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1-2


 二人が喧嘩別れをしてしまって、何日か経っただろうか。

 誰もが寝静まっているであろう夜ふけ。枝の間から月の光が差し込んで、彼女、レタワノの住んでいる木の上の家にも直接差し込んでいて、遠目から見るとどこか神秘的な印象を受ける木の家だった。

 その家の一室。普段から子供たちだけの家で暮らすようにと言われていて、一人で寝るのは慣れっこだったはずのレタワノは、寝静まった中、一人でベッドに横たわりながらも眠れぬ夜を過ごしていた。

 あれから数日。彼女はロフーサとまだ仲直りできず、会話もできないままでいた。

 レタワノもなんだか顔を合わせづらくなり、ロフーサが居るという場所から出来るだけ離れているうちに日が沈み、二人とも会えずに夜になる。そんな日々が続いていた。

 この日も自分の葉が敷き詰められたベッドに横たわってから、まだ一睡もできていないレタワノはロフーサの事を思い出して一人悶々としていた。

「ロフーサの馬鹿。どうして何も言わないの」

 彼女はつい、そんな憎まれ口をついてしまっていた。

 レタワノと、ロフーサは同じ親に育てられ、こうして今まで二人で一緒に育ってきたのだ。耳がないとはいえ、家の事は助けてくれるし、一緒に子供たちとも遊んでくれる。面倒見だって悪くない。それなのにロフーサはどんどん自信を無くして、あまつさえ一緒に居るレタワノに甘えるそぶりも無い。強がっている、とどうしても感じてしまってレタワノはひどく悲しく感じてしまっていた。

 そもそも、ロフーサはいつも一人だった。レタワノが居なくても一人でいて、誰も近寄ってこない。レタワノが来なければ彼は一人残って家の事をしているだろう。

 今日も、きっと。

 そんなことを考えてしまって、レタワノはついロフーサが今どうしているのかを考えてしまう。

「…………ロフーサ、どうしてるのかな。寂しがったりしてないかな」

 自分がそう口に出してしまって、慌てて首を振った。

「さ、寂しくなんてない。ロフーサが謝ってくるまで許してあげないんだから」

 本当はそんなことかけらも思っていないのに、ロフーサの事を考えると恥ずかしくなってレタワノはそう自分に言い聞かせながらも葉を被ってしまった。

 このまま仲直りせずに終わるのだろうか。

 すると、何かを聞きつけたのか。葉からはみ出した彼女の長耳がピクリと動いてレタワノは身を起こした。

「何か聞こえる?」

 村人たちの声……、というわけではなく、レタワノの耳には精霊たちが何かざわついているようなそんな声が耳に届いていた。

 精霊様たちの声と、人々の声が同時に聞こえてきてざわざわするという不思議な感覚を感じて、レタワノは慌ててベッドから飛び起きる。

 子供たちを起こさないように部屋を飛び出して階下を覗くと、広場には長老と村長。そして、何人もの大人たちが集まっている光景が目に入った。

 その光景に首をかしげて、聞きに行こうと足を動かす。しかし、長が話している人物が目に入ってしまって、レタワノは慌てて身を隠した。

 長と話していた人。それがロフーサだと気が付いたからだ。

 喧嘩していたレタワノからすれば、まだロフーサと顔を合わせるのは恥ずかしいと思っていたし、何よりもロフーサが長と話していることに、なにか嫌な予感を覚えてしまったからだった。


 ――どうして、ロフーサと長様が……。


 まだ遠かったけれど興味本位でレタワノは音とみることに集中した。

 たくさんの村の人たちに囲まれて、長が何かを喋っている。喋りかけられているロフーサの顔は呆れたような顔をしていて、何か大きな荷物を持っていた。

 その荷物が明らかに旅支度であると気が付いて、レタワノはハッとする。


『もうすぐ、十六になるんだから』


 そういえば、ロフーサはもうすぐ十六歳になるとレタワノは気が付いた。

 十六歳は成人の年。特定の年齢まで、エルフは成長速度がとても速いのだが、その歳の前後からエルフは成長が遅くなる。だから、成人と呼ばれ、大人の一員として数えられる。

 ロフーサはその年齢につい先日なったはずだ。

 つまり彼は大人としての行動が許されるという事。自分で決めて自分で覚悟して。自分で行動することが許される年齢。

 レタワノは居てもたってもいられずにその場を駆けだしていた。

 

      *     *     *


 先ほどの広場から少し離れた、エルフの村の出口。

 エルフたちが住んでいる場所は結界よって区切られていて、村の外に出るにはその結界を抜ける必要がある。人が座れるほど大きな根の樹木の足元。そこが出口になっているのは外に出る危険を抑えるためにも幼い子供にも周知されていた。

 木々の枝を自由に跳んで移動することに慣れていたレタワノは物の数分で出口までたどり着き、必死になって出口周辺を見渡していた。

「どこ……。ロフーサ。まだ謝ってない……」

 もういなくなってしまっただろうか。そんな焦燥感に襲われながらもレタワノが必死になってロフーサの背中を探していると、もう数歩歩いたら出口についてしまうという場所に彼の背中を見つけて、レタワノは慌てて声をかけた。

「ロフーサ!」

 レタワノの悲痛にすら聞こえるほどの大きな声にロフーサ肩がびくりと跳ね上がった。

 ゆっくりとロフーサが振り返って、いぶかしげな表情をしていたのに、レタワノを見つけたのか。沈んでいた彼の表情が徐々に驚きへと変わっていく。そして、声をかけたレタワノが下りてくると、彼女のもとに一目散に戻って来ると、レタワノの肩に手を置いた。

「レタワノ、なんでここに! みんなは、まさか一人で来たの?」

「ん、ねえ、ロフーサ。外に行っちゃうの?」

 そう言ったレタワノの表情は、いつもの芯の強い表情ではなく、弱々しい幼馴染を心配する少女の顔を浮かべていた。

 突然の事で意表を突かれたのだろう。ロフーサはそんな彼女から目をそらすようにそっぽを向いた。

「うん。僕は外に行かなきゃいけないんだって。掟とかそう言う話じゃないんだけど……」

「長が、そう言ったの?」

「もしかして聞いてた?」

 驚いたようなロフーサに、レタワノは首を振った。

「見てたの。どうするかはロフーサの自由だとは思ってた。でも、この里に居るロフーサは楽しそうじゃなかった。もしかしたら、そうじゃないかなって。だから、急いで来たの」

「急いでって……。っ、レタワノ、足が」

「え?」

 慌てたようなロフーサにつられて、レタワノは自分の足を見た。

 慣れた枝を跳んで移動したとはいえ、月が沈んでしまうほどの夜中。どこかで引っ掛けてしまったのだろう。白く美しい肌の表面には赤い切り傷のような物がたくさんできてしまっていて、放っておくには痛々しい傷痕だった。

「ああ。擦ったのかも。でも大丈夫よ。これなら精霊様にお願いをすればすぐに……」

「座って」

「ろ、ロフーサ?」

「座って、レタワノ。今すぐに手当をする」

「で、でも……」

 肩に当てたままの手に力を込めて、無理やりに。しかし、彼女が押し倒されてしまうほど強くはない力で彼女の言葉を止めた。

「いいから」

 彼の真剣すぎるともいえる表情に思わずドキッとしてしまい、レタワノは素直に「う、うん」とつぶやいて近くの木の根に腰を下ろした。

 ロフーサが周りを見渡して、近くにあった草をおもむろにつかんだ。それはこの森に生えている薬草で、本当は煎じて飲むものなのだが、直接葉を患部に当てるだけでもいくらか効果があると知っていたロフーサは彼女の傷ついてしまっている足を手に取って、応急処置を始めた。

 真剣に取り組み始めたロフーサに、レタワノはどこか熱っぽい視線で見つめ、口元から笑い声が漏れだした。

「どうしたの、レタワノ」

「あはっ、なんだかおかしい」

「そう?」

「だって、いつと逆なんだもの。それなのにロフーサったら真剣になって」

「それはうん、そうだね」

 レタワノの言葉に、ロフーサはどこか寂しそうに笑った。

 しばし、二人して黙ってしまい、レタワノはどこか恥ずかしそうに空を見上げ、ロフーサは黙々と彼女の傷の手当てを続けていた。そんな中、ロフーサが口火を切った。

「ねえ、レタワノ」

「ん」

「本当は僕も旅に出るの、あんまり行きたくなかったんだ」

 突然のロフーサの告白にレタワノは面を食らってしまった

「そう、なの? 自分から出て行きたいんだって思ってた」

「あはは、それも嘘じゃないかな。でも、僕は行かなきゃいけないって言われたんだ」

「なんでロフーサが?」

「分からない。でも、荷物の中にある封書を持って、人間の町へ行けって。僕は僕のやることがある。精霊様がそう言っていたんだって。僕には精霊のこれは聞こえないけど、君なら聞けるんじゃない?」

「それは……。うん、周りの精霊様はそう言ってる」

「あはは、レタワノの言葉なら本当なんだね。……ずっと考えてたんだ。こんな僕が行かなきゃいけない事って何だろうって。行く必要がないんじゃないかなって。でも、そのうち確かめてみたいとも思うようになったんだ。大人たちが真剣な目で僕にそう言った理由が気になって」

「ん、あんたが自分で決めるなんていいことじゃない」

「うん。だから、ありがとう、レタワノ」

「はい? なんで私にお礼を言うのよ」

「僕は君が好きだ」

「は、す、好き? ちょ、ちょちょちょ、まって。ロフーサ!」

 思いもよらなかった彼の言葉に、レタワノの頬が果物の様に赤くなった。

 何もこんな時に言わなくても、と思わなくもなかったが、あまりに彼が真剣だったので、レタワノはぐっと言葉を飲み込んだ。

「何度も守ってくれた。耳なしの僕のことを信じてくれた。でも、僕は確かめに行きたい。だから……」

「ん、なによ」

「その……言いにくいんだけど。あの……」

 いったい何を言おうとしたのだろうか。

 レタワノがそう思ったとたん、ロフーサの態度が言いよどんでしまって、自信を無くしてしまったのか。いつものおどおどとした彼に戻ってしまっていた。

 それでも、レタワノは彼の言葉を待っていると、やがて覚悟を決めたのか。キッと顔を上げる。

「その……必ず、迎えに行く」

 あまりに真剣にロフーサがそう言ったので、レタワノは恥ずかしさと嬉しさを超えて笑ってしまう。

「ふふ、ロフーサが?」

「僕の役割を終えたら、絶対に迎えに来る。だから、その時まで待っていてほしいんだ」

「ん、分かった。でも早く迎えに来てね。これでも私はモテるんだから」

「う、うん。分かってる。レタワノは可愛いからね。できるだけ早く迎えに来る」

「ん、分かったなら、いいわ」

「うん。約束」

「ええ、約束よ」

 

 二人は、そう約束し、精霊の前で互いの額を合わせた。




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