第44話 蟻の一穴と蛇の道
「シルヴィアから聞いたが、城を落とせるそうだな」
リオネルを始め、隊長が全員顔を揃える中、ミラベルに付き添われてジョエルが畏まっていた。
「そう、固くなるな。ジョエルといったか。直接お前から話を聞きたい」
「……リオネルさまが、俺の名前を知ってくださっているのですか! 大変光栄であります!」
感動のあまり、ジョエルの声がうわずった。心なしか、瞳が潤んでいるようにも見える。
リオネルは、シルヴィアに視線を向けた。このままでは、話が進まない。
シルヴィアは、苦笑いを浮かべながら、ジョエルに優しく問いかけた。
「ねえ、ジョエル。城には、城門以外にも出入り口があるのよね?」
「そうだ。実際にミラベルと確認してきた」
「どこにあるの、それは?」
「城門とは、反対側さ」
「何の出入り口なの?」
「物資の搬入口だよ。河と直結しているんだ。こういう城は船運を利用する。船で物を運ぶわけだから、陸地に荷揚げするより直接水路から城内に運び入れたほうが効率がいいし、第一、楽だろ」
「つまり、その物資搬入口には河から直接入れて、しかも城内につながっているわけね」
「よっぽど奇抜な構造にしない限り、そういうことになる」
「―さっきあなたは、出入り口を確認したと言ったわね」
エマがこらえきれずにといった感じで口を挟んできた。サンドラの右目とそっくりな紺碧の瞳が爛々と光っている。
「どうやって確認したの? 陸地からは死角だし、河につながっているのでしょ?」
「舟ですよ。商船のフリをして河を下ったんです。河側は断崖になっているんですが、柵で塞いだ洞窟のような穴が船上からはっきりと見えました」
「なるほど…。どのくらいの大きさ? 一度に何人くらい入れるの?」
「水上輸送によく使われる中型船が入れそうだから、30人、てとこですかね」
「警備隊は、当然いるわよね?」
「外からじゃ、よくわからなかったけど、まあ、普通いるでしょうね」
「どうやったら、中へ入れるの?」
「鑑札を見せるんですよ」
「鑑札…?」
「城側の商人とか領主とかと正規に契約している証です。同時に通行手形の代わりにもなる」
「……あなた、とても詳しいけど、どうしてそんなに知っているの? ガイヤール出身とか?」
「やめてくださいよ。俺はれっきとしたブランシャール人です。カルパンチエの出身なんです」
「ああ…! 貿易港の」
納得したようにエマは深くうなずいた。シルヴィアはまだ知らなかったが、カルパンチエはブランシャールを代表する貿易都市で、南岸に位置し、巨大な港を有している。
「ガイヤール城みたいな造りは、カルパンチエでは普通の商家でもありますよ。規模は全然違うけど。俺は、貿易商人の三男坊で、よく親父に船であちこち連れ回されました。でも、商人になるのは嫌だったから、入隊試験を受けたんです。腕っぷしには自信がありましたからね。そしたら、同期の連中ときたら―」
「ジョエル、よくわかったわ、ありがとう…」
急に舌が回転し出したジョエルに、エマは当惑の表情を浮かべた。しかし、それに気づかないのか、ジョエルは止まらない。
「―セリーヌとかエーヴとかミラベルとか、バケモノばっかでしょう? キモが潰れましたね。おかげで入隊試験に受かったから、いいっちゃいいんだけど、コイツらと付き合うのは命がいくつあっても足りないと―」
「ジ、ジョエルっ! わかったから、だ、黙って!」
ミラベルがビシッと制した。驚いたように、口を閉ざすジョエル。
「……ジョエル。貴重な情報を教えてくれて、助かった」
リオネルは、大きくうなずいた。
「城を落としたら、厚く報いるぞ。―少しシルヴィアと話したい。下がっていてくれるか?」
「はいっ! リオネルさまと親しく言葉を交わせて、生涯の誉れでありますっ! どうか、サインをください! 家宝にしますっ」
「コラっ! な、何を言い出すの。ダ、ダメに決まってるでしょっ」
ミラベルが慌ててジョエルを叱りつけた。
「じゃあ、せめて握手を!」
「ちょ、調子に乗るんじゃない!」
ミラベルに拉致されるようにして退出していった。
「……ご無礼いたしました、旦那さま。どうかお許しを」
シルヴィアは、恐縮して頭を下げた。
「純粋でいい子なんですけど…礼儀作法の指導までは手が回らなくて」
「構わねえよ。天馬隊は、面白い奴が多くて楽しいな」
「お恥ずかしいわ」
「―エマ」
リオネルは、エマに視線を向けた。
「突破口が見つかりました」
エマは、妖艶な笑みを漏らした。ただ、今はなまめかしさより凄みのほうが強い。
「ジョエルの言う物資搬入口から部隊を突入させて、城門を裏から開ける。これしかありません」
「……だ、そうだ。みんな、異論はないな」
「異論はありませんが」
ギーが言った。
「船と鑑札はどうやって手に入れるのですか?」
「んなもの、いらねえ。力付くで押し通りゃいい」
トリュフォーが不敵に笑った。
「黒牛隊なら、一撃で粉砕してやるよ」
「だとしても、船は必須だぞ、トリュ。我が軍に海軍はない」
「―会議中、失礼します」
そこへ、入口で哨戒に立つ兵が顔をのぞかせた。
「アダンさまが兵糧をお持ちしたとのことで、リオネルさまにご挨拶したいとお越しになっておられますが、いかがいたしますか?」
「アダンが…? 今、立て込んでいるから、後に―」
「お待ちくださいっ。旦那さま」
シルヴィアが顔を輝かせてリオネルを止めた。
「絶好のタイミングで、とても都合の良い人が現れましたわ」
「あ…?」
「蛇の道は蛇です。アダンなら、きっと私たちの悩みを解決してくれます」
シルヴィアは、にっこりと微笑んだ。それは、太陽のように光り輝いて見えた。
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「―すると何か、俺に船と鑑札を用意しろと、こう言うんだな」
シルヴィアは、手短にこれまでの経緯をアダンに説明した。聞くなりアダンは、形のいい顎をつまんで思案顔になった。
「……難しそうなの?」
少し不安になって尋ねる。
「船はたぶん大丈夫だ。この近くで船の運送業をやってる奴を知ってる。頼めば都合をつけてくれるだろうが、問題は鑑札だ」
アダンは眉根を寄せた。
「ガイヤールとの商売の証だぜ。そんな大事なものを、そうやすやすとは貸してくれねえよ」
「お金なら、いくらでも出すわ」
「金の問題じゃねえんだよ。ガイヤールにとってあんたらは敵方だ。敵に協力したと評判がたったりしたら、今後信用してもらえなくなる。商人にとって信用ほど大事なものはねえ。それで俺も苦労したからな」
リオネルに協力しているアダンは、ラファエルやジルベールとつながった商人から嫌がらせを受けていたらしい。おそらく、そのことを言っているのだろう。
「船さえありゃ、問題ねえ。あとは力付くだ」
またしてもトリュフォーが力押しを主張した。
「鑑札があろうがなかろうが、結局最後は、力押しなんだからよ」
「だとしても、城内の兵力はおよそ一千。突入隊は圧倒的に不利だ」
ギーが言う。それにトリュフォーが反論する。
「黒牛隊は一千5百だぜ。互角以上だ」
「……どうして突入隊が黒牛隊と決まっているんだ?」
「ここは歩兵の出番だろう。だったら黒牛隊じゃねえかよ」
「いや、トリュフォー。突入隊はシルヴィアに任せようと思う」
「にゃにゃっ!?」
リオネルの言葉に、猫耳を疑った。
「天馬隊は50人ですが。50人で一千を相手にしろと?」
「一千すべてを相手にせずともよいのです、シルヴィアさま」
エマが言う。
「突入と同時に、城門も攻めます。ある程度敵兵を引きつけられます。それに目的はあくまで城門の開門。突入隊を二手に分け、一手は城門へ、一手は敵兵を撹乱するのですよ」
「……なるほど」
「もっとも、黒牛隊を突入させるほどの船数を確保できないということもありますが。ジョエルの言葉を思い出してください。30人乗りの中型船が入れる水路ですから、何十艘も必要になりますよ。その点、天馬隊なら、2艘ですみます」
「まあ…あの一瞬でそこまで計算されたのですか。エマさまは、ほんとに優秀なのね」
「……鑑札の件だがよ」
アダンが考え考え発言した。
「上手くいくかもしれねえ。時間をもらえないか?」
「どのくらい?」
「3、4日かな」
「……結構かかるわね」
「船の手配もある。どのみち、今日明日はムリだせ」
「それならそれで、構わないわ」
エマが言った。妖艶な笑みをたたえて。
「良いこと思いついたの。アダンの準備が整うまで、敵を疲弊させましょう。突入隊にも有利になると思うわ」
【裏ショートストーリー】
ミラベル「こ、こんな舟見つけてきて、な、何をしようというの?」
ジョエル「心当たりがあるんだよ」
ミラベル「こ、心当たり? 何の?」
ジョエル「まあ、乗ってみてのお楽しみ」
ミラベル「これに乗るの…? ボ、ボロ舟じゃない。ほ、ほんとに大丈夫なの…きゃっ!?」
ジョエル「失礼。ちょっと揺れたな」
ミラベル「……こ、怖い〜っ」
ジョエル「なんだァ? 『ブラッディ・ドール』は舟が苦手か?」
ミラベル「ゆ、揺らさないで〜」
ジョエル「こんなの、揺れてるうちに入らねえぜ。海はもっと揺れるんだぞ」
ミラベル「わ、わたし、泳げないのよっ」
ジョエル「はははっ。そりゃあ、いい。しっかり掴まってろ」
ミラベル「いやーっ!」
ジョエル「お、もうすぐ城の下だぞ。……あっ、やっぱり、あった!」
ミラベル「きゃーっ、落ちるーっ」
ジョエル「大げさだよ。それより、あれを見ろ」
ミラベル「……な、なに、あれ?」
ジョエル「思った通りだ。城のもう一つの出入り口さ」
ミラベル「で、出入り口…?」
ジョエル「城門だけが門じゃねえ、ってことだ」
ミラベル「……」
ジョエル「あれを抑えれば城内に入れる。そうすりゃ、落とせるぜ、城を」
ミラベル「な、難攻不落の城を…お、落とせる」
ジョエル「早速、セリーヌに報告だ!」
ミラベル「や、やめてーっ! 揺らさないでーっ!」




