第一章59話 『逃亡』
たくさんの人の声が頭をよぎる。そして、最後に聞いた言葉が何度も繰り返し頭の中で流れる。もうこれ以上言わないで!そこでふと気が付いた。遠くに逃げていく虫たちが見えた。どうやらさっきの夢で無意識に魔法を放っていたらしい。辺りの岩がびりびりと電気を帯びていた。まだ息が荒れている。胸をおさえて目を閉じて気持ちを落ち着かせる。深呼吸してから目を開けてみた世界は少しまぶしかった。洞穴から出て空を見上げると、太陽はすでに頂点を過ぎて西側に傾きかけている。どのくらい眠ったのだろう?きっと何日かは寝ていたはずだ。魔力はまだまだ全快ではないけれど、私の目的を達成しにいこう。たとえ世界が敵になっても、私は世界を救う。これは逆にチャンスかもしれない。すべての争いの根源を私だということにすれば世界は再びひとつになるのかもしれない。そうであるのならば、私はテロリストも軍や警察も攻撃していこう。本当に危険なひとだけを消して行けば、世の中はよくなるのではないだろうか。
そんなことを考えていた私の周りにいつのまにか協会の魔法使いたちがいた。
「あなたが神城結衣ね。あんたは私たちが捕まえる。そしたらたんまりご馳走がもらえて、豪華な部屋に住めて、バラ色の人生に。うふふ。よしっそれじゃあみんなぁいくわよ!」
リーダーと思われる女の人は指示を出して、みんなで攻めてきた。けれども、その攻撃は素人で、勝敗ははっきりわかった。このひとたちはまだまだ高校生くらいのひとだとわかった。なら、相手にする必要もない。そうとわかったので高速魔法でびゅんっとその場をあとにした。しばらく飛んだら、石造りの街が見えてきた。どうやらここはヨーロッパのどこかのようだ。でも、騒がしい音が聞こえてきた。銃撃の音だ。予測魔法を使って、状況を把握するとテロリスト側のほうを目指して突っ込んでいった。そして、剣でテロリストが持っている銃を斬り、相手を無効化したあと、魔法で軽く飛ばして気絶させたあと、駆けつけてきた鎮圧部隊と対峙した。
「隊長!あいつは。」
「見ればわかる。全員!最深の警戒を!容姿に惑わされるな。やつは化け物だぞ!」
また私を化け物呼ばわり・・・。うつむいていた私は相手にとっては何を考えているのかわからなくて怖かったのだろう。しばらく何もないまま沈黙が続いた。そして、その沈黙を破るように上空から風の刃が飛んできた。協会の魔法使いだ。私は飛んできた刃を避けてそのまま高速魔法で逃げようとした。しかし、私を追いかけてついてきていた。
「まさかあの人、高速魔法の使い手か。いやそれだけじゃない。あの一団全員が高速魔法の使い手だ。」
誰も遅れをとらずについてくる魔法使いの集団は、表情すら変えずに不気味についてきた。ストーカーは厄介だ。それならここで少し蹴散らしておこう。私は急転換して空気を蹴ると、互いに超高速で近づき、剣撃を合わせた。どうやらあの人たちはひとつの流派のようで、みんな腕がいい。戦っている中で隊長が口を開いた。
「どうですか、我々の腕は。なかなかのものでしょう。そう簡単にはあなたを逃しませんよ。」
紳士のような口調で話す割には強い。剣は細いものを使っていてスピードを重視している。流れを大切にして風を武器にしている。そのとおり、見えない風の刃が向かってくる。まるで倍の人数を相手にしているかのようだ。そして、速くて逃げられるからハエのようだ。私がバカみたいに見える。ここは統率しているリーダーを先に倒して乱れたすきを狙って逃げるとしよう。私は先ほど話しかけてきた紳士隊長をターゲットにして他の人は攻撃が当たろうと無視した。でも、相手は私の狙いがわかっているようでそれを利用して隊長を囮にして他の人たちが私に容赦なく攻撃してくる。隊長はうまく私を盾にしてよけている。これではいくら回復力があっても魔力がもたなくなる。悪いけどここは少し犠牲者をださせてもらうよ。
「アパートファイアボール!」
詠唱を省略して自分の周りに6つの炎を出現させる。その炎は私のまわりをくるくる回って外からの攻撃を吸収した。そしてその遠心力を利用してひとつずつ順番に飛ばしていく。勢いよく飛ぶ塊を相手は避ける。だけど、私の目的はあなたたちではなく、街を犠牲にして混乱をまねくこと。ようやくその意図に気付いた隊長は無理矢理私を攻撃しようとする。私は最後の炎のひとつを隊長めがけて放った。ぎりぎり避けられるように予測魔法で予め計算していたのでたぶん死んではいないはず。でも私はそれを確認せずにその場から逃げた。風は冷たく、夏が終わり、秋の到来を知らせるようだった。