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第46話 初陣と規格外

その夜。大河オランドの川面に、船が2艘浮かんだ。


中型船で、水上輸送によく使われるタイプである。しかし、新月のころなのでほとんどその姿は見えない。お互い、小さな灯火を目印にして距離を取っていた。それらは、流れに逆らい上流へと進んだ。遠くリオネル軍の挙げる鬨の声が風に乗って流れてくる。


やがて、ガイヤール城の裏手へと達した。垂直に切り立った崖が天然の城壁となっている。2艘は、怯むことなく真っ直ぐ崖へと向かった。


すると、柵で塞がれた大きな洞窟が現れた。闇に没むそれは、そうと知らなければそのまま見過ごしてしまいそうだ。


先頭の1艘は、静かに柵の前で泊まった。


「―誰かいるかっ?」


船頭らしき男が奥へ向かって呼ばわった。


「誰かーっ!」


「うるさい、静かにしろ!」


もう一度呼ばわると、応えが返ってきた。目を凝らしていると、武装した兵が二人現れた。柵に空いた小窓から睨んでくる。


「誰だ、お前は?」


「あっしらは、ご注文の品を届けにきた商人でさ」


「商人だと…? そんな連絡は、受けていないぞ」


「緊急のご発注だったようで、お城から直接ご注文をいただきました」


船頭は、船の荷にかけていた布をはずした。箱の中に兵糧があふれんばかりに入っていた。


「兵糧の追加注文か…」


「籠城が長引くのかな…?」


兵たちは、顔を見合わせた。


「―おい、鑑札は持っているんだろうな?」


兵の一人が詰問した。


「もちろんでさ」


小窓から船頭が差し出した鑑札を受け取ると、手元にある鑑札と突き合わせた。ぴったり組み合わさり、大きな四角い板となった。


「……いいだろう。入城を許す」


兵は、脇のレバーを回し始めた。鎖の軋む響きとともに柵が上に上がっていく。


「入れ」


柵が上がり切ると、兵は船頭を促した。船頭が背後に合図を送り、2艘が滑るように洞窟へと入っていった。


「―待てっ」


鑑札をしげしげと眺めていた兵が、厳しい声を放った。


「鑑札はチーク材を使用すると決まっている。これはマホガニーではないか! どういうことだ?」


「……ちっ。細けえなあ」


「何だと!? 怪しい奴。詮議が必要だ。船の中を(あらた)める」


兵が船べりに手をかけた。そのとき。船の中から影が飛び出した。


「ぐわっ…!」


影が繰り出した槍で、兵は即死していた。


「き、きさま…!?」


もう一人の兵が剣の柄に手をかけた瞬間、槍が胸を貫いた。兵は声も立てず崩折れる。


「―アダンの奴、偽造は完璧だとほざいていたが、材質までは気が回らなかったようだな」


槍の柄を地面に突き立て、サンドラ―影は無論、サンドラだった―が仁王立ちして、不敵に笑った。


「ここまで入れれば、鑑札なんかどうでもいいわ」


フランベルジュにまたがったシルヴィアが、ひらりと船から飛び降りた。


「ジョエル。船頭役、ありがとう」


にっこり微笑むと、次にはシルヴィアの表情が一変し、引き締まった。


「―みんな! もういいわ、出てきて!」


布をすべて取り払い、天馬隊が姿を現した。皆、緊張した表情をしていた。何しろ、これが天馬隊の初陣なのだ。


「ここからは、時間勝負だ。―エーヴ! サイノス! 敵兵には構わず城門へ向かえ! ジュスタン! ミラベル! エーヴとサイノスをサポート! 邪魔する敵兵を排除しろ!」


「ラジャー」


4小隊が走り出す。


「サンドラは、あたしに同道。城内を撹乱するぞ」


「はいっ!」


馬にまたがったサンドラを従え、シルヴィアは疾走した。一時も離れないヴァレリーがピタリとついていく。水路の奥は荷揚場になっていた。敵兵の遺体がいくつか転がっている。先行したエーヴたちの仕業だろう。


荷揚場から先は登り坂になっていた。一気に駆け上がる。破壊されたドアが見えた。遠く篝火が揺れている。城内に違いない。飛び出すと、既に騒然としていた。


城内の地図はない。エーヴたちは、方向感覚だけを頼りに城門へ向かっているはずだ。


「サンドラ!」


「ここに」


「手当たり次第に火をつけて回れ。ただし、やり過ぎるなよ。ここを制圧したあとは、あたしたちの『別荘』にするんだから」


シルヴィアはニヤッと笑った。美人は、得だ。どんな表情をしても魅力が損なわれない。


「―承知」


「ついでに、リオネル軍が大挙して攻めてきたと言い触らして歩け。時間はかけるな。あたしが合図したら、再びここに集合。―行けっ」


「はっ!」


サンドラが馬腹を蹴った。イザク以下小隊が続く。


「……エーヴたちは、うまく辿り着いたかしら」


独り残ったシルヴィアは、暗い空を見上げた。


「どうだろね。争闘の気配はしないけど」


フランベルジュが鼻をひくひくさせた。すると。建物の陰から、武装した集団が現れた。


「―ユ、ユニコーン!? きさま、何者だっ」


真っ当な誰何を受けた。真っ赤な身体のフランベルジュは、嫌でも目立つ。


「私はリオネル軍天馬隊隊長、シルヴィアだっ! 覚えておけ!」


シルヴィアは、剣を抜き放つと、敵兵の中へ踊り込んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「エーヴ! こっちの方角で合ってるのか?」


先頭切って駆けるエーヴに、かろうじてついていきながら、サイノスが怒鳴った。


「知るかよっ」


「なに!? 目星をつけてるんじゃないのか?」


「地図もないんだぜ。わかるわけないだろ!」


「なんていい加減な―」


「わたしにいい考えがある! ―敵襲ーっ! リオネル軍が城内に侵入したぞーっ!」


突然、疾走しながらエーヴが叫んだ。サイノスが血相を変えた。


「バ、バカ! 何言い出すんだ!?」


「まあ、任せとけって。―リオネル軍の襲撃だーっ!」


「―おい! それは本当か?」


声を聞きつけて騎馬隊が現れた。エーヴは、馬を止めた。


「物資の搬入口が襲われた。リオネル軍が大挙して城内に侵入したんだ」


「何だと!?」


「敵はおよそ5千。奴らはリオネル軍の天馬隊と名乗っている」


「5、5千…!」


騎馬隊に動揺が走った。


「……お前、所属はどこだ?」


不審に思ったのか、頭立った男が詰問した。


「それどころじゃないぞ。リオネル軍の狙いは城門だ。早く固めないと大変なことになる」


「まずいぞ!」


「城門だ。城門を守れ!」


騎馬隊は、一斉に走り出した。頭立った男も、なお納得し難い表情を浮かべつつ馬腹を蹴った。


「わたしたちも続くぞ!」


エーヴは、サイノスにニヤッと笑いかけると、風のように騎馬隊の後を追いかけ始めた。呆然とするサイノスの肩をジュスタンがポンと叩いてエーヴの後を追った。サイノスも頭を一つ振ると、慌てて馬を急がせた。


しばらく走ると、巨大な城門を視界がとらえた。城門前には、100人前後が集まっていた。


「―案内、ご苦労さん」


エーヴは、頭立った男に微笑むと、剣を一閃した。男はもんどり打って馬から転げ落ちた。


「サイノス! 城門に取り付け! 周りはわたしが掃除する!」


剣を構え直したエーヴの脇を風切る音が吹き抜けた。敵兵が三人、同時に倒れた。皆、矢に貫かれていた。


「ジュスタン…!」


ジュスタンが間髪入れず矢をつがえ、再び放つ。正確に三人、倒れる。


「エーヴ! お前は城門担当だろ。セリーヌにそう命じられていたはずだ」


「ちっ…。せっかく思う存分暴れてやろうと思ってたのに」


愚痴る頭上を影が飛んだ。影は城門を固める敵兵の中へ舞い降りた。その刹那。5、6人が吹き飛んだ。ゆらりと佇む小さな人影。それは無論、ミラベルであった。


敵兵がミラベルに殺到する。しかし、鉄の塊か何かにぶつかったように弾き飛ばされる。そこへ矢の連射が襲いかかる。早くも敵兵が崩れかかった。


「……はいはい。てめえらが規格外だってのは、よくわかったよ。しょうがねえ。わたしらはサイノス隊と合流だ」


城壁上では、真下の喧騒に気づき、すわ城内で裏切りかとうろたえたが、どうやらリオネル軍の侵入らしいとわかり、弓兵が矢を放ち始めた。


それと見てジュスタンは、城壁に向けて3連矢を放つ。かなりの高さがあるが、寸分違わず三人が矢に貫かれて城壁から消えた。上から射るほうが圧倒的に有利なはずだが、この男には関係ないらしい。凄まじい技量と弓勢の強さである。


しかし、城壁上には、ざっと目視できるだけで、3百前後はいそうだ。いくら神技の弓だろうとすべて射倒すことはできない。敵兵をなぎ倒して城門に取り付いたサイノス隊に矢が降り出した。


すると。城壁上に騒ぎが起こった。争闘の気配がして、敵兵数人が転落した。弓兵が次々と視界から消滅していく。敵兵は大混乱に陥っているようだ。


「ミラベルか…!」


周囲にミラベル隊がいない。登り口を見つけて城壁に上がったに違いない。


「……それじゃあ、上は『ブラッディ・ドール』に任せて、僕は地上に専念しますか」


ジュスタンは、周辺に目を移した。そのころには、城内のあちらこちらから、煙が上がり始めていた。はっきりと炎の明かりが見える箇所もある。おそらく、シルヴィアとサンドラの仕業だろう。


ふと、夜目にも鮮やかな紅いユニコーンが夜空に浮遊していることに気がついた。彼女にまたがるのは、言うまでもなく我らが太陽、猫耳王女である。すぐそばの高い建物には、隊旗が翻っていた。


ジュスタンは、いい知れぬ高揚感に包まれた。束の間佇んでいたが、翠色の前髪をさらっとかき上げると、3連矢を次々と放ちまくった。


一方、城門に達したサイノスは、万力を込めて巨大な閂を持ち上げようとしていた。サイノス隊員数人が加勢に入る。


そうはさせじと敵兵が斬りかかってきた。しかし、サイノスに剣が届くことはなく、敵兵は文字通り吹き飛ばされた。


「―サイノス! 踏ん張れ!」


「ふん―っ!」


エーヴの叱咤で閂が少しずつ持ち上がる。その前でエーヴの細剣が右に左に煌めいて、死体の山を作った。そして。


ついに閂が外された。サイノスは、力任せに城門を押した。少し空いた隙間から、黒い鎧の集団が待ち構えているのが見えた。


ギシギシと音をたてながら、鉄壁の城門が開門された。


「よくやったっ!」


先頭で飛び込んできたトリュフォーがサイノスたちを労う。その後ろから、黒牛隊がなだれを打って城内に突入した。


「―目指すは城館だ!」


トリュフォーの雷鳴のような声が轟いた。


「城主の身柄を拘束しろっ。市民には決して危害を加えるなよ!」

【裏ショートストーリー】

ガイヤール兵A「ブランシャールの奴ら、今夜も攻めてくるんだろうな」

ガイヤール兵B「そりゃ、そうだろ。俺たちを眠らせずに疲弊させる魂胆なのは明らかだ」

ガイヤール兵A「城主さまは、ミュレールに援軍を頼んだんだよな。まったく来る気配がねえが、俺たちは見捨てられたんかな」

ガイヤール兵B「あり得るなあ。何しろ、うちらの城主さまは、シメオンとは折り合いが悪いからなあ」

ガイヤール兵A「城主さまが悪いんじゃない。シメオンの連中がポンコツなんだよ。そもそも、ブランシャールに越境攻撃して、俺たちに何の得があるってんだ」

ガイヤール兵B「でも、噂じゃ、ブランシャールの自作自演だって話だぜ。俺たちに戦争ふっかける大義名分のためだって」

ガイヤール兵A「城主さまがシメオンで役職を得ていたらなあ。きっとこんな事態にはなってねえと思うぜ」

ガイヤール兵B「真っ正直な方だからなあ」

ガイヤール兵A「でもよ、実際、援軍もなしで守りきれるのかな」

ガイヤール兵B「悪辣な奴らだからな、ブランシャール人てのは。何を仕掛けてくるか、わかったもんじゃない」

ガイヤール兵A「こんなときこそ、フーコーさまの出番なんじゃねえのか。あの人は、相変わらずシメオンから遠ざけられたままか?」

ガイヤール兵B「外務大臣なんて、ガラにもねえ役職与えられてブランシャールに送られたあげく、この騒ぎだ。全部責任を負っかぶらされて、ご領地で謹慎中だとよ」

ガイヤール兵A「ますますシメオンのポンコツぶりが際立つな」

ガイヤール兵B「……おっ! また喚声が上がった。ブランシャールが攻めてきたぞ」

ガイヤール兵A「やれやれ。やっぱり今夜も眠れねえな」

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