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第一節「十五」

 

 風で木の枝が揺れる音がした。

 ほのかに温かい光が、頭上をおおう木々の葉の間から差し込んでいて、森の中は木々でうっそうとしているはずなのに、まるで昼間の様に明るいという印象を受けた。

 大森林と言えるほどの大きな森の中には、人が住めるほどの大樹がいくつも育っている一帯があった。

 木と木の間には吊り橋がかけられたり、木に寄り添うような形で土の家が作られていたり。物によっては大木のうろを間借りして中に家が作られていたりと、人の手が入っているのにも関わらずできるだけ自然の形をそのまま残すように作られている特徴的な村があった。

 精霊、と呼ばれる生物とはまた違ったものの加護を受けているのか、日の光だけでなく不思議な光に包まれているこの村には、人々が『エルフ』と呼ぶ特別な亜人が住んでいた。

 そんな村の中、一人の少女が枝の上に寝そべり、手足をだらりと空中にぶら下げていて、木漏れ日を全身で受けているかのようにゆったりとしていた。

 彼女は収穫時期を思わせる小麦よりも明るく光る金色の髪に、エメラルドに光を当てたかのような緑の瞳。整った綺麗な顔立ちが髪と瞳をより輝かせていたが、彼女の何よりも特徴的なのは、彼女の細長く伸びた耳だった。

 殆ど布一枚を体に巻き付けただけの格好は一見寒そうにも見えたが、どこか心地よさそうに眠っているようで、温かい何かに守られているようだった。

 そんな少女が枝の間でうとうととしていると、彼女の足元から声が聞こえてきた。

「レタワノ、起きてる?」

 レタワノ、と呼ばれた少女はゆっくりと瞳を開けて、足元の地面の方へと視線を移す。少女の視線を追うと、そこには少女よりも上の年齢であろう女性が立っていた。

 やはり少女と同じように耳が長く、同じような格好をしていてどこか困ったように眉を寄せてレタワノの事を見上げていた。レタワノはけだるげに腕を動かして答える。

「起きてる、なあに」

「もう、レタワノ。また木の上で寝て。精霊様に言われてるからって大人たちに怒られても知らないよ?」

 おそらく、少女の友人なのだろう。いつもここに寝ている彼女に対して少なからず思うことがあるようでレタワノを呼んだ少女はまた別の意味で困った顔をした。

「分かってる。それよりも私はゆっくりしたいの。それで?」

「そう。それよりも、聞こえる?」

「んー? なんのこと?」

「ほら、あの騒がしい声。精霊様たちが不安がってるわ」

「?」

 友達の言葉に首をかしげながらも、レタワノは目と耳を傾けた。

 すると、確かに友達が言うように精霊が不安そうな気配をレタワノは感じ、彼女の耳に誰かの争うような声、どちらかと言えば一方的にいじめるような声が聞こえてきた。

 声が聞こえたと思った瞬間、レタワノは木の枝から飛び起き、人とは思えない身のこなしであっという間に地面に降りてきた。

「あいつら!」

「れ、レタワノ?」

 驚いた友達の声に答えることなく、レタワノは声のする方へと走って行ってしまった。


      *     *     *


 レタワノが向かっている先には、大きな木の根元で複数の子供が一人の子供を取り囲むようにして立っていた。

 どの子も十代前半、と言った年齢だろうか。ほとんど子供と言ってもいいような年齢の中、一人だけ十代後半に入ったばかりと思われる子供が居場所がないかのように身をすくませていた。

「やーい。耳なしロフーサ」

「どうせ精霊様を怒らえて、耳を切られたんだろ」

 幼い子供故、というべきか。心のない罵倒が、耳なし、と呼ばれた少年にかけられていた。

 ロフーサ、と呼ばれた少年の耳を見れば、確かに他の子どもたちとは違って、とても短い、と言わざるを得ないほど短かった。

 このようにしていつもいじめられていたのだが、

「こらー!」

 と、どこからかレタワノの咎める声が響いてきて、虐める手はいつも通りにとまった。

「やばっ、ロフーサのママが来たぞ」「顔を見られる前に逃げろ」

 先ほどまでロフーサを取り囲んでいた子供たちは、レタワノの声を聞くなり彼を残して散り散りになって自分たちの家の方へと走っていった。

 そこに走って来たレタワノが到着するころには彼らの後ろ姿しか見えなくなっていて、レタワノは思い切り表情をゆがめてむっとした。

「こら、あんたたち! 私が見てなくても精霊様が見てるんですから!」

 シンと、音が聞こえなくなってしまったところで、ふんとレタワノが息をはきだすと、勢いよくロフーサの方へ振り返る。振り返った彼女の表情はとても心配そうな顔をしていた。

「ねえ、大丈夫、ロフーサ?」

「うん、平気だよ、レタワノ」

 少年も彼女の対応になれてきてしまっているのか。苦笑しながらも幼馴染の襲来を受け入れていた。


      *     *     *


 それは、いつの頃だっただろうか。

 少女が幼く、まだ赤ん坊だったころの話だったと彼女は聞いている。彼、耳なしの少年は、大樹の根元に置き去りにされていたのだという。

 土の精霊の導きだと言って、レタワノの親に引き取られ一緒に育った。水浴びだって一緒に時を過ごしていたレタワノはいつしかロフーサをほとんど自分の弟。否、それ以上の感情を持つようになっていた。

 兄妹同然に育ったレタワノとしては、彼がいじめられているのは放っておけないし、縮こまっている彼を見るのも、心が苦しかったのだ。

「ねえ、ロフーサ。どうして言い返さないのよ」

 レタワノがそう言うと、ロフーサはびくりと肩を震わせた。

 ロフーサはまるで、咎められた子供のように目をそらすと、ぼそぼそと何かをつぶやくように言った。

「聞こえないわ。もうすぐ十六になるんだから、もっとしっかりして――」

「だって!」

 お互いに驚いてしまったのだろう、二人は見合ってしまい、一瞬だけ黙り込んだ。そのあと、ロフーサはばつが悪そうに言葉をつづけた。

「だって、僕は魔法も使えないし、耳がないのも本当だから」

「そんなの、関係ないじゃない!」

「でも……」

 うじうじと泣きそうになっているロフーサに腹が立ったのか、レタワノはぷいとそっぽを向いた。

 しかし、レタワノはどうしても彼のことが気になったのか、もう一度彼の顔を見た。

「……して」

「え?」

「ねえ、ロフーサ。どうしてそこまで自分を卑下にするの?」

「だって、僕が精霊様の加護を受けてないのは本当のことだから。事実はちゃんと受け入れなきゃだめだよ、レタワノ」

「どうしてあなたが受け入れないといけないのよ!」

「みんながそうだって言ってる。それに僕は……」

「みんな、みんなって! 誰もロフーサの言葉を聞かないなんておかしいって思わないの? ロフーサは? あなたはどう思ってるの?」

「僕は……僕は、だって……」

 ちらりと、ロフーサはレタワノを見つめた。レタワノはイライラとした様子でそんなロフーサを見返す。

「なに?」

「ううん、ごめん。なんでもない」

「もう! なによ! そこまで言ったのなら言ってくれてもいいじゃない」

「何でもないって。レタワノもあんまり僕を庇わないで。ほら、僕は耳なしだから……」

 彼までもが同じ耳なしと言い始め、レタワノの頭にカッと血が上った。どうしても自分のことを卑下にしたままの彼に対して、胸の中でもやもやとした感情が浮かび上がってきてしまう。

「もういい! ロフーサなんて知らない!」

 我慢の限界が来たのか、少女はそう言って駆け出してしまう。

 すぐに行ってしまうかと思った彼女がピタリと足を止めて、振り返ると「ロフーサの意気地なし!」とだけ言い残して走り去っていってしまった。

 意気地なし、と呼ばれたロフーサは悲しそうにうつむいたままだった。


      *     *     *

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