第43話 難攻不落
「……ほんとに、これを落とすのか?」
エーヴが呆れたように城を見上げた。
シルヴィアたちは、攻略目標のガイヤールに来ていた。その城は、いわゆる難攻不落の城塞都市だった。
「落とすのよ。何が何でも」
シルヴィアは、親の仇のように城を見据えた。
「落とすったって、どうやって攻めんだよ」
ガイヤールは、河に突き出た半島のような場所に建っていた。三方を河に囲まれた上に高い城壁が連なっており、唯一の出入り口には巨大な城門がそびえていた。
「攻め口は、一つしかねえ。でも、間違いなく城門の上から弓で狙い撃ちされるぜ」
「仮に弓をかいくぐって城門に取り付いても、簡単には開きそうにもないぞ」
サイノスも、深刻そうに言う。
「もたもたしているうちに、上から石でも落とされたら、ひとたまりもない」
「わかってるよ! なんでみんな否定的なことばっかり言うの!? それでも攻略しなきゃいけないのよ!」
「……」
「あ…ごめん。つい、イライラしちゃって」
場が凍りついたことに気がついて、シルヴィアはシュンとなった。
「い、いいよ、謝らなくて。こ、攻略が容易じゃないのは、セ、セリーヌが一番わかってるんでしょ?」
ミラベルが慰めるように言った。
「……軍議に行ってくる」
しょんぼりしながら、本陣に向かった。
(あたしって、ダメだな。すぐ、感情的になってしまって)
後にルメール戦役と呼ばれることになるこの戦いは、ブランシャールの勝利で終わることはわかっている。姉グロリアの手紙には、はっきりとそう記されている。惜しむらくは、勝利に至る詳細が不明なことだった。
グロリアは、荒事とは対極の人だ。そもそも戦争に興味がなく、詳細に記す気がなかったのだろう。もしかしたら、結果しか知らなかったのかもしれない。
だから、ガイヤール攻めがあったのかどうかすら、わからないし、あっても落とし方など皆目見当もつかない。
暗い気持ちで本陣に定めた天幕に入ると、怒号が飛び交っていた。
「―それは、死に兵にするということだ! リオネル軍のやり方じゃない!」
「ギーだって見ただろ!? あの頑丈そうな城門をよ! 徴集兵を使うしかねえだろが」
「仮に突撃を敢行したとして、城門が開く保証がどこにある! 文字通り無駄死にだっ」
「戦に保証なんて、あるわけねえだろ! 今さら何言ってやがる!」
「ち、ちょっと待って! 怒鳴り合いはヤメなよ!」
慌てて止めに入る。二人は、しばらく睨み合っていたが、憤然としながら椅子に座った。お互いそっぽを向いて視線を合わせようとしない。
「トリュフォーさまはともかく、ギーさままでお怒りになるなんて、珍しいわね。何があったの?」
「……ガイヤールの攻略方法を相談していたのですが」
エマが途方に暮れたように言った。
「トリュが、徴集兵を城門に突撃させると言ったのです」
「城門に突撃? ただ突撃したって、敵の格好の餌食じゃないの」
「死体の山を作って、城壁を越えるのだそうです」
「にゃっ!? そんなことしたら、絶対にダメよ。人の命を何だと思ってるの!」
驚いて、トリュフォーを睨んだ。
「……じゃあ、聞くが、どうやってあの城を落とす? どのみち攻め口は、あのバカでかい城門しかねえんだぞ」
「それは…」
言葉に詰まった。まさに先ほどシルヴィア自身が苛立ち、エーヴたちを怒鳴ってきたばかりだ。
「ほれみろ。結局、誰も攻略方法が思いつかねえじゃねえか。このままここで指をくわえて城を見てるだけなら、俺のことを責められやしねえぞ」
「……まったく同感ね。今度ばかりは、私もお手上げだわ」
エマが本当に両手を上げた。
「エマさまがそんなこと言うなんて…」
シルヴィアは、愕然とした。リオネル軍の頭脳とも言えるエマに攻略方法が思いつかないなら、誰にもできないではないか。
「―もう一度、最初から検討してみましょう。何か突破口が見つかるかもしれないわ」
アニェスが鼓舞するように言った。皆、気を取り直して姿勢を戻した。
「……まずは、城の造りを再度確認します」
エマが、城に見立てた箱をテーブルの台の上に置いた。台の脇には、たくさんの枝を並べている。大河オランドということだろう。
「このように、三方を河に囲まれ、城壁が連なっています。ここからの侵入は物理的に不可能です。ただ一つの出入り口であるこの道は―」
長い枝で石の連なりを指し示した。城門への道ということらしい。
「巨大な鉄の城門に通じています。城門も高い城壁に繋がっていて、隙間はありません。攻め口は、この城門しかなく、敵方もこの城門に兵力を集中していると思われます」
「……兵糧攻めはどうかしら。城攻めの定番でしょ?」
「それも考えましたが、こちらも時間が永遠にあるわけではありません。ラファエル軍がミュレールを落としたら、それこそ、ガイヤールを攻める理由がなくなります。表向きは、ミュレール攻めの背後を守るため、というのが理由なのですから。それに、こちらの兵糧が保たなくなる恐れがあります」
ブランシャールは、兵糧も軍団が自力で調達することになっている。ラファエルたちは、現地調達という名の略奪で賄うだろうが、リオネル軍では略奪を厳しく禁止している。
「……だったら、私がフランベルジュに乗って城門の裏側に降ります」
「なにっ!?」
リオネルが血相を変えた。
「それはだめだ。絶対に許さん」
「どうして? 裏側から城門を開けるしか、方法がないわ。空を飛べるのは現状、フランベルジュしかいないのだし、フランベルジュに乗れるのは私しかいないのだから、最も合理的でしょ」
「敵が多数待ち構えて入るところへ一人で乗り込むというのですか?」
ギーの左目がギラリと光った。
「それはあまりに無謀です。例えシルヴィアさまが天下無双の剣士であっても、一人で千人には立ち向かえません。私は反対します」
「俺もギーに同意だ。シルヴィアさま、それは勇者じゃねえ、愚者というんだ」
「シルヴィアさま。私はあなたの智謀を尊敬しています。だけど、その案だけは、知性を疑うわ。破れかぶれはいけません。もっと冷静になってください」
隊長たちは、皆、こぞって猛反対した。シルヴィアは、思わず唇を噛んだ。
「……じゃあ、どうしたらいいの? 完全に手詰まりじゃないの」
沈黙がしばらく支配した。すると、おもむろにトリュフォーが口を開いた。
「……黒牛隊で一度、城門に突撃してみる」
「にゃっ? それこそ無謀よ」
「無茶はしねえよ。ちょっと押してみるだけだ。無理そうならすぐに撤退する。とにかく、一度当たってみよう。そうすれば、見えなかった何かが見えてくるかもしれねえ」
「―やってくれるか?」
リオネルが苦渋の表情で言う。
「そんな!? 旦那さままで…」
「やらせてください」
「よしっ。トリュフォーに任せた」
軍団長の最終決断である。シルヴィアといえど、覆すことはできない。無念とも無力感ともつかぬ思いが心を満たした。
「トリュフォーさま。くれぐれも自重してくださいね」
そう言うのが、精一杯であった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「怯むな! 隣同士密着して慎重に進め!」
トリュフォーは、声をからして指示を飛ばす。黒牛隊は、3列縦隊で巨大な城門へとそろそろと近付いた。3列なのは、道が狭いからである。
黒牛隊は、すべて歩兵である。リオネル軍自慢の重装歩兵だ。一千五百と比較的人数が多いのは、従軍経験者の徴集兵が配属されているからである。
軍は、均質性が重要だ。能力がバラバラな兵をいくら集めても、実戦では強力な部隊とはならない。だから、徴集兵はギー隊に集めている。その中でも、リオネル軍に何度も参加しているいわばベテラン兵もいる。そういう兵はある程度練度が高いので、トリュフォーが引き受けているのだ。
今、城門に突撃している中にも、当然徴集兵が含まれている。黒牛隊は、その名のとおり黒い鎧で統一されていた。黒牛隊だけは、鎧が支給されるのである。
黒い軍団が怒涛の勢いで突撃するさまは大迫力であるが、今は、牛歩というべきゆっくりした動きで城門に迫っていた。
すると、城門の上に敵兵がずらりと現れた。手には弓を構えている。一斉射撃で矢が雨のように降ってきた。これは想定内なので、盾を頭上に掲げて防ぐ。
大きな樽が現れた。投げ下ろされる。地面に激突して壊れた。中から、黒い液体が流れ出す。城門への道は登り坂だ。黒い液体が黒牛隊目掛け走る。そこへ火矢が放たれた。紅蓮の炎が噴き上がる。
「下がれ! 下がれ!」
黒牛隊は、我先に後方へと逃れた。
「隊長! 炎で城門に近付けません」
「バカ野郎! そんくらい、見りゃわかる」
「すみません。―炎が収まったら、また突撃しますか?」
「……」
トリュフォーは、しばらく無言で腕組みしていた。やがて、
「……いや、兵を戻せ。元の位置で待機。そのまま包囲を続けろ」
「よろしいので?」
「構わん。初めから小手調べのつもりだった。それに、シルヴィアさまから自重するよう言われてるからな」
「―あっ、見ろよ、セリーヌ。黒牛隊が引いていくぜ」
エーヴが指差すとおり、黒牛隊はあっさりと突撃前の元の位置へと戻っていった。
「良かった。トリュフォーさま、無理押しをしなかったわ」
「やっぱり城方は、いろいろ準備してやがるな」
「不用意には突撃できませんね。どうしますか、シルヴィアさま」
サンドラに問われて、思わず頭を抱えた。
「どうしよう〜。エマさまですら攻略方法がわからないんですって。あたしになんか、思いつくわけないよ〜」
「模擬戦でエマ隊長に勝ったセリーヌだ。なんとか絞り出せ」
「そんな、他人事みたいに言わないでよ、サイノス」
「―セ、セリーヌっ!」
そこへ、息せき切ってミラベルが駆け込んできた。ジョエルを伴っている。
「どうしたの、ミラベル。そんなに慌てて」
ミラベルは、しばらく呼吸を整えた。よほど急いで走ってきたのだろう。しかし、口にした言葉は、シルヴィアを仰天させるものだった。
「―お、落とせる! こ、この城、落とせるよっ!」
【裏ショートストーリー】
エーヴ「セリーヌのやつ、あんな大声を出すなんて、珍しいな」
サイノス「それだけ焦っているということだろう」
ミラベル「セ、セリーヌ、心配。ひ、一人で抱え込まなきゃいいけど」
ジュスタン「僕らで策を思いつけないかな」
エーヴ「どいつも腕っぷし自慢ばっかで、頭脳労働には向かねえからな」
サイノス「そういうエーヴが一番向いていないがな」
エーヴ「……てめえ、死にてえらしいな」
ミラベル「ねえ、サ、サンドラ。いい考え、ない?」
サンドラ「……」
ミラベル「サンドラ…?」
サンドラ「ん…? すまない。何の話だ?」
エーヴ「てめえ、何も聞いてねえのかよ。さっきからぼうっとしやがって、張り倒すぞ」
サンドラ「少し考え事をしていた。本当にすまない」
ミラベル「か、考え事って、もしかして、し、城を落とす方法?」
サンドラ「城…。あの城塞か」
サイノス「何か、考えがあるのか?」
サンドラ「……いや、あれはそう簡単に落とせない」
エーヴ「なんでえ、ズッコケたじゃねえか。変な期待持たすな」
サンドラ「勝手にお前らが勘違いしたんだろう」
ジュスタン「あ〜あ。やっぱり僕らは、バカばっかだ」
ミラベル「セリーヌを、た、助けたい。な、何かないかな。や、役に立てる方法が、何か…」




