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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第20話 少女達の想い

「いや~、部活の集会が意外と早く終わったから、一緒にお昼食べようと思って探してたんだけど、なかなか見つかんなくてさぁ。いやはや、お取り込み中に悪いね?」


「お取り込み中でも何でもねえ! だから、あれはただの事故だっつうの、じーこ!」


 あの後、俺と白鐘が二人して必死に弁解し、なんとか誤解自体は解けたものの、見事に彼女のからかいのタネになってしまった。……我ながら不覚である。


「まーたまたー、照れなくてもいいのにぃ、このこのー」


「照れてねえから……」


 学校の売店で買ってきたであろうサンドイッチを頬張りながら肘を突いてくる進ちゃんに、ただただ諦めのため息を吐く。


 しかし、こうした彼女とのやり取りは、中年の黒澤諏方だった頃となんら変わらず、つい懐かしい気分に浸ってしまう。


 今は黒澤四郎として、彼女に接している事に複雑な思いも感じてはいるが、こうした彼女とのノリの軽いコミュニケーション自体は慣れたものであり、進ちゃんの裏表のなさに感謝しなければならない。


「しっかし……四郎くんって、どっか諏方おじさんに雰囲気似てるよねえ?」


「ブフッ――!?」


 訂正――こういう彼女の突発的な発言には、諏方いま四郎むかしも慣れてなんていなかった。


「おっ、お父さんと四郎なんて、どっ、どこも似てなんかいないじゃない!?」


 白鐘も慌てて否定しにかかる。


「いやいや、なに慌ててんのさ? なんとなくだよ、なんとなく」


 怪訝な瞳を向けてくるも、白鐘の勢いに押されたのか、それ以上の追求はされなかった。


「そういやさ、おじさんの出張はどれぐらい長くなりそうなの?」


「……っ」


 思わず、俺は進ちゃんから目を背けてしまう。


 俺らと親しい進ちゃんには、諏方おじさん(おれ)は地方の出張で、しばらく家を留守にする、という設定になっていた。

 家族同然に親しくしている彼女に、本当のことを言えない負い目はあったが、無用のトラブルを避けるためには致し方のないことだった。


「……そんなの、わからないわよ。早ければすぐ帰ってくるだろうし……遅ければ、何ヶ月もかかるかもしれない……」


 寂しげな表情を浮かべて、また娘を俯かせてしまったことに、何も出来ない自分がただただ歯がゆい。


「……っ」


 進ちゃんも含めて、今ここで、俺が黒澤諏方なんだと大声で言えたのなら、どんなに楽なことだろうか……。


 悔しさに――今はただ、拳を握り締めることしか出来ない……。


「そっかぁ……しばらくは寂しくなっちゃうね……」


 進ちゃんも、珍しく切なそうな顔を見せる。


 いっそ今ここで、彼女に何もかも話してしまえば――、


「――まあでも、卒業したらおじさんにプロポーズするって決めてるから、それまでには帰ってきてくれると嬉しいなぁ」


「ブフォッ――!?」


 本日二回目の吹き出し。


 ていうかちょっと待て。えらい爆弾発言が聞こえた気がするんだが、気のせいか!? 気のせいだよな!?


「ちょっと、進! おとう――四郎の前で、いきなり変なこと言わないでよ!」


 呆然としている俺の横で、真っ赤な顔で娘が進ちゃんに身を乗り出していた。


「変なことって……白鐘には何度も言ったじゃん? 大きくなったら、おじさんの奥さんになって、あんたのお母さんになるって」


 さっぱりとした笑顔でとんでもないこと言ってるぞ、こいつ!


 冗談で言っているのかと思ったが、眼を見ている限りはけっこうマジだ。


 明るくて人懐っこく、母親を亡くして、父親も仕事で留守をしがちなのもあって、俺にもよく懐いてくれてはいたが、まさかそんな風に思ってくれてたとは、ちっとも気づけなかった。


 ――そして、それを不慮の事故とはいえ、プロポーズ対象である俺が耳にしてしまったことに罪悪感と羞恥心が混ざって、なんとも言いようのない気持ちになってしまった。


「なんかごめん……進ちゃん……」


「ん? なんで四郎くんが謝るのさ?」


「……なんでもない。――それより、陸上部の方はどうだったんだ? 今度の大会で、短距離走の選手に選ばれたんだろ?」


 これ以上、この話題を続けるのはさすがにつらくなってきたので、強引に話題を変える。


 進ちゃんは、一年の頃からすでに陸上部の短距離走のエースになって、それ以外の種目でも平均レベル以上の実力が出せる天才肌らしい――っと、娘がよく語ってくれた。


 余談だが――かつて、進ちゃんと一緒に陸上部に所属していた娘は、長距離走の方で好成績を出してたとのこと。

 実際、去年の体育祭では、それぞれ短距離走と長距離走のクラス代表に選ばれて、俺も二人を応援しに行ったのを覚えている。もちろん、二人とも一位を取ったのは言うまでもないだろう。


「まっ、アタシの実力なら当然だけどね? あっ、そうだ。ねえ白鐘、放課後、四郎コイツ借りてもいい?」


 四郎くんからコイツ呼ばわりとは、だいぶ距離感、縮めてきやがりましたね。


「いやぁ、今日マネージャーが休みで、人手が足りなくなっちゃってさぁ……それで、マネージャー業を手伝ってほしいんだけど……」


「お願い!」っと、舌を出して可愛く手を合わせる進ちゃんに、俺は心底嫌だという表情を向けて、


「なんで俺が、そんな面倒なことに――」

「別にいいわよ」

「いいのかよ!?」


 酷い、この、あっさり父親を売りやがったぞ!?


「マジで? チョー助かる! それなりに、体力必要なお仕事だから、四郎くんに頼めば確実かなあって思ってさ。なんだったら、そのまま陸上部に部員として入っちゃう? 陸上部うちの部長、昨日の加賀宮君とのバスケ対決見てたらしくてさ、四郎くんのこと、けっこう欲しがっちゃってるんだよねぇ」


 横から『だから、目立つなって言ったんじゃん』的な娘の視線を感じる。


「あー……申し出は嬉しいんだが、今は部活とかをする余裕がちょっとなくてな……」


 実際――いつ元に戻れるかわからない状態で、部活に所属するわけにはいかなかった。


 元の姿に戻れば、当然学校をやめなければならず、他の生徒と深く関わることになる部活に入ってしまうと、やめてしまった時に迷惑をかけかねないため、部活などには入らないと決めていたのだ。


「そっかぁ……そりゃ残念。四郎くんだったら、うちの部活でも大活躍だと思ったんだけどねぇ……」


 やはり、俺を陸上部に誘うことがメインの目的だったみたいだ。


 本当に残念そうに嘆く彼女を見て、罪悪感がわいてしまう。


「はぁ……その代わり、今日は臨時マネージャーとして、存分にこき使ってくれていいから、それでチャラにしてく――」


「オッケー! 言質げんち取ったから、放課後はグラウンド集合ね!」


 しまった――申し訳なさで、つい甘いことを言ってしまったのが失敗だった。


「やっぱ、今のな――」

「――しにしてあげないよ? お望み通り、存分にこき使ってあげるから、覚悟してね?」


 語尾にハートマークが付きそうなほど愛らしく、残酷なことを言ってくれる。


 何とか助けを求めようと、横に座っていた娘に顔を向けると「自業自得」の一言で片付けられて、そっぽ向かれてしまった。


 完全に八方塞はっぽうふさがりとなり、四十年近く生きてて初めて放課後が来ないでくれと、空を見上げながら強く願っていた。


   ○


「ふぅ……マネージャーって、思っていた以上に疲れるんだな」


 最後に残った陸上道具を片付け終わった頃には、校庭の桜が夕焼けで淡いオレンジ色に染め上げられていた。


「そりゃあ、細かい作業であちこち走り回らなきゃいけないんだからねぇ。うちの学校の陸上部は部員も多いし、タオル配るだけでも一苦労ってマネージャーに愚痴られたよ」


 ちょうど練習を終えてこちらに駆け寄ってきた進ちゃんに、俺は手元にあった冷えたドリンクを手渡した。


「さんきゅー。ゴクゴク……プハァ! やあ、走り終わった後のスポドリは効きますわぁ!」


「オッサンか、お前は」


 ツッコミつつ、俺も彼女と同じスポーツドリンクで喉を潤す。


「……にしても、疲れたーって言うわりには、全然汗かいてないよね?」


「うん? まあ、いろいろやること多くてビックリはしたけど、細かい動きが多かっただけで、激しく運動したわけでもねえからな。まあ、だからってマネージャー業はもう懲りごりだが……」


「はぁー……バスケの時も思ったけど、やっぱ怖いぐらいスタミナがついてんね。ほんっと、陸上部に入ってくれないのが残念だよ」


 なおも残念そうに嘆いていた進ちゃんに、俺は苦笑いで返しつつ、まだ走り込みを続けている部員何人かを眺める。


「……っ」


 もし――もし、白鐘が陸上を続けていたら、こうやって進ちゃん達と同じように、放課後に夕焼け空をバックに、汗を流しながら走り続ける彼女を見ることができたのだろうか……。


「……そういや、えーと……諏方の叔父さんから聞いた話なんだけどさ……白鐘が去年、陸上部をやめたらしいけど、進ちゃんは何でか知ってるか?」


 ふと――そんな疑問を娘の親友に投げかけてしまった。


 白鐘も大きくなって、父親の俺にも言わない秘密をいくつも抱えているのはわかっている。

 ましてや女の子なんだ。父とはいえ、異性である俺に相談できないことも多いだろう。


 それでも――熱心に励んでいた陸上を辞めた理由は、やはり父としてはどうしても気になってしまうのだ。


 以前、諏方オッサンだった頃に、同じ質問を進ちゃんにしたことがあったが、その時は娘と同様、答えてはくれなかった。


「う~ん……でも、白鐘からは口止めされてるしなぁ……」


「……まあ、言えねえよな。わりぃ、今のは忘れてく――」


「まっ、おじさんに話すわけでもないからいいかな」


 よし、決めた! 口が軽い進ちゃん(コイツ)にだけは、俺が諏方だって絶対にバレないようにしよう!


「そうだねぇ……まあ端的に言うとね、白鐘ちゃんはああ見えて、重度のファザコンなんだよ」


「…………はい?」


 一瞬――彼女が何を言っていたのかを理解できなかった。


 ファザコン? ファザーコンプレックス?

『お父さん大好きー!』って父親を慕ってくれる希少種とされる、あのファザコン?


 いやいや、どう考えても俺に対して素っ気無い態度ばかりをとる白鐘には、最も遠い言葉なんじゃねえのか?


 ……一応、本当にファザコンなのか、彼女の言動を振り返ってみる。


『お父さん! 帰りが遅くなるなら連絡してって言ったじゃない! こっちだって、お父さんが帰るの待ってて、お腹空いてるんだからね!』


『野菜の量が多すぎる? お父さんみたいなオジサンには、健康体でいてもらわなきゃ困るんだから、文句言わない!』


『お父さん……宿題でわからないとこがあるんだけど、教えてもらっていい? ……まっ、頭の悪いお父さんにはどうせわからないだろうから、期待なんてしてないけど……』


 ――うん、いつも怒ってばっかりだし、ファザコンじゃないな、絶対。


 というか、百歩――いや、一万歩譲って仮に白鐘がファザコンだったとしても、それが部活を辞めた理由とどう関係してるんだ?


「あいつがお父さんとずっと二人暮らしなのは聞いてるでしょ? でも、部活に入ってると帰りがどうしても遅くなって、お父さんのお世話ができなくなるからって理由で、部活をやめちゃったんだよ」


 ――その理由は、俺の中であまりにも予測外のものだった。


「待て待て、それだけの理由で、中学から続けてた陸上をやめられるもんなのか? それに、あいつは諏方叔父さんと仲が悪いんじゃなかったのか?」


「そりゃあ、自分の気持ちをわかってもらえない父親への反発心ってやつじゃない? 大好きだった陸上をやめてでも、あいつはおじさんのそばにいることを選んだんだ。その証拠に、学校で忙しいのに今でも家事全般こなしてて、料理はおじさんの健康を考えた献立を毎日作ってる。そんな白鐘の頑張り屋なところは、おじさん自身にも否定できないはずだよ」


 自分に直接言われたような気がして、胸がちくりと痛む。


 ――進ちゃんの言ったことが本当なら、あいつが若返った俺を、今もなお否定し続ける理由もわかった気がする。


 もし、あいつがそこまで俺のことを大事に思っていたのなら、いきなり別人のような姿で戻ってきたら、全力で否定したくもなるはずだ。


 ――あいつにとって、俺を大切に思ってくれたその想いは、父親として誇らしくもあり、今の彼女の心境を思うと複雑な気持ちになってしまう。


「……よしっ」


 家に帰ったら、白鐘にまた謝ろう――いや、感謝の言葉を告げよう。


 俺の今の姿を受け入れてくれるのはまだ先になりそうだが、それでも、今の俺の気持ちを――本来彼女に掛けるべきであろう言葉を口にしよう。


「わりぃ……俺そろそろ帰るわ――って、どうした?」


 急いで帰り支度を始めた俺を、なぜかジーっと見つめてくる進ちゃん。


「やっぱ四郎くんって、おじさんに似てるんだよねぇ……変に不器用なところとか、それでも人にはすっごく優しいところとか。アタシのこと、おじさんみたいに『進ちゃん』って呼んでくれるし」


「あっ……」


 しまった――っと、思わず口をふさいでしまう。


 あまりにも彼女とのやり取りが自然体だったため、意識せずについ、いつもの呼び方で彼女を呼んでしまっていた。


 なおもこちらをジーと見てくる進ちゃん。


 まさか――ついにバレてしまったのか?


「――まっ、おじさんってあんま運動できなさそうだし、四郎くんみたいな生意気そうな口調で喋らないし、そういうところは全然違うよね」


 助かったー。ナイス、運動できなさそうな未来の俺。

 でも、生意気そうな口調はこの子にだけは言われたくない。


「――とりあえず、いろいろと教えてくれてありがとな、えーと……」


「……進ちゃんのままでいいよ。今までおじさんしかそう呼ばなかったけど、その呼び方、けっこう好きだし……ほら、アタシ男勝りだからさ、女の子扱いしてくれてるみたいで嬉しいんだ」


 そう言って屈託なく、でもちょっと照れ気味に笑う彼女に、俺は心の中で再度、礼を述べた。


「あっ、アタシが喋ったこと、白鐘には言わないでね?」


「言わねえよ、俺までぶん殴られそうだし。それじゃあ、また明日な、進ちゃん」


「うん、またあしたねー」


 笑顔で見送ってくれる進ちゃんを背に、俺は小走りで学校を後にした。

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