第40話 天馬隊、集結!
「みんな、久しぶり〜っ!」
声を弾ませながら勇躍、兵舎の広間に入った。ずらりと簡易椅子に腰掛けていた同期の隊員が一斉に立ち上がった。
「セリーヌ!」
「待ってたぜ!」
大歓声に迎えられた。満面の笑みでしばらく見渡す。懐かしい顔が揃っている。たった二日間だったが、濃密な時間だった。これから、更に濃密な時間を過ごすことになる人々だ。
シルヴィアは、軍服姿で控えているサンドラに頷いてみせた。
「―みんな、座ってくれ! 隊長から、お言葉がある!」
サンドラの掛け声で、皆、着席した。シルヴィアに注目する。
「……みんなも聞いたと思うけど、この度、リオネルさまから隊を任されることになりました、シルヴィア・カトゥスです。よろしくね」
「わたしたちにとっては、セリーヌ・ブルボンだ!」
エーヴが野次を飛ばした。
「そうだ! そうだ! セリーヌ隊長だ!」
ほかの隊員たちも賛同する。
「―わかった、わかった。呼び名は、みんなに任せるから」
苦笑いを浮かべながら、手で制した。再びしんと静まり返る。
「総勢、あたしを入れて52人の小さな隊だけど、精鋭だと思ってる」
全員の瞳が輝いている。シルヴィアは、満足したように一人頷いた。
「そこで、52人を小隊に分けようと思う」
「小隊…? なんだ、それは?」
聞き慣れない言葉に、エーヴが首を捻った。リオネル軍に隊はあれど、その下の編成はない。
「10人ずつの隊を作るのよ。全部で5つ。それぞれに隊長を置くの。小さい隊だから、小隊」
「ふ〜ん。変わったことを考える奴だな」
「これから、小隊長の名前を呼ぶから、呼ばれた人は前に出てきて。―まずは、エーヴ・デカルト」
「ヒャッホーッ! そうこなくっちゃ」
エーヴは、身軽にヒョイっと身を躍らせた。
「サイノス・カジャール」
「おう!」
力強く重々しく、サイノスはエーヴに並んだ。お互い、がっしりと握手をかわした。
「ジュスタン・ファーブル」
「当然だね」
翠色の前髪をかき上げながら前に出た。サイノスは、嫌そうに横を向く。しかし、ジュスタンは気にしたふうもなく、シルヴィアにウインクを投げて寄越した。
苦笑いしながら、シルヴィアは続けた。
「―サンドラ・デシャン」
「はい」
サンドラは、静かにジュスタンの横に並んだ。隊員の間に、ざわめきが起こる。シルヴィアは構わず最後の名前を呼んだ。
「ミラベル・サルトル」
「―!」
ミラベルは、俯いたまま席を立とうとしない。
「どうしたの? 前に出てきて」
優しく促す。それでも、ミラベルは身動き一つしようとしなかった。
「……ミラベル?」
「わ、わたしなんかが、し、小隊長なんて務まるわけ、ないわ」
「どうして? あなたの働きぶりは聞いているわよ。『ブラッディ・ドール』という二つ名があるそうじゃないの」
「そ、そんなの、関係ない。わ、わたしは、ひ、人の上に立てるような人間じゃ、ない」
「相変わらず自分のこと、卑下し過ぎ。実力はもとより、あなたの誠実な人柄を買ったのよ」
「セ、セリーヌの、か、買い被りだよ。わ、わたしには、できない」
「ンもうっ、強情ね。―ねえ、みんな。ミラベルを小隊長と認めない人、いる? いるなら、手を挙げて」
誰も動かない。シルヴィアは、莞爾としてミラベルを見つめた。
「ほら、みんな、ミラベルを認めてる」
「そ、そんな…」
ミラベルは、それでもまだモジモジしたまま席を立とうとしない。すると。
突如、拍手が起こった。エーヴだった。続けてサイノスも拍手し始める。次第に唱和するように拍手が広がり、広間を圧する万雷となった。
ミラベルは驚いたように顔を上げた。周りを見回していたが、やがて肩を震わせ始めた。
シルヴィアは壇を降りて、そっとミラベルの肩を抱いた。ミラベルは、ようやく立ち上がった。シルヴィアは何も言わず、泣きじゃくるミラベルを一度抱きしめた。そして、サンドラの横に並ばせた。
「……以上、5人の小隊長のもと、一致団結してね。隊員の組み分けは、後でまとめて発表するから―」
「ちょっと待てや、セリーヌ」
手を挙げた隊員が、いた。
「……なあに? イザク。質問でもあるの?」
「あ…? よく俺の名前を知ってるな」
イザクと呼ばれた男が少し驚いた様子をみせた。
「知ってるわよ。事前に勉強してきたもの。あなただけじゃないわ。ここにいる全員の名前を覚えてきたの。顔はわかるんだけど、名前を知らない人が多かったから」
「へえーっ。さすがは隊長さまだ。やることが違うね」
「それで、何を聞きたいの?」
「一人、小隊長として承服しかねる奴がいるんだが」
「……誰のこと?」
「サンドラに決まってんだろ」
「……サンドラは、槍の使い手よ。実力は入隊試験でみんなも承知しているはずだわ」
「だから、その入隊試験だよ。サンドラは、落第している。なんでしれっと戻ってきて、しかもいきなり小隊長なんだ?」
「特別にリオネル殿下には入隊許可をいただいているわ。れっきとした隊員よ」
「特別? それはおかしいだろ。こっちは試験を通って入ってきてんだ。依怙贔屓じゃねえか」
「それを言うんだったら、あたしこそ依怙贔屓だわ」
「……!」
「あたしはセリーヌ・ブルボンという偽名を使って試験を受けたのよ。旦那さまにバレて、妃殿下さまに連れ戻されてしまったから、見事に落第してる。それなのに、しれっと戻ってきて、いきなり隊長さまに収まったんだから、究極の身内贔屓の依怙贔屓よ」
「俺は、あんたの指揮ぶりやら何やらを認めてんだ。だから、隊長として認める。だけど、サンドラは違う。小隊長として認められねえ」
「なんで認められないの? 理由を教えて」
「なんで、って、俺の話を聞いていなかったのか? セリーヌと違って実力がねえっつってんだ」
「最初にあたし、言ったよね? サンドラには、槍の実力があるじゃないの。リオネル軍は実力主義よね。それをあなたは否定するの?」
「……それは、否定しねえが…」
「だったら、小隊長として認められるよね? 実力があるんだから。それとも、サンドラと立ち合ってみる? あなたが勝ったら、サンドラの小隊長は撤回するわ」
「……サンドラに勝てるわけねえだろ。俺は黒牛隊をなぎ倒す槍を見た。あんな槍さばき、これまで見たことねえ。―ああ、認めるよ。サンドラの実力を認める」
「それで…?」
「わかったよ。リオネル軍は実力主義だ。強え奴が偉い。サンドラの小隊長を認める」
「良かった、わかってくれて」
太陽のような笑顔が弾けた。隊員の間にため息がもれた。
「サンドラの件は納得したが、もう一つ、聞きたいことがある」
イザクが再度尋ねた。物怖じしないし、頭もよく回る男らしい。特徴を胸に刻みつけた。
「……なあに?」
「俺たちはセリーヌを除いて51人いるが、10人ずつの小隊なら、一人余っちまうぞ。どうすんだ? 11人隊を作るのか?」
「いい質問ね、イザク。一人は、旗手を頼もうと思うの」
「旗手だ?」
「そうよ。せっかく模擬戦で大将旗を作ってくれたでしょ。あれを生かして隊旗のデザインを新調したの。その隊旗を持つ人を指名する。―ヴァレリー・ロラン! 前に出てきて」
呼ばれた男がのっそりと立ち上がった。一言で言えば、でかい。小柄なミラベルの2倍はありそうだ。
「サンドラ、ごめん。旗を持ってきて」
サンドラが旗を巻き付けた竿をヴァレリーに渡した。
「ヴァレリー、隊旗を掲げて」
旗が拡がった。
「―おおーっ!」
期せずして全員からどよめきが起こった。
旗には、日の丸に向かって羽ばたくペガサスが描かれていた。
「ヴァレリー。あなたは、常に私のそばにいるの。そして、その隊旗を掲げ続けるのよ。死んでも倒しちゃダメ。隊旗には、みんなの魂が宿ってるんだから」
「……」
ヴァレリーは、無言でうっそりと頭を下げた。
「セリーヌ! 隊の名前は何て言うんだ?」
「―天馬隊」
「天馬隊…」
「俺たちは天馬隊だ!」
あちこちで隊名を叫ぶ声が上がった。
「―みんな、聞いて!」
シルヴィアの一声で、しんと静まり返る。視線が集まった。
「あたしたちは数こそ少ないけど、一騎当千のツワモノ揃いよ。あたしたちの力をみんなに見せつけてやろうじゃないの」
「当然だ。わたしたちは、リオネル軍最強だぜ」
エーヴがニヤッと笑った。隊員たちにも笑声が波のように伝播していく。シルヴィアは、輝く笑顔で応える。
「国内だけじゃないよ、相手にするのは世界だ」
「世界…?」
「そうさ。あたしたちはエーヴの言う通り最強だ。―天馬隊の名を世界に轟かせるぞ!」
「おうっ!」
【裏ショートストーリー】
エーヴ「まさか、セリーヌの元で戦えるとはなあ〜。感慨深いぜ」
シルヴィア「あたしもびっくりだよ。いきなり隊長だなんて。一兵士で良かったんだけどね」
サイノス「軍に志願はしてたんだ。とんだお姫さまだな」
エーヴ「なんだよ、サイノス。お前、嬉しくないのかよ」
サイノス「嬉しいに決まってんだろ。セリーヌを最初に認めたのは、俺なんだからな」
エーヴ「ウソつけっ。最初にダチになったのは、わたしだぞ!」
サンドラ「そんなこと、どっちでもいいだろ」
ミラベル「わ、わたしは、すごく嬉しいよ。セ、セリーヌと、また一緒に、い、いられるんだから」
シルヴィア「ありがとう、ミラベル」
エーヴ「でもよお、エマ隊長から新隊に行けって言われたときは、左遷かと思って落ち込んだんだぜ」
ジュスタン「僕は、同期の新兵だけで隊を作ると言われたから、もしやと思ってたよ」
エーヴ「ほんとかよ。今だから言ってんじゃねえのか?」
ジュスタン「セリーヌとの赤い糸を信じてたからね」
サイノス「誰が赤い糸だ、殺すぞ」
ジュスタン「脳筋に殺されるほど、マヌケじゃない」
サイノス「……よっぽど死にたいらしいな。今すぐ表へ出ろ!」
エーヴ「こおらっ! やめろ、てめえら! ……おい、セリーヌ。なんでこのクソどもを小隊長にしたんだ?」
シルヴィア「あはははっ。やっぱり、気の置けない友だちって、サイコーね!」