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第28話 水火氷炭

シルヴィアたちは、大通りをのんびりと歩いていた。ここは、いつ来ても活気が溢れて賑やかである。人々の息吹を間近に感じられて、やはり皇宮より町中にいるほうが好きだ。


今回は、アニェスも同行していた。必然的に侍女のソフィも従っているので、ギーとサンドラを加えて総勢6人のパーティーであった。ちなみに、前回のことがあるので、マノンは紅烏団を率いて見えない所から警備している。


アニェスの歩みは力強い。本来の姿に戻りつつあるのだろう。背筋をピンと伸ばして歩む全身から、女神のごとく神々しいオーラが立ち上っている。


「アニェスさまだ!」


「アニェスさまがお出でになられた!」


人々がアニェスに気づいてたちまち人だかりとなった。それに応えて、アニェスは気さくに声をかける。


「皆さん、お変わりありませんか」


「アニェスさまこそ、ご快復、おめでとうございます」


「ありがとう」


「いっときは歩くのも困難だってお聞きしてたから、心配してたんですよ。お元気そうで何よりです」


「おかげさまで、こんなに元気になりました」


町娘が着るような地味なドレスを持ち上げ、くるっとその場で一回転してみせた。


「おおっ! 以前のアニェスさまだ!」


「アニェスさまが戻られた!」


人々の間にどっと歓声が起こった。アニェスは手を振りながら歩みを再開した。


「……アニェスさまの人気は、ものすごいですね」


シルヴィアは、アニェスの横に並びながら、そっと耳打ちした。


「お義姉さまだって、市民の皆さんのお心を既に掴んでいらっしゃるじゃないの」


「……」


「気づいていらっしゃるのでしょ? 女の子たちの猫耳カチューシャ」


そうなのだ。道行く人々の中で、若い女性たちは子どもも含めて、大半が猫耳の形をしたカチューシャをつけていた。風の噂では、トレンドとして流行っているとは聞いていた。しかし、まさかここまでとは思っていなかった。中には、若い男性までが猫耳カチューシャをつけているのには驚いた。


「お義姉さまの人気は、うなぎ登りだそうよ」


「私なんて…そのうち、みんな飽きて、私のことは忘れてしまいますよ」


「そうかしら。市井の方は、ときに真実を見抜く鋭さを持っているわ。それが世知辛い世の中を生き残るすべだと本能的に知っているから」


「難しいことを仰るんですね。よくわからないわ」


「……私、思うの。人々はきっと、お義姉さまに希望を見出したんだわ」


「希望…」


やはりアニェスの言うことは、わかるようでわからなかった。


「―着いたぞ」


ある店の前で、リオネルは立ち止まった。店構えが立派な大店(おおだな)だった。大通りに面した角地にあり、特に栄えている場所だ。おそらくリシャールの中でも一等地なのだろう。


スタスタと店に入っていくリオネルを追って、ぞろぞろと後に続く。


中は実にさっぱりとしていた。カウンターと応接セットがあるだけで商品が一つもない。何の商売をしているのか一見しただけではわからなかった。


「アダンはいるか?」


リオネルの呼びかけに誰も応えない。


「あれ…? おかしいな。事前に連絡しておいたのに。―入るぞ!」


慣れた様子で奥へどんどん進む。


「アダン! いないのか?」


すると。一つのドアの向こうで何やら人の動く気配がした。


「いるなら返事くらいしろ―!?」


そのドアを思い切り開いた、刹那。リオネルは入り口で固まってしまう。


「……旦那さま? どうなさったの?」


「い、いや、何でもない」


背後から覗こうとしたシルヴィアを遮るようにして、リオネルは急いでドアを閉めた。


「……どうも様子が変ね。何を隠したの?」


リオネル越しにドアノブに手をかけた。


「待て待て。ちょっとだけ待て」


「何よ。どいてください!」


力付くでドアを開けようと力をこめた瞬間。ドアがさっと開いた。


「―うっせえな。人ん家で何騒いでやがる」


一人の若者が頭をかきながら現れた。……上半身裸で。シルヴィアは、眉をひそめながら隙間から部屋を覗いた。


「にゃにゃっ!?」


ベッドの上で裸の女性が下着を着ようとしているところが見えた。


(こ、これって、もしかして…もしかしなくても、アレ、だよね?)


状況を理解した途端、頭の中が真っ白になった。わけもなく怒りが湧いてきて、半裸の若者を睨んだ。


「変っ態ーっ!」


派手な音が響いた。気がついたときには若者が床にのびていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……申し訳ありませんでした」


シルヴィアは、ふくれっ面で形だけの謝罪をした。


一行はとりあえず応接セットに腰を落ち着けた。全員は座れないので、お付きの3人は立ちん坊である。ちなみにアダンお相手の女性はとっくにいない。シルヴィアたちの視線を集めながら立ち去る姿は意外と堂々としていた。


「ほんとに申し訳ないと思ってるのかよ」


頬に大きな青痣を作った若者が睨む。


「いきなり殴ったのは申し訳ないと思っています。でも、あなただって悪いのよ。真っ昼間から…その…()()()ことしてるから」


「そんなもの、オレの勝手だろうが」


「非常識だわ」


「あのな。お前がオレの彼女なら、それもわかるぜ。浮気の現場を取り押さえられたってんなら、殴られても文句は言えねえ。でもお前は何の関係もねえじゃねえか」


「だとしても、女の人を無理矢理家に連れ込むなんて不謹慎よ」


「おいおい、誰が無理矢理連れ込んだ? 同意の上に決まってんだろ。人をレイプ魔のように言うな」


「どうだか。男は身勝手に同意したとか言うけど、わかったもんじゃない」


「シルヴィア。その辺で勘弁してやれ」


二人の間が険悪になる一方なのを見かねて、リオネルが仲裁に入った。


「こいつは、こういう男なんだ。悪い奴じゃねえよ」


「旦那さまは、最低男の肩を持つのね。見損なったわ」


シルヴィアは、プイと横を向いてしまった。


「困ったな。―おい、アダン。お前もそうケンカ腰にならずに少しは反省しろ」


「なんでオレが。そもそも突然やってくるお前らも悪いんだぞ」


「バカ言うな。今日訪れることは、ちゃんと事前に伝えたろうが」


「それは、明日のはずだろ」


「今日だよ」


「そうだっけ?」


「アダン。あなたの私生活に口出しするつもりはないけど」


今度はアニェスが口を開いた。


「少々度が過ぎているのではないの? 毎晩のように遊び歩いていると聞いたわよ」


「……ちっ。なんでアニェスまでいるんだよ」


アニェスに説教されて、若者…アダンは、バツが悪そうに口をもごもごさせた。


「お義姉さまもどうかしら。確かにアダンは軽率だったわ。でも、お義姉さまが疑うような不誠実な人ではないの。それは私が保証します。だから、矛を収めていただけないかしら」


「……アニェスさまが、そこまで仰るなら」


不承不承ながら、向き直った。


改めてアダンを見直すと、なかなかのイケメンだった。朱鷺色の髪に、限りなく透明に近い青い瞳をしていた。その印象的な瞳は、まるで宝石のアクアマリンのようだ、とシルヴィアは思った。


「それじゃあ、双方、水に流して、改めて自己紹介といこうじゃないか」


リオネルが音頭を取る。


「……リオネルさまの妻で、シルヴィア・カトゥスと申します」


ぶっきらぼうに言う。


「……シュバリエ商会の当主、アダン・シュバリエだ」


アダンも無感情で返す。


「お前らな…。子どもかよ、ったく」 


リオネルは盛大なため息をついた。


「とにかく、仕事の話を進めるぞ。―アダン。例の件、先方から承諾が得られた」


「ああ、あの魔法の粉か」


「カトゥスから定期的に送ってもらえることになった。早速動いてくれ」


「わかった。あれは美味かったなあ。絶対に売れるぞ、特に肉料理にめっちゃ合うよな」


「……!」


刹那、シルヴィアの柳眉が逆立った。


「窓口はシルヴィアだ。だから、お前たちを引き合わせようと思って―」


「ちょっと待って、旦那さま」


リオネルを遮ったシルヴィアは、アダンを睨みつけた。


「美味しい、ですって? 『ピパリ』を食べたの?」


「リオネルに貰って食ったが、それが何だって言うんだ?」


「旦那さまが少し分けてくれと言うから差し上げたのよ。貴重なものなんだから、色情魔に渡すとわかっていれば、差し上げなかった」


「誰が色情魔だ。ふざけんじゃねえぞ」


せっかく一旦収まったのに、またしても二人の間に紛争が勃発した。


「オレのことよく知らねえくせに、中傷すんじゃねえ、ネコ娘が!」


「私はネコじゃありません! あなたこそ、私のことよく知らないくせに勝手なこと言わないでよ」


「お前、さっきから何なんだよ。オレをあれこれと批判するが、お前だってリオネルとヤってんだろが。人のこといえる義理か?」


「……!」


たちまち猫耳まで真っ赤になる。怒りのためか羞恥のためか、よくわからなかった。リオネルはといえば、困ったように天を仰いでいた。


二人の様子を見て、アダンは下卑た笑いを浮かべた。


「……なんだ? お前ら。まさか、まだヤッてねえの?」


「あなたに答える義理はないわ!」


「こりゃ、笑える。まだオトコを知らねえションベン臭えガキが、大人の男を説教してたってか? パンツ履き替えて出直してこい、クソガキが」


「―おい、クサレ外道。いい加減にしろよ」


サンドラが黒い瘴気を立ち上らせながらアダンに迫った。


「それ以上シルヴィアさまを侮辱するなら、キサマを殺す!」


ドレスの裾を捲り上げ、脚に隠していた棒を取り出した。仕込武器だったらしく、棒から刃先が飛び出す。


「オレと殺り合おうってのか、ウサギ娘! いい度胸だなっ」


アダンも目を血走らせて立ち上がった。


「やめろ、アダン!」


慌ててリオネルが飛びついた。


「ギー! サンドラを止めろ!」


「サンドラ、あなたが手を汚すまでもないわ。あたしが色情魔のクビをねじ切ってやる!」


双方入り乱れ、収拾がつかなくなった。


「静まりなさぁーいっ!!」


アニェスの一喝がズシンと鳴り響いた。

【裏ショートストーリー】

シルヴィア「ギーさま、お久し振りです」

ギー「ご無沙汰してしまい、申し訳ありません」

シルヴィア「バルケッタは、元気にしてる?」

ギー「はい。幼年学校に通わせていますが、今じゃ日常会話なら何不自由なく交わせるくらいに上達しています」

シルヴィア「優秀なのね」

ギー「勉学の方も、かなり良い成績を収めているようで」

シルヴィア「将来が楽しみだわ」

ギー「ところで、シルヴィアさま。ジルベールさまとの一件、ご助力できず申し訳ありません」

シルヴィア「いいのよ。『マノン姉さま』たちが助けてくれたから」

ギー「……お聞きになったそうで」

シルヴィア「ええ。ようやくマノンが話してくれたわ、口の固い弟さま」

サンドラ「弟とは、何のことです?」

シルヴィア「マノンに弟がいたら、どんな人かな、って話よ」

ギー「……」

サンドラ「はあ…? よくわかりませんが、マノンの奴、シャウラの世話をするからとか言って、シルヴィアさまのお供をしないなんて、職務放棄です」

シルヴィア「シャウラの世話だって、重要な仕事よ。おかげで安心して外出できるわ」

サンドラ「シルヴィアさまは、マノンに甘すぎます」

シルヴィア「サンドラにだって、甘いわよ〜」

サンドラ「お止めくださいっ、頭を撫でるのは!」

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