第21話 忍び寄る悪意
「あっ、スガタさ~ん!」
帰宅途中、後ろから声をかけられて振り向くと、すっかり我が家の居候となった少女が、いつもの満面な笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
「なんだ、シャルエッテか――って、おっ?」
買い物をしていたのか、片手にスーパーの袋を持った彼女の服装が、いつものファンタジー色の強い魔法使いのローブ姿ではなく、半袖のシャツにミニスカートと、そこら辺にいる女の子と変わらないカジュアルな出で立ちをしていた。
デザインはローブ姿の時と同じ、白を基調として袖口にピンクのラインをあしらったシャツと、スカートは白とピンクの縞模様で、ラフながらもどこかメルヘンチックな雰囲気を滲ませていた。
「どうしたんだ、その服?」
「はい! 女の子はオシャレしなきゃって、ツバキさんに先ほど買ってもらっちゃいました! えへへ……似合ってます?」
よほど嬉しかったのか、一回転してスカートを翻しながら、俺に衣服の全体図を見せてくれた。
「お前…………けっこうおっぱいデカいんだな?」
「見るとこそこですか!?」
服のサイズが少し小さめなのか、彼女のボディラインが強調されて、ローブ姿の時にはわからなかった彼女の胸部がハッキリとした形で浮き出ていた――小さく見積もってもDはあると思われる。
「もう! スガタさん、エッチですぅ!」
腕で胸元を隠して、涙目で必死に抗議してくる。
「冗談だよ、冗談。まあ、なんていうか……俺はファッションにはあまり強い方じゃねえけど、可愛らしくていいんじゃねえかな?」
「本当ですか!? ……可愛いって言ってもらっちゃいました、えへへ」
喜怒哀楽がハッキリしていて、素直な反応を見せてくれる子だから、こちらとしても彼女は褒めがいがある。
実際、魔法使いだとわからなければ、どこにでもいる普通の可愛らしい女の子だとは思う。
白鐘にも、彼女みたいにもうちょっと素直な子なら、こちらも苦労はしないんだがなぁ……。
「あっ、それと外にいる時は、俺の名前は四郎だ。この姿で昔の名前を呼ばれると、近所の人とかに怪しまれる可能性があるからな」
「わかりました! えーと……シロー……えー……スガタさん!」
うん、ダメだ、諦めよう。
まだ出会って数日だが、彼女の物覚えが悪いのはよーくわかった。
……まあ、お隣の天川家以外とは、それほどご近所付き合いをしていたわけではなかったし、この見た目なら諏方と呼ばれても、ある程度の言い訳はできるだろう。
「ところで、俺を治す方法はなんかわかったか?」
「あっ……」
――しばしの気まずい空気。
「……うぐっ」
「わかった。もう何も言うな」
涙ぐんでいる彼女を見ると、どうも俺が悪者になった気分になってしまう。
「でっ、一緒に買い物中の姉貴はどこにいるんだ?」
これ以上は不毛どころか、俺自身が罪悪感まみれになりかねないので、とりあえず話題を変えることにする。
「ツバキさんは、今日の晩御飯の材料を持って先に帰りました。私は食べ物以外の、シロガネさんに頼まれていた雑貨などを買っていたので、ちょっと遅くなっちゃいました。あっ! もちろん頼まれていたのはちゃんと買えましたよ! お店の人にいろいろと教えてもらいながらでしたけど……」
正直、少し驚いた。白鐘が未だに不信感を拭えていないであろう少女に、姉貴の付き添いとはいえ、まさかお使いを頼んでいたとは。
――もしかしたら、彼女なりにシャルエッテにも歩み寄ろうとしてくれているのかもしれない。
「でも……スガタさんを元に戻す方法もまだ見つからず、こういうことでしか役に立てない自分が歯がゆいです……」
「ん? 役に立てることが一つでもあるんなら、それでいいんじゃないか?」
「ふぇ?」
また俯きかけた彼女の顔が、涙目ながらもこちらを見つめ上げた。
「お前の一生懸命さは俺らにも伝わってるし、少しでも役に立とうって考えも、十分立派じゃねえか? そりゃあ、俺だってこの姿のままでいるのは困るけどさ……それでも、ゆっくりでいいから自分のペースで俺を治す方法を見つけてくれれば、俺はそれでいいんだよ」
「スガタさん……」
少女の顔に笑みが戻る。
「私……今はまだ頼りない素人魔法使いですが、いつか必ず、スガタさんを元に戻してみせます!」
「おう、その意気だ」
笑顔が戻ったシャルエッテに、俺もまたニカっとした笑みを返す。
シャルエッテは、思ったことがそのまま顔に出るような子だからわかりやすい部分はあるのだが、やはり魔法使いという存在である以上、どうしたってお互い、まだ壁を作っているような距離感はあった。
だからこそ、こういう些細なコミュニケーションの積み重ねが、少しでも互いの気持ちを理解し合うのに大事なのだと、彼女を通して改めて考えさせられた。
――中学生を迎えて反抗期になった頃から、娘とのこういうコミュニケーションは確かに減った気はする。
今回の騒動に関しても、俺が娘に過去の事を少しだけでも話していれば、あるいはここまで拗れることはなかったかもしれない。
つくづく、俺は娘のことをちゃんと理解していなかったのだと、この姿になって――彼女と一緒の教室で同じ時間を過ごしたことで、ようやく思い知らされた気がした。
「……サンキューな、シャルエッテ」
そういう意味では、いろんな経緯があったにせよ、俺はシャルエッテに感謝をしなければいけないのかもしれない。
「ん? どうかしましたか、スガタさん?」
キョトンとした顔で、首を傾げる小さな魔法使い。
やはり、彼女のこういう一挙一動は、まるで小動物のような可愛さがあり、思わず彼女の頭を撫でてしまう。
「はう!?」
「なんでもねえよ……ほら、さっさと帰るぞ」
こっちが小っ恥ずかしくなってしまい、先に早歩きで前を進んでしまう。
「あっ! 待ってくださいよ、スガタさ――」
「――ん?」
不自然に言葉が途切れたので、足を止めて後ろを振り返ると、シャルエッテが不安げな表情で周りを見回していた。
「どうかしたのか?」
俺は心配になって彼女の元に駆け寄るも、シャルエッテは依然、周りをキョロキョロと見ている。彼女の瞳には珍しく、警戒の色が宿っていた。
「……一瞬ですが、とても大きな魔力を感じました」
「魔力? ……そういえば、お前以外にも魔法使いはいるんだっけか?」
「はい……以前にも話した通り、門魔法を使える魔法使いが少ないため、数はそんなに多くはありませんが、人間界には私以外の魔法使いも何人かいます。ですが……今感じた魔力はなんというか、背筋が冷えるほどの悪意に満ちていたというか……本当に一瞬だけだったので、気のせいかもしれませんけど……」
そう言いながらも、彼女の表情はやはり優れない。
「……っ」
いつも天真爛漫な彼女が、そんな表情になってしまうのが、どこか悲しく感じられた。
「……おっ! あそこの今川焼きでも食うか?」
何か彼女を元気付けるものがないかと辺りを見回し、見つけた先には小さな甘味処があり、焼きたての今川焼きが店頭に並べられていた。
あそこは俺も娘も御用達の店であり、娘がよく帰りにたい焼きや今川焼きを買ってきてくれるのだ。
「えっ? でも……」
「まあ、待ってな。ちょっと買ってくる」
俺は今川焼きを、家にいる二人分含めて四つ購入し、一つをシャルエッテに手渡す。
「あちち! 熱いですぅ、スガタさん」
いきなり俺に手渡されて、今川焼きが彼女の両手の上で跳ね飛び回る。
「はは、わりぃわりぃ。とりあえず食ってみろよ、美味いから」
「はい……では、いただきます」
彼女は息をフー、フーっと吹いて熱を冷まし、甘い匂いを漂わすソレを、恐る恐る口の中に入れた。
「っ――! これ、甘くてすごく美味しいです!」
少女は二口目、三口目と次々と口に入れ、まるでハムスターみたいに頬を中の餡子で膨らませながら、歓喜で瞳を輝かせていた。
「だろ? 俺と娘のお墨付きだ」
そう言って、俺もホカホカの今川焼きにかぶりついた。
シャルエッテの気が紛れたようで、俺は一安心する。
彼女の言っていたことは気になるものの、いつも子供みたいな純粋な笑顔を見せてくれる彼女の、曇った顔を見るのは忍びなかった。
「っ……」
俺は背後を警戒しつつ、二人で温かい今川焼きをほおばりながら、人で賑わう商店街を通り過ぎて行った。
○
「ふむ……」
「どうしたんだ、仮也?」
「……いえ、少しばかり懐かしい匂いを感じましてね……まあ、気にするほどのものではないでしょう――それより、さすがは坊ちゃま。一日でこれほどの腕利きを集めるとは」
加賀宮と仮也は、商店街の裏路地にて密会をしていた。
二人のそばにはワゴン車が二台。その周りを、数十人のガタイのいい不良たちが取り囲んでいる。
「こいつらは、ここ周辺で活動している不良達の中でも、よりすぐりの実力者ばかりだ。こいつらなら、警察やヤクザの集団でもない限り、止められる奴もいないはずだ……それなりに高い値はついたがな」
加賀宮は仮也のアドバイスを受け、金を使って多くの不良たちを雇ったのだ。
彼らは城山市の一部を拠点に活動している複数のチームの人員であり、それぞれが警察も手を焼くほどに凶悪な連中だった。
「まあ、その値段で想い人一人を手に入れられると思えば、安い物ではありませんか?」
「それもそうだな……しかし、本当にこんな人数を集める必要はあったのか?」
「ビジネスとは、常に万全を敷くものです。九割の確率で成功する仕事を、一割の確率で失敗したら元も子もないでしょ? ゆえに、最大の投資をもって残り一割の懸念を埋める。ビジネスには重要なことですよ」
「確かにな……仮也の言うことなら間違いはないはずだ」
盲目的なほどに部下を信じる加賀宮の瞳は、もはや光も宿らぬほど濁りきっていた。
「お前ら、これから一軒の家に襲撃をかける。高い金を払ったんだ。それ相応の仕事はやってもらうぞ?」
不良達は皆、下品な笑い声をあげる。
「はは、金を使って俺達を集めるから何かと思いきや、女一人を手篭めにするためかよ」
「なんでもいい。金さえもらえれば、コイツらとだって手を組むさ」
「あ? なに調子こいたこと言ってんだテメエ?」
仲間というには、彼らはあまりにも互いにギスギスしている。中には敵対同士の不良達もいるため、この場で一悶着起こしかねない。
「――黙れ、貴様ら」
加賀宮のドスの効いた声と視線に、仲間割れしかけた不良達が口を閉じる。
「僕はあの女をなんとしてでも手に入れるんだ。金はいくらでもある。あの女を手に入れるためなら、いくらだって使ってやるさ」
尋常じゃない彼の雰囲気に圧倒され、不満の口を呟く者はいなくなった。
仮也はただ――他人事のような薄ら笑いを浮かべて、その様子を一人楽しげに眺めていた。




