第41話 切磋琢磨と組織改革
「ジ、ジョエル。サンドラ隊の動きは、つ、掴めた?」
「いや、全然わからねえ。霧のように消えちまった」
「屁じゃねえんだからよ、消えるわけねえだろ」
ミラベルは何も言わず俯いた。それを見て、ジョエルは隣の男の頭を叩いた。
「バカやろう!」
「いたっ!」
「ミラベルの前で下品なこと言うんじゃねえよ、レイモン」
「す、すまねえ」
ミラベルは、ため息をつきながら、鬱蒼と繁った森を見回した。
皇都近郊の小さな森の中である。ミラベル小隊は、車座になって額を寄せていた。真ん中には、大きな黒い石が置いてある。
シルヴィア発案の、小隊同士による模擬戦の真っ最中なのだ。黒い石を奪うか、相手を全滅させた方が勝ちとなる。
ミラベルの相手は、サンドラだった。森には同時に入った。サンドラの動きを掴むため、一人に後をつけさせた。しかし、すぐにまかれてしまい、行方がまったくわからない。
もちろん、こちらも捕捉されないよう、すぐに木々に紛れた。尾行されてはいないはすだ。
「どうするよ、ミラベル。ここで後生大事に石っころを抱えて留まっていても、埒が明かねえぜ」
選択肢はある。
一。守備兵を置いて、残りの兵でサンドラの行方を捜す。
二。黒い石を持ち歩いて、全員でサンドラを捜す。
三。このまま留まり、時間切れ引き分けに持ち込む。
引き分けは、性分に合わない。白黒決着をつけたい。
「―ねえ。み、みんなは、どう思う?」
「兵を分散するのは得策じゃねえと思う」
ミラベルの投げかけにジョエルが応える。
「どっちが先に見つけるかにもよるが、各個撃破される可能性がある」
「でもよ、ここにいるだけじゃ、いつか奴らに見つかってフイを突かれるぜ。俺らが不利になるんじゃね?」
レイモンが反論した。9人の中では、この二人がリーダー格だ。特にジョエルは、冷静だし、はしっこい。だからこそ、サンドラの追跡役を任せたのだ。
「だったら、石っころを持ち歩くか? 守れるし捜せる。一石二鳥だ」
「……」
隊員は皆、示し合わせたようにミラベルを見た。最終決断は小隊長たるミラベルが下さなくてはならない。
「わ、わたしは―」
口を開きかけた、そのとき。空気を裂く音がした。とっさに体が動いた。地面に真っ二つに折れた矢が転がった。矢じりを丸めた模擬戦用の矢である。ミラベルの手には、剣身が曲がった独特の形をした曲刀が握られていた。無論、これも模擬刀である。
「敵襲!?」
「まさか、もう見つかった!?」
慌てて身構えたところへ、矢が次々と襲いかかってきた。二人が射倒された。
「散れっ!」
ミラベルが怒鳴った。固まっていては、矢の格好の餌食だ。しかし、その瞬間。喚声が沸き起こり、敵兵が踊り込んできた。瞬く間に三人がやられた。敵は二対一に持ち込んで確実に殲滅を狙ってくる。
「―ぐわっ」
敵兵が二人、もんどり打って地面に転がった。
「ミラベル!?」
俯いたまま、ゆらりと立つミラベル。様子が一変していた。万事控え目な彼女の全身から、とんでもない殺気が立ち昇っている。
「待ってましたっ! ブラッディ・ドール!」
敵兵と剣を交えていたジョエルが叫んだ。同時にミラベルの姿が消えた。次に姿を現したときには、ジョエルの隣にいた。相手をしていた二人が昏倒する。声をかける暇もなく、また姿を消し、今度はレイモンの隣に現れ、敵兵を屠る。
的確に敵の急所をつく技術、何のためらいもなく無感情に動くさまは、まさに『ブラッディ・ドール』の名にふさわしい。
更にミラベルは姿を消し、次の敵へ…とは、いかず、刃を打ち鳴らす激しい音が響いた。
「―好きにはさせないぞ、ミラベル」
止めたのは、サンドラだった。ミラベルは、二回、三回とバック転をして距離を取る。シルヴィア張りの身の軽さだ。
二人は、動きを止め対峙した。ミラベルは俯いたままだ。だらんと力を抜いて、ぼうっと立っているようにしか見えない。しかし、サンドラは槍を構えたまま動けなかった。下手に動いたら、手痛い反撃を受けるのがよくわかるからだ。
このまま膠着するかと思われた、そのとき。
「―取ったぞーっ!」
イザクの雄叫びが響き渡った。
「ミラベル隊の黒い石、サンドラ隊が奪い取った! 俺たちの勝ちだぁーっ!」
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「ミラベル。敗因は何だと思う?」
シルヴィアに問われて、少し考える仕草をすると、おもむろに口を開いた。
「あ、後をつけさせた斥候が、ぎ、逆に後をつけられたこと」
模擬戦終了後、ミラベル隊全員がシルヴィアの前に呼ばれていた。
「その通りだわ。模擬戦が始まったときに、既に勝敗は決していたのよ。相手の姿が確認できない森の中で、どちらが先に捕捉するかは、命運を決する。だからこそ、ミラベルも斥候を出したんだろうけど、いち早く森に紛れて目をくらました上に、斥候を利用したサンドラのほうが一枚上手だったわね」
ミラベルは、黙ってうつむいてしまった。それを見て、ジョエルが声を上げた。
「でも、倒した兵の数はミラベルのほうが多かった。勝ち負けだけで言えば、確かに負けたけど、強いのはミラベルのほうだ」
「負け惜しみね、ジョエル。本番の戦だって、いくら敵兵を多く倒しても、本陣を取られたら負けよ。黒い石は、本陣に見立てたもの。本陣も守れないで、自分のほうが強かった、なんていくら強弁しても敵に鼻で笑わられるだけ」
「……!」
「ご、ごめんね、ジョエル。わ、わたしの判断が遅かった。すべてわたしの力不足が、わ、悪いの」
不満そうに黙り込むジョエルに、ミラベルは謝罪した。
「―ミラベルが強いのは認めるわ」
シルヴィアは、慰めるように言った。
「あなたには、もっと広い視野を持ってもらいたいの。そうすれば、必ずいい隊長になれる」
「……わ、わたし、もっともっと頑張る」
「ミラベルなら、絶対にできるよ」
シルヴィアの笑顔が輝いた。
「―セリーヌ。話してるとこ悪イ。リオネルさまがお呼びだ」
エーヴがやってきて告げた。
「みんなでよく話し合ってみて」
ミラベル隊全員にそう言うと、シルヴィアは立ち上がった。ヴァレリーの巨漢が後に続いた。
小隊同士のライバル心は、相当なものだ。シルヴィアの狙い通りに。この先もお互い切磋琢磨していけば、『天馬隊』は必ず強くなる。
兵舎の会議室に入ると、幹部が全員顔を揃えていた。
「遅くなりました」
一礼して空いた席に座る。ヴァレリーは壁際に待機した。
「……隊の訓練か? 毎日、精が出ることだ」
リオネルが楽しそうに言った。
「私たちは、新兵ですから。精進あるのみですわ」
「小隊長なる職を新設したそうですね」
ギーが身を乗り出す。興味津々といった様子だ。
「面白い試みだと思います。狙いは何なのですか?」
「指示を徹底させようと思って。50人より5人に伝えたほうが、効率的かつ正確でしょう?」
「1000人ならともかく、50人なら、全員相手でも伝わるのでは?」
「今から私のやり方に慣れさせようと思って。我が『天馬隊』は、50人で終わるつもりはありませんので」
「規模を大きくしたときにも、同樣の組織体制にすると?」
エマも面白そうに尋ねた。
「ええ。名称はともかく、各隊ごとに隊長を順次置いていくつもりです」
「10人隊長、100人隊長、というような?」
「はい。リオネル軍は、指揮系統がざっくりし過ぎていますわ」
ブランシャール軍全体にも言えることで、組織体制は、軍団の団長(皇子)の下に隊長を置いているが、更に下部組織に責任者はいない。団長の命令を隊長が隊員の主立った者に伝えるだけである。末端まで命令が伝わっているか疑わしい。
指揮命令者と兵卒が、貴族と平民にくっきり明確に分かれているほかの軍なら、それでもいいだろうが、さまざまな出身者が渾然一体となっているリオネル軍では、責任の所在が曖昧になる。ましてや、仲の良さ、結束の固さがウリのリオネル軍は、曖昧さはときに致命傷にもなり得る。
「……俺は、あまり好きじゃねえなあ」
トリュフォーがスキンヘッドを撫でながら言った。
「隊の中に上下関係を持ち込もうってんだろ? せっかくの結束にヒビが入るんじゃねえか?」
「小隊長は、隊全員の合意の元で任命します。納得して長の下につくなら問題ないでしょう?」
「それを1000人規模でやろうってのか。人が多くなればなるほど、難しくなると思うが」
「それは今、試行錯誤中です。ある程度の規模になったら、隊ごとに任命権を移譲しようかと思っていますわ。みんなが選んだ小隊長ですもの、私は何の心配もしていません」
「……お義姉さまらしい、大胆かつ合理的な方法だと思います」
アニェスの笑顔が花開いた。実に笑顔が似合う少女である。
「とても、興味深いわ。確かに、規模が大きくなればなるほど、末端に指揮命令を徹底させるのは容易ではない。―どうかしら、お兄さま。軍全体で検討してみては」
「そうだな。実は俺も同じことを考えていた。シルヴィアに先を越されたが」
「ありがとうございます、旦那さま」
純粋に嬉しかった。まさか、リオネルも同じことを考えていたなんて。
「早速、戦場で試す機会が来たぞ」
リオネルは、皆の顔を見渡しながら、いつになく真剣な表情で言った。
「―出陣命令が出た。いよいよ、ルメールへ侵攻する」
【裏ショートストーリー】
ミラベル「サ、サンドラには、負けたわ」
サンドラ「小隊としてはな。ミラベルと対峙したのは初めてだったけど、お前、とても強いんだな。個人として真剣勝負したら、勝てるかわからない」
エーヴ「何しろ、『ブラッディ・ドール』だもんな。普段は人の後ろにいるクセに、こんな実力を隠してやがって、ふざけた奴だ」
ミラベル「わ、わたしなんて、みんなに比べたら、た、大したことないよ」
サイノス「卑下するな。セリーヌも言ってたろ。小隊長になったことだし、これからは、嫌でも人前に出ることになる」
ミラベル「い、今でも、わたしなんかが小隊長なんて、つ、務まる自信がない」
エーヴ「よくやってると思うぜ。10人のまとまりもいいしよ」
ジュスタン「そうだよ。僕の隊の次に結束してると思うなあ」
サイノス「お前は黙ってろ」
ジュスタン「言っとくけど、僕だってみんなに認められた小隊長だよ。セリーヌに任命されたとき、誰も反対しなかったじゃないか」
サイノス「弓の実力を認めただけだ。リオネル軍は実力主義だからな。お前の人間性まで認めたわけじゃない」
ジュスタン「モテない男のひがみだね」
サイノス「……殺す!」
エーヴ「ヤメろ、クソどもがっ! いつもいつもいがみ合いやがって、私の手を煩わせるんじゃねえ!」
ミラベル「た、大変だね、エーヴは。い、いつも二人の仲裁役をして」
エーヴ「やりたくてやってんじゃねえよ。小隊長同士、連携しなきゃなんねえ場合も多いだろ。これもセリーヌのためさ」
サンドラ「エーヴの言う通りだ。すべてはシルヴィアさまのため、力を合わせよう」
エーヴ「……なんでオイシイとこは、全部サンドラが持っていくんだ?」




