第二章25話 『8月17日⑥ 上海防衛戦Ⅱ』
身動きが取れなくなり、再びあの悪夢の状態となっていた。
「案外、あっけない終わり。これが侵略者の末路ってことね。」
「このまま封印ってことでいいのか?」
「そうねハオシュエン。これ以上ない刑罰となり、封印ともなる。何もすることはないでしょう。さあ、行きましょう。残されたのは私たちだけです。上海を取り戻して任務を終わらせましょう。」
ズシュエンたちが背を向け、去ろうとしていたところに私は頑張って声を出した。
「まだ、終わって、ない。まだ、私は、やれる・・・。」
ズシュエンたちがこちらを見て、軽く魔法をぶつけた。弱々しく声をあげて、私は何もできなかった。でも、目を閉じてもう一度集中した。
[おまえに力を貸そう、結衣。ちょっと休んでおけ。]
総司の声が聞こえた。
結衣の身体から魔力が黒く光る。吸収されていた魔力が渦潮から逆流していく。
「俺たちの、結衣の魔力を返せ!」
そう言ったのは結衣であり、結衣ではなかった。結衣に干渉されているものを全て消し去り、結衣の身体は自由になる。フロートで宙に浮き、ズシュエンたちを見下ろす。
「俺の名は、宮沢総司。プライマリーの頭首であり、結衣の婚約者だ。」
「婚約者?婚約者なのにそいつに憑依しているのか、笑えるね。」
「そこの野郎、貴様が今、口にしたことを後悔させてやろう。」
「中身が代わればどれだけ変わるか教えてみろよ。」
「ハオシュエン、あまり刺激しないほうが・・・総司とやらは結衣と違うようだ。」
「そこのリーダーはいい心構えだ。
今ここに天罰を与えよう、われの邪魔をするものを、
第三の目を開き、見たものすべてを焼き消せ、シヴァ!」
総司は詠唱をした。魔法陣の中に目が現れてズシュエンたちを見下ろした。そして、目から黒く禍々しいビームを放つ。ズシュエンたちはそれから逃れつつも、総司のもとへ近づいて行った。総司は寄ってくる敵を基本魔法のショットやアウェイなどで弾き飛ばす。
「ならばこれでどう、ミラーリング!」
ズシュエンがミラーリングを展開し、総司の魔法攻撃を跳ね返した。総司は返ってきた魔法を基本魔法ウォールで防ぐ。
「ふふふ、魔力がなくてそれくらいしかできないようね。愛の力でもできることには限界があったようで、そろそろ終わりしましょうか。ハオシュエン!」
「了解。時間の神クロノスよ、やつの時間を止め、我が時を加速せよ、タイムロック!」
高速魔法が発動され、総司の時間は止められた。動かなくなった総司に一斉に攻撃を始める。しかし、総司はなぜか笑みを浮かべていた。
(時は来た。結衣は覚醒し、暴走を始める。残念だがこうなれば結衣のことは誰にも止められないだろう。)
総司は眼を閉じて覚醒した結衣と意識を交代した。目を開けた結衣はすべての攻撃を風のベールで弾いた。赤く光る瞳に優しさや慈悲などはない。異変を察知したズシュエンたちは防衛行動に入る。結衣は剣を持っていない片手を高く挙げた。結衣を中心に風が吹き、雲が集まり、まるで台風のように辺りは嵐になる。暴風と雷雨に見舞われ、付近のものを破壊し始めた。そして、高く挙げた手の上には魔力が充満し始める。辺りにある魔力を風によって集めているのだろう。その魔力の塊は時間とともに肥大化していき、その速度も加速していった。やがてその塊は台風の中心である結衣の頭上、上空に上がり分裂して環状に飛散した。半径50キロほどにそれは落下し、その場所を吹き飛ばしたり、炎上させたり、凍り付かせたり、あるところでは巨大クレーターを生み出したりした。たっぷりと魔力を吸い取った結衣自身も破壊行動へと入った。その
ターゲットとなったのは目の前にいたズシュエンたち中国の魔法使いたち8人だった。
「こ、これは・・・。」
「ズシェン、いったいこれはどうなってるんだ?」
「魔法使いには常にああなる危険が潜んでいる。しかし、文献では魔法が暴走をしてもすぐに魔力が尽きて収まるはずですが、この場合は違います。魔力を周りから吸収しながら暴走しているのです。つまり、永遠にこの暴走が続くと考えられます。」
「それじゃあ、国どころか世界が滅んでしまうぞ。」
「これだけの威力があるのは結衣というものがそれだけ強大な魔力の持ち主であるという印です。この厄災は収まるのを待つか、私たちで倒して止めるか、です。」
「あんなのに勝てるとは思えません。」
「しかし、やるしかありません。それに今私たちは彼女のターゲットにされています。彼女の視線の先にあるのは私たちです。覚悟をしてください。ズハン。」
「わかりました。やるしかないのであればしかたありません。私はあなたについていきます。」
「ほかのみんなは覚悟はいいですか。」
みんなが頷き、知的なズハンや他のメンバーの覚悟がきまったところで、ズシュエンたちは改めて戦闘態勢に入った。
中国の魔法使いたちであるズシュエンたちは、暴走した結衣と激しい戦いを続けていた。すでに1時間以上経過したが、結衣の暴走は止まる気配もなく、また倒せそうにもない状況だった。戦闘は徐々に上海に近づいていき、他の中国の魔法使いたちも巻き込んでいった。あらゆる魔法を結衣に対して使用するが効果はない。もはや打つ手はなかった。そんなときに結衣の頭上に空間が突如開いた。それから、開いた空間から魔法陣がいくつも展開され広がっていき、結衣の頭上を覆った。さらに何重もの魔法陣が現れ、結衣のいる座標点をマークした。そして、黒い咆哮が結衣を襲った。
その超魔法を発動させたのは黒野大将であった。結衣が上海から離れている間に他の日本の魔法使いたちを密かに撤退させ避難をさせる。そして、結衣が暴走を始め強い魔力を感知したら、その点に日本から魔法を発動させたのであった。
黒野大将の強力な一撃を受けた結衣は魔力をあらゆる方向に放出した。その魔力の威力に中国の魔法使いたちは次々と吹き飛ばされてしまい、やがて結衣の暴走が収まる頃には辺りは荒野と化していた。
倒れた結衣を回収して上海防衛戦は15:00をもって完了したのであった。