身動きできなくなった。
「こちらへどうぞ」
サンドラは、ニヤッと笑ってドアを開けた。そのまま二人を中へ押し込む。
「……では、ごゆっくり」
「ま、待って! サンドラ―」
無情にも目の前でドアが閉まった。
「……!」
(リオネルと、二人きり!? ウソでしょ!? ど、どうすんのよ!)
しばらく呆然と立ちすくむ。
「―謀られた」
リオネルが頭をかきながら言った。
「アニェスのしわざだ。あいつ、晩餐会が終わったあと、ギュスターヴに何か囁いていた。何だろうとは思っていたが、このことだったんだな」
形式上、夫婦なのだから同じ部屋で寝泊まりしても不思議ではない。しかし、今は戦争の真っ最中だ。ましてや盟を結んだばかりの昨日まで敵国だった城内である。夫婦といえど部屋を別にするのが普通だ。
「……私、部屋を代えていただくよう、ギュスターヴさまに談判してきますっ」
「―俺は!」
ドアノブに手をかけようとしたとき、リオネルは叫ぶように言った。
「一緒でも! 構わない…」
語尾は小さく消えた。
「そ、そんな…」
「シルヴィアは…俺と一緒にいるのは嫌なのか?」
「嫌とか、そういうんじゃなくて…」
部屋には、天蓋付きの大きなベッドがどんと据えられている。一瞬目の端に捉えると、猫耳まで真っ赤になってうつむいてしまった。
「考えてみれば、シルヴィアとは夜通し過ごしたことがない。夫婦なのにな」
「だ、だって、私たちは政略結婚であって、夫婦というのはあくまで形式に過ぎなくて、旦那さまとは、その…」
「何も関係ない、か?」
リオネルの黒い瞳がじっと見つめてきた。いつになく真剣な眼差しに、どうしたらいいかわからず、逃げるように視線を外した。
「シルヴィア、俺と―」
「だ、旦那さま。一度、落ち着きません? お茶を入れますから―」
「シルヴィア!」
「―!」
リオネルに腕を掴まれた。
(な、何なの!? リオネルは何を考えているの?)
(愛してもいない相手と…抱き合うの?)
(そんなの、イヤっ。体だけの関係なんて、死んでもイヤよっ)
「……一晩、語り明かさないか?」
「……へ?」
「ちょうどいい機会だ。じっくりお互いのことを話し合おう。シルヴィアには、俺のことをもっと知ってもらいたいし、俺もシルヴィアのことをもっと知りたい」
「旦那さま…」
一気に力が抜けた。
「誰もお付きのいない夜なんて、めったにない。この際だ、普段言えないこともぶっちゃけようぜ。とにかく、一旦座ろう。お茶は後でもいいからさ」
どこか楽しそうなリオネルの様子に、ホッとすると同時になぜか嬉しくなってきた。
(リオネルとは、こういう人なのだ)
「―やっぱり、お茶を入れますわ。その方が話しやすいですもの」
うきうきしながら、ティーカップと平皿を探す。
「俺も手伝うよ」
シルヴィアは、リオネルの整った横顔を見ながら、思った。
(―この人となら、あたし…一緒になってもいいかも)
【裏ショートストーリー】
エーヴ「……で、結局、夜通し語り合った、てか?」
サンドラ「そういうことになる」
エーヴ「何もせず?」
サンドラ「見たわけじゃないから、わからないけど、おそらくは」
エーヴ「かぁーっ。何なんだ、あの二人は? ガキじゃねえんだからよ、大の大人が二人っきりで寝室で過ごしておいて、キス一つせずただくっちゃべってました、で通ると思ってんのか、ああ?」
サンドラ「そんなこと、私に言われても…」
ジュスタン「可愛いねえ、セリーヌは。ここは僕が手ほどきをしてあげよう…」
サイノス「黙れ! それ以上舌を動かしたら首をねじ切る!」
ジュスタン「サイノス。前から思ってたけど、セリーヌのこととなるといつも熱くなるよね。もしかして、横恋慕してるの?」
サイノス「きさまァ〜っ、言っていいことと悪いことがあるぞ!」
エーヴ「あーっ、もう、じゃかあしい! てめえら、いい加減にしろよ。それ以上いがみ合うなら、わたしが二人まとめてあの世行きにしてやるよ」
ミラベル「エ、エーヴ! あなたがキレて、ど、どうするの!」
サンドラ「落ち着け、エーヴ! ミラベル、しっかり押さえてろ! サイノス! ジュスタン! エーヴに謝れっ」
サイノス「すまん、エーヴ。頭に血が登って、つい冷静さを欠いた」
ジュスタン「ごめんよ〜。僕の愛は全女性に平等だよ。エーヴのことも忘れてはいないさ」
ミラベル「……ジュ、ジュスタン。いつも一言余計だ。ふ、ふざけてばかりいると、マジで殺すぞ」
ジュスタン「……ごめんなさい」




