第47話 推服とじゃじゃ馬姫
「あなたが、ガイヤール城主か」
城館の謁見室である。後ろ手に縛られた壮年の男が床に据えられていた。征服者であるリオネルに対して、気後れするふうでもなく、静かに目を向けている。
「……ギュスターヴ・ケヴィンという」
「ガイヤール卿。正直、この城を見たとき、落とすのは無理だと思った。よくぞ鉄壁の城塞都市を造り上げたものだ」
「その城塞都市をリオネル殿下は見事に落とされた。私は敗軍の将。お褒めいただいても、何も申し上げることはない」
「俺は、あなたを処分しなければならないが、命乞いもなさらないと?」
「存分にご処分を。―されど、ただ一つ望みがある」
「ほう。望みとは?」
「すべての責めは私が負う。どうか、我が命をもって民や兵をお助けいただきたい」
「命と引き換えに、領民の命乞いをなさるか」
「我が命など、民たちと比べたら軽過ぎて対価にはならぬかもしれないが、なにとぞ寛大な御心を賜りたく、伏してお願い申し上げる」
ギュスターヴは、頭を下げた。身分はガイヤール伯爵だというから、立派な貴族さまだ。自分の命より、領民の保護を求めるとは、変わった貴族である。少なくともブランシャールにそんな貴族はいない。ごく一部のリオネル家を除いては。
「……」
リオネルは、無言で剣を抜き放つ。つかつかとギュスターヴに近づき、無造作に剣を振り下ろした。
「―!」
縛めの縄が断ち切られていた。頭を下げるというより差し出していたギュスターヴは、驚いて顔を上げた。
「リオネル殿下。これはどういう…?」
「あなたのことが気に入ったからさ」
「……」
「試すようなことをしてすまなかった。初めから、あなたを処刑するつもりはなかったんだよ」
リオネルは手を差し出して助け起こそうとした。ギュスターヴは、その手を取ろうとはせず、自分で起き上がった。
「……ブランシャールは、敗者に厳しいと聞いたことがある。略奪や暴行は覚悟していたが、今のところ、そんな話は聞こえてこない。いかなる理由かと怪しんでいた」
「俺の軍は、略奪厳禁だ。ほかの兄弟たちとは違う」
「……なるほど。リオネル殿下は、変わったお人だともっぱらの噂だが、確かに変わっておられる」
「あなたの方こそ変わっている。変人同士気が合うんじゃないか?」
「……リオネル殿下は、私に何をお望みなのだろうか?」
「手を結びたい」
「私は、ただの敗者だが」
「俺と手を組んで勝者にならないか?」
「……具体的にお聞かせいただきたい。生来、頭が鈍いもので、比喩表現はよくわからぬ」
「俺はブランシャールをぶっ潰したい。その手助けをしてほしい」
「ブランシャールを…。第三皇子たるあなたが?」
「今のベルトラン皇帝家は腐ってる。己の欲望のためには、他者の命など毛筋ほどの重さも感じてはいない。兄弟姉妹だろうと邪魔者は平気で殺す。人民は己に奉仕するために存在していると思っている。―数え上げればキリがないが、一度ぶっ潰して、新しいブランシャールを作りたいんだ」
「……それを、他国者である私に手伝えと?」
「他国者だからさ。俺の陣営には、他国出身が大勢いる。妻を筆頭にな」
リオネルに応えるように、シルヴィアは微笑んでみせた。
「……物資の搬入口から城内に侵入し、城門を開けたのは、天馬隊だと聞いている。その隊長がリオネル殿下のお妃であるシルヴィアさまだ、とも」
「優秀な部下のおかげですわ。私は何もしておりません」
出過ぎないように注意しながら、柔らかな笑みを浮かべた。ギュスターヴは、その笑顔にじっと視線を注ぐと、改めてリオネルに向き直った。
「なぜ、私のように何の才もない者にお声をかけてくださる? 大して役に立てるとは思えないが」
「充分役に立てるさ。このガイヤールがあれば」
「……交易の利をお望みか」
「そういうこと。理解が早くて助かる」
「しかしそれは、私に祖国を裏切れと仰るのと同義。これでも国を愛している。裏切り者になるくらいなら、死を選ぶと言ったら、どうなさる?」
「あなたは、誰に忠誠を誓っている?」
「……」
「あなたは、祖国を裏切れないと言った。ルメール王家ではなく。俺は、ルメール王家を見限れとは言ったが、ルメール王国を裏切れとは言っていない」
「……」
「言っちゃあ、なんだが、あなたは王家から篤い待遇を受けてはいないはずだ。むしろ、冷や飯を食わされているのだろう?」
「……私のことを調べたのか」
「王家に忠誠を誓う理由は、何らないと思うがな」
「殿下は先ほど、国を裏切るのではないと仰った。それは、ルメールを滅ぼすつもりはない、と受け取って良いのか?」
「ルメールという国名は一旦、消えざるを得ないだろうな。父上や兄弟たちが生きている限りは」
「……」
「ブランシャールは、膨張し続ける。今後、次々と他国を呑み込んでいくだろう。でもそれは、俺が頂きに登るまでの話だ。呑み込んだ国は、順次再興する。既に、ある旧王家の姫君とは、約束を交わした」
シルヴィアは、そっとエマを盗み見た。彼女は、何の表情も浮かべず、ただすっと背筋を伸ばして立っているだけだった。
「―だから、ルメールも再興すると約束しよう」
ギュスターヴはしばらく沈思していたが、決然とした表情で言った。
「しょせん敗れた身。もともと選択肢はない。祖国からは裏切り者の汚名を着ることになるだろうが、領民のために甘受しよう」
ふいに片膝をついて、頭を垂れた。
「リオネル殿下。不才の身なれど、忠義を尽くすことをお誓いいたします」
「よろしく頼む、ギュスターヴ」
黒い瞳に強い光が輝いた、そのとき。
「―そこをどけ! 本当に斬り捨てるぞ!」
「許しがなければ通すわけにはいかない!」
室外で言い争う様子が伝わってきた。
「何の騒ぎかしら…」
「あれは…!」
シルヴィアが小首を傾げると、ギュスターヴが慌てたように立ち上がった。
「ええい! 私はガイヤール伯が娘なるぞ! それ以上邪魔立てするなら、手討ちにしてくれる。そこへなおれ!」
「ガイヤール伯の娘!?」
驚愕の視線を集めたギュスターヴが謁見室のドアへ向かおうと足を踏み出し…
「―いや、待て、ギュスターヴ」
リオネルが呼び止めた。
「ギー。部屋へ入れてやれ」
「はっ」
「殿下! 恥ずかしながら、礼儀作法も身についておらぬ不出来な娘にございます。このような場に招いては―」
「構わない。何か言いたいことでもあるんだろ」
ギーが廊下で二言三言哨戒兵に告げていると、それを押しのけるようにしてドレス姿の少女が乱入してきた。歳は12〜13だろうか。手には槍を抱えている。
「ブランシャールの悪魔め! お父さまをどうするつもりだ!」
少女は槍を構えリオネル目掛けて突進してきた。
「ヴィシー!?」
ギュスターヴは、咄嗟に動けない。が、リオネルの周囲は一斉に動いた。
「―やめなさいっ!」
最も早かったのは、シルヴィアだった。手刀で槍が床を転がった。
「邪魔するなっ」
少女は、尚もリオネルに飛びかかろうとする。シルヴィアは、簡単にその場で取り押さえた。
「落ち着いて! お父さまには何も危害は加えないわ!」
「何だと!?」
父と同じ青白磁の瞳がシルヴィアを睨みつけてきた。
「ヴィシー、私は何もされていない。リオネル殿下は寛大にも助命してくださった。勘違いするな」
「お父さま…。それ、ほんとう?」
「本当だとも。それどころか、リオネル殿下はガイヤールすべてをお守りくださった。誰も傷つかずに済んだのだ」
「そうなの…」
聞くなり少女は、力を抜いた。シルヴィアは、押さえていた手をそっと離した。
「……リオネル殿下。娘の非礼、伏してお詫び申し上げます」
ギュスターヴは、跪拝して赦しを請うた。
「そう頭を下げなくていい、ギュスターヴ。俺は全く気にしていない」
「ははっ。―これ、ヴィシー。お前も寛大な殿下にお詫びを申し上げろ」
少女は、そっぽを向いた。征服者などに絶対ひざまずくものか、という気概が全身から滲み出している。
「お父さまはね、私たちと盟を結ばれたのよ」
シルヴィアは、微笑ましく見つめながらできるだけ優しく声をかけた。
「私たちは、お友だちになったの。もう、争う必要はないわ」
「―!」
少女は、大きな目を更に大きく見開いた。
「あなた、お名前は何というの?」
「……ヴァネッサ。ヴァネッサ・ケヴィンよ」
「ヴァネッサというのね。いいお名前ね。可愛らしいわ」
太陽のような笑顔が輝いた。ヴァネッサは、それを眩しそうに見つめた。
「―なかなか、元気な姫君だな」
「お恥ずかしい限りです、殿下」
「どうだ? ギュスターヴ。姫君をリシャールで預かろうか。躾も含めて教育を受けさせてやれるぞ」
「……それは、ご命令でしょうか」
ギュスターヴの顔が強張った。それを見て、シルヴィアが夫をたしなめた。
「旦那さま。ギュスターヴさまの忠誠をそんな形でお試しになっては、いけませんわ」
「ん…? ああ! これは俺が先走り過ぎたか」
シルヴィアの言わんとすることを察して、リオネルは頭をかいた。
「すまない、ギュスターヴ。人質に取るつもりで言ったんじゃないんだ。ブランシャールは腐ってるが、教育だけは自慢できる。ちょっとした縁で熊爪族の少年を預かって教育してるんでな、ついそのノリで言ってしまった。さっき言ったことは忘れてくれ」
「は…」
「……はいっ! 難しい話はこれでおしまい!」
シルヴィアは、殊更明るく振る舞って言うのであった。
「せっかく仲良くなったのだもの。お近づきの印に、みんなでご飯を食べましょうよ。まずは、お互いのことを知り合わなくっちゃ。ね?」
【裏ショートストーリー】
ヴァネッサ「ブランシャールの悪魔どもめ、お父さまを拘束してどうするつもりなのかしら」
侍女A「普通なら、処刑でしょうね」
ヴァネッサ「そんなこと、絶対にさせないわ。そもそも、ガイヤールは、難攻不落と言われていたのでしょ。何でたった数日で落とされてしまったの?」
侍女B「何でも、裏手の物資搬入口を狙われて、城内への侵入を許してしまったとか」
ヴァネッサ「そんな重要な場所、警備を厳重にすべきじゃないの。いったい兵たちは何をしていたの」
侍女A「私たちに仰られても…」
ヴァネッサ「……お父さまをお助けしてくる!」
侍女B「えっ!? とんでもございません! お止めくださいっ」
ヴァネッサ「どうして? このまま黙っていたら、お父さまが殺されてしまうのよ」
侍女A「いけません、お嬢さまっ。栄えあるガイヤール伯爵家のご令嬢であられるのですよ。ご令嬢らしく、粛々と運命を受け入れて…」
ヴァネッサ「うるさいわねっ。そこをどいてちょうだい!」
侍女B「お止めくださいっ。後で私たちが旦那さまから罰せられてしまいます!」
ヴァネッサ「その罰するお父さまが死んでしまうのじゃないの」
侍女A「お嬢さまが行ったところで何ができるのですか」
ヴァネッサ「槍が遣えるわ。力付くでお父さまを取り返してくる」
侍女A「これは普段のお遊びではありませんよ。お嬢さまの槍など通用しません」
ヴァネッサ「どきなさいっ!」
侍女B「きゃあぁぁーっ!」
侍女A「……行ってしまわれた。あのご気性、本当にそっくりだわ、亡き奥方さまに…」




