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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
23/303

第22話 襲撃

「あっ、お帰りなさい、叔母さま」


 両手に食材がたんまりと入った買い物袋を抱えて、椿はダイニングの方へと入る。


「とりあえず、食材の方は私が持ってきた。あとの雑貨類等は、シャルエッテちゃんに持たせてある。彼女は今頃、諏方と一緒に帰ってるよ」


「おと――四郎と?」


「……途中で諏方を見かけてね。二人っきりで話したいこともあるだろうし、私は早々に退散させてもらったよ」


「そっ、そうだったんですか……あっ、あたし持ちますよ」


 白鐘は慌てて叔母から買い物袋を受け取り、買ってもらった食材の一部を冷蔵庫の中に入れる。

 今晩の料理に必要なものは、まとめてキッチンに並べる。


「すみません、わざわざ買いに行ってもらっちゃって」


「まあ、そう気にするな。久々の休暇とはいえ、この家に厄介になっているのだから、これぐらいはやらせてほしい」


「そう言ってくれると嬉しいです。でも、叔母さまはお家の方には帰らなくても大丈夫なのですか?」


「もちろん、夫と娘の顔は見ておきたいが、今は君たち親子の方が心配だからね」


「……親子……か」


 白鐘の瞳が遠くを見るように、小さく細められる。


「やはり……まだ彼を父親と認めるのは難しいかい?」


 優しく語り掛ける叔母を一瞥し、白鐘はため息を一つ吐く。


「……わからないんです。四郎は確かに、お父さんと重なるところはある。それでも、あたしがお父さんと感じていたものが、彼には完全に感じられないというか……」


 バスケでの件や、最近の互いの行動で、白鐘の心は四郎を受け入れつつある。しかし、それはあくまで同じクラスの四郎ゆうじんとしてであり、諏方ちちおやとしては、やはり心のどこかで否定しようとしてしまうのだ。


 受け入れるべきかどうか――白鐘には、まだ強い迷いがあった。


「……まあ、若返れば嫌でも変わるものだってあるさ。それに、親子だからって互いを百パーセント知ることなんて不可能だ――それでもね、その人の嫌な部分を含めて、互いを一番分かり合える関係が家族だと、私は思う。恋人や友情とは違う絆の固さが家族にはあるんだと、私はそう信じたい――私には、昔できなかったことだけどね……」


「叔母さま?」


「……いや、なんでもない」


 自嘲気味な笑みを浮かべながら、椿はソファに腰を下ろす。


「……この前、白鐘ちゃんと二人っきりの時に言ったこと、覚えてるかい?」


「――彼ら二人を信じられないなら、彼らを信じる私を信じてほしい――ですよね」


「……若返った彼を、父親として受け入れられない君の気持ちもわかるよ。自分の大切な人の姿がまるっきり変わっていたら、誰だって戸惑うものさ。でも、そう思ってしまうぐらいには、君はお父さんのことが好きなんだろ?」


「えっ――!? あっ、あたしはそんな――」


「叔母である私の前でぐらいは、取り繕わなくたっていいじゃないか? それに、子が親を愛することに、恥など感じる必要はないさ」


「あぅ……」


「今作っている肉じゃがだって、君のお父さんの大好物だろ?」


「――っ! もっ、もう知りません!」


 顔を全面真っ赤にして、白鐘は台所の作業に戻る。それを微笑ましく見ながら、椿は胸ポケットの煙草へと手を伸ばした。


「――――もし……もし、四郎が本当に私のお父さんだったとして……それでも、私は彼を受け入れることができるんでしょうか?」


 ――囁くほどに小さな、少女の吐露にも似た問い。


 煙草に火をつけながら、姪っ子の寂しそうな背中を見つめ、やりきれなさに、椿はしばらく答えを出せなかった。


 気丈に振舞っている黒澤白鐘は、しかしまだ成熟していない一人の女子高生なのだと改めさせられる。


 そんな彼女が、どれだけ現状を我慢しているのか、想像するだけで椿も心を締め付けられる思いだった。


「……時間は、どうしたってかかるものかもしれない。それでも――白鐘ちゃんなら、いつか受け入れることはできるよ……誰よりも、長くアイツを支えてくれた娘の君ならね」


 その言葉に、白鐘は迷っていた心が少しだけ晴れたような気がした。


 ――ピンポーン。


 玄関の方で呼び鈴が鳴る。


「……またお客さん?」


 最近になって頻繁に鳴る呼び鈴に多少辟易としながらも、白鐘は一旦調理の手を止める。


「あたしが行って来ます。叔母さまは、ちょっと火の方を見てもらえますか?」


「りょーかい」


 叔母の返事を確認し、白鐘は小走りで玄関へと向かう。


「……っ」


 なぜか、玄関の前に立った瞬間、白鐘の脳裏を嫌な直感が襲う。


 この扉を開けてはいけないのだと、頭の中で警告音が鳴る。扉の前に、おぞましい何かがいるのではないかと、嫌な汗が額を伝った。


「……はい、どちら様でしょうか?」


 ふいにぎった悪寒を払うように首を左右に振り、白鐘は玄関の向こうへと声をかけた。


「――僕だよ、白鐘さん」


 その声を聞いた瞬間、どうして――という疑問符が彼女の頭の中を埋める。


 慌てて玄関を開けると、そこには私服姿の加賀宮祐一が立っていた。


「加賀宮くん……どうしたのこんな時間に? それに、今日は学校にも来なかったじゃない……?」


 玄関先に立っていた彼は、明らかに様子がおかしかった。


 瞳は感情が見られないほど黒く濁っており、目の下もクマで真っ黒になってる。心なしか、顔もやつれているように見え、その表情には不気味な笑みが浮かんでいた。


「……僕のことを心配してくれてたんだね。嬉しいよ」


 ――背筋が凍る。言動もその声も、どこか狂気じみたものを感じた。


「それで……どうしてこんな時間に、私の家に?」


「もちろん、君に会いに来たのさ。僕と君は、結ばれるべき運命だからね」


 ――鳥肌が立つ。彼の言葉は、もはや正気のものではない。


「昨日、あなたは四郎に負けたじゃない! あたしにもう付きまとわないって、約束したんじゃなかったの?」


 バスケ勝負の時のことを指摘され、加賀宮の目が怒りで見開かれた。


「あんな勝負がなんだ!? あんな男がなんだ!?」


「――っ!?」


 怖い――今、少女の前に立っている少年は、明らかにいつもの彼とは違うナニかになっている。


「……あれが僕の障害となりえるなら、ああ……僕はそれを乗り越えようじゃないか。そして、君を改めて僕のものにするんだ……」


 今すぐ、彼から離れないといけない――胸の中の警告音が強まる。


「ごめんなさい! あたし、今忙しいから――」


「――そうか……君もそうやって、僕を拒絶するんだね」


 ――ガタッ。


 閉めようとした扉を、何者かの手によって抑えられ、動かせなくなってしまう。


 加賀宮ではない。彼は依然、身体を不自然に揺らしながらも、手は扉に触れてはいなかった。


「――おいおい、せっかくの兄ちゃんの告白、無碍にしちゃあ可哀想じゃねえか?」


 白鐘はそこで初めて、家の周りに多くの人影が立っていたことに気づいた。


 柄の悪い、いかにもな不良の男達が、数十人と自宅を取り囲んでいたのだ。家の前の道路には、彼らを乗せて来たであろうワゴン車も停まっている。


「加賀宮くん……この人達は?」


「――君を魔の手から救う、正義のヒーロー達さ。そう、君のことを縛るあの男から、君を解放するためのね」


「――っ!? 叔母さ――むぐっ――!?」


 助けを呼ぼうとするも、男達のうち、最も玄関から近かった茶髪の男が、手を伸ばして彼女の口を塞いだ。


「おっと、てめえには俺らと一緒に来てもらうぜ」


「んぐぐ――!」


 掴まれるように強く口を塞がれ、息が苦しくなってしまう。


「おい! あまり乱暴に扱うな!」


「まあまあ、お坊ちゃまくん。大声で叫ばれたら、誘拐もスムーズにできなくなっちゃうでしょ?」


「んぐ――!?」


 加賀宮達がなぜここに来たのかを知り、手足をバタバタして抵抗するも、余計に息が苦しくなるばかりだった。


「たくっ……まあいい。白鐘さん、少し苦しいだろうけど我慢してね? 今日、君と僕はついに結ばれるのだから」


「ん……」


 意識が遠くなりかけ、彼らの声も霞んで聞こえてくる。そのまま、彼女の意識が沈んで――。



「――おい、私の姪っ子に何をしている?」



 白鐘の口を塞いでいた手が離れる。その手首を、いつの間にか白鐘の背後に立っていた椿が掴んでいた。


「なっ!? てめえ、何しやが――あだだ!?」


 椿が腕を軽く捻るだけで、彼女の掴んでいた茶髪男の手首が、ありえない角度に捻じ曲がった。


「あがっ!? 手首が! 手首がぁ!?」


 掴まれた手首を支配する激痛に、男は抵抗もできずに、ただのた打ち回る。


「もう一度問うぞ。貴様ら、私の姪っ子に何をしようとした?」


 ドスのきいた声で、不良達を睨み上げる。それだけで、彼らのほとんどが戦意を奪われてしまった。


「――本来、私のような職種が、一般人に手を出してはならないのが鉄則ではあるが……大事な家族に手を出したというのなら――話は別だ」


 不良達はその言葉を理解はできなかったが、目の前の女性が自分達では相手にならない存在である事は直感できた。


「……なっ――何なんだ、この女は?」


 予期しえなかった脅威の登場に、加賀宮はただ戸惑う。


 止めに来る者が来たとしても、それは黒澤四郎ぐらいしかいないと彼は予測していたのだが、現れたのは圧倒的なまでの威圧感を放つ長身の女性だった。


 その出で立ちや、茶髪男を軽くいなした素早い動きは、とても常人が出せるものではないと、素人目にも理解できた。


「白鐘ちゃん、息は大丈夫かい?」


「ゲホッ、ゲホッ……はい……なんとか……」


 姪を背に庇うように、男の腕を掴んだまま、彼女は玄関の前に出る。


「あとは私がなんとかするから、白鐘ちゃんは早く中に――」


「――死ねやゴラァ!」


 突如、椿の横から肥満体の不良が、金属バットを振り上げて襲いかかってきた。


「――ふん」


「があああああああああっっっ――――!!」


 椿は、痛みで絶叫した茶髪の男を放り投げて、バットを持った不良の足元に素早く屈みながら強く踏み込み、彼の膨らんだ腹に肘を叩き込んだ。


「おぼっ――!?」


 男は蛙が潰れたようなうめき声をあげながら、崩れるように倒れた。


「あっ、あっという間に、二人もやられやがった……」


 その場にいた不良達は、目の前の光景にただ唖然とし、黒ジャケットの女性から一歩、足を引いてしまう。


「……貴様らが何者かは、今ここで問うのはやめてやろう。二人――手首とあばらを折った。そいつらを病院に連れて、ここから立ち去れ」


 深く静かに、しかし有無を言わさぬ迫力を込めた一言で、場が静まる。聞こえるは、少女の咳き込む音だけ。


 喧嘩慣れしている不良達はすぐさま悟る――この女の戦闘たたかいかたには、自分達の喧嘩たたかいかたでは勝てないと。


 それ以上、彼女達に手を出そうとする者はいなかった――ただ一人を除いて。


「――おやおや、揃いも揃って女一人に手こずるとは、情けない話があったものです」


 ワゴン車のそばにて、事態を眺めていた黒のスーツの男が、足音を不気味に響かせながら、ゆっくりと前に出る。


 不良達は彼を避けるように広がり、やがて男は椿の少し前で立ち止まった。


 ――空が間もなく夜闇に溶けようとするその下で、加賀宮の執事である仮也は、底の見えない笑みを浮かべながら、七次椿と対峙する。

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