第一章55話 『デッドライン』
目を覚ますと、そこはとっても良くない状況だった。予測魔法を発動させ、魔法を展開させる。そして、光ひとつすらない闇のなかへと吸い込まれながらも、私は見えない剣を手で感じて魔力をこめた。神や光ですら抗うことができずにただ吸い込まれていくだけのブラックホール。だけれども、私はよく分からないまま魔法を使ったり、剣を振ったりしていたら、いつの間にかブラックホールを脱出していた。そして、そのブラックホール自体すら消滅させていたのだ。下を見下ろすと、敵味方関係なく唖然としていた。傾いていた船体は水平に戻り、みんなはたちあがる。
「どうだ、俺の結衣は。」
「ふん、あれに入って、生きて帰ってこられるとは不死身ではないか。それに、科学と魔法を合わせるとは忌まわしいことをしてくれたな。おまえはあれを消すことはできなかっただろう。それなのに・・・」
「まあなんとかなったんだからいいだろう?まあ残念ながらおまえがここに残っているが。」
総司とメイソンは睨み合う。そして、再びあちらこちらで戦闘が再開されていた。司令塔のサブリンが上から降りてきてメイソンの後ろについた。なにやらこそこそと話している。それをつまらなそうに総司は見ていた。
「話し合いは終わったか?」
総司の問いに二人はそれぞれ構えなおすと、総司はいつまにか唱えてキープしていた魔法・リバースを二人向けて放った。二人は左右に避け、総司に向きを変えると、加速した。両サイドから攻めてくる。総司が後ろに避けようとしたとき、背後からシャルンホルストが飛んできた。そして、総司を前に突き飛ばし、総司はメイソンの拳とサブリンの剣をまともに受けてしまった。それから、サブリンの剣に突き刺さって身動きができないところをメイソンは滅多打ちにする。私や葵たちがなんとか救出しようとしたが、シャルンホルストによる高速魔法でどちらも遮られてしまった。それでも諦めずにシャルンホルストと相手した。しかし、総司は艦砲ごと吹き飛ばされてしまった。総司は動かずに、身体から魔力が漏れ出ていた。
「私はあの怪物を止めます。あとはお願いします。」
サブリンはそういって私のもとへ向かってきた。メイソンは歩を進めて総司へと近寄っていく。
やめて、それ以上総司に近づかないで。
私の願いなど届くわけもなく、メイソンは進んでいく。そして、総司の前で止まると、総司のことを見下ろしながら言った。
「ここまでだ。大人しく眠れ。」
総司はメイソンと顔を合わせることもなく、少し笑っているかのように見えた。そんな総司にメイソンは灼熱の拳を向けた。
!!!
世界が無音に包まれ、時間がゆっくりに感じた。そんななかを私はシャルンホルストやサブリンの守りを抜けようと必死でもがいた。それでも容赦なく総司のもとへと確実にメイソンの拳が迫っていく。もうダメだと思った瞬間、黒い影が視界を横切って総司とメイソンの間に入った。それはメイソンの拳を受け止めて、弾き返した。世界にサウンドが戻り、時の流れもいつもどおりに戻った。
「まさか、なんでおまえがここに?私の予測は正しいはずだ。こんな未来は見えなかった!何故だ!」
メイソンが飛ばされて、着地した音に反応して周りが総司たちに注目する。いち早く驚きの声をあげたのはサブリンだった。よく見ると影の正体は大石だった。だけど少しいつもと雰囲気が違かった。それは兼定の他にもう1本、刀を持っていたのだ。
「間一髪だったな。」
総司を背にして大石が言う。
「さすがは俺が見込んだやつだ。」
総司が見上げて言う。あたりを見渡して状況を把握した大石は説明した。
「そういえばこれを見せたのは初めてだったか。総司にもみせていないレアものだ。こいつの名は加州清光。魔力でできた俺の本来の相棒だ。これを使ってこなかったのはいくらかの理由があるんだが、話せば長くなる。」
「おまえ、俺にも隠してたのか。てっきり何か特別な事情があるものなのかと思ったぞ。」
「ふん、本当は刀ひとつあれば十分なんだ。俺は兼定と長くやってきたんだ。だからこいつとどこまでもいきたかった。そうだ、この戦いが終わったら、こいつらは結衣に預けるよ。」
大石は総司に手をさしのべる。総司はそれを手に立ち上がった。
「ああ、それがいい。ありがとな、大石。」
メイソンが二人の時間を切り裂くように入ってきた。
「おい、おまえ、抜刀隊を一人で倒してきたのか?」
「みりゃあわかるだろう、あいつらは一本で足りたぜ。おまえとは二本でやらせてもらうけどな。」
「待て。やつは俺がやる。おまえは結衣たちをフォローしてやってくれ。」
「おいおい、本気で言ってるのか?いくらおまえでもその状態じゃ無理だろ。」
「その気があるんなら、さっさと片つけてこっちを手伝ってくれよ!」
それを聞いて大石は返事もせずに足を動かした。瞬間でシャルンホルストの背後に移動する。
「じゃあ、暴れさせてもらおうか。まずはおまえだ!今一度、同じように真っ二つに斬ってやる!」
大石が刀を振り下ろす。しかし、サブリンがこれをとめて、シャルンホルストにあたることはなかった。
「くっぅ。」
大石はすぐに切り替えて、再び瞬間移動する。サブリンの背後に回った。しかし、サブリンは振り向くことなく剣でうけとめた。
「さすがに読まれたか。」
次の手に移る。しかし、ことごとくサブリンに読まれていた。どうやら高速魔法の大石は予測魔法のサブリンとは相性が悪いようだ。サブリンは一歩も動くことなく、大石の攻撃を受け流していた。そして、今まで私たちと相手していたシャルンホルストたちが大石のほうへいってしまった。急いで後を追う。しかし、遅かった。
「ハハハ、大石!次はお前の負けだ!」
大石の背後にまわったシャルンホルストが大石の頭上から剣を振り下ろした。私がシャルンホルストのもとまでいって斬ろうとしたが、その配下のものたちにさえぎられてしまった。そしてついに、大石は魔粒子となって消えてしまった。歯を食いしばって、配下たちを強引に斬りかかって消した。息が上がる。鼓動が早くなる。だけど、さらに嫌な予感がした。ふと総司のほうを見た。再び悪夢を目にした。
大石が元気よく飛び去って行ったあと、俺はメイソンとにらみ合っていた。そして、二人同時に詠唱を始めた。
「アステカの創造神テスカポリカよ!」
「オリュンポス十二神のヘーパイストスよ!」
「悪魔と化し。」
「彼の力を呼び覚まし、天地による裁きをしたまえ!」
「あらゆるものを無へ還せ!」
「火山を噴火し、地を地獄へ変えろ!」
「リバース!!」
「マグマオーシャン!!」
総司が先に唱え終え、黒い塊を放つ。メイソンは遅れて魔法を発動させた。甲板が溶け、マグマが現れる。それは勢いよく噴き、総司の魔法を消し、総司まで飲み込んでしまった。みんなはすでに空中に避難していた。私も宙に浮く。船全体にいきわたったマグマを使ってメイソンは攻撃し始めた。次々に飛び散ったマグマで仲間たちがやられていく。
また何もしないままただみんなが死んでいくのをみていくのか。私は何もできないのか。そんなのやだ。こなまま終われない。あれは私が・・・・・やる!
私は飛翔する。メイソンのもとへたどり着くために。マグマが何度も飛んでくるたびにリバースで私が通る分だけ消す。それでもマグマは皮膚に付着してくる。熱さや痛みを感じながらもやつを止めるために前へ進む。あと少し。あともう少し。後ろから悲鳴が聞こえてくる、だけど、振り向かない。今やるべきことだけをやる。
「やあぁぁぁぁぁぁ!」
高度から剣を突き立てて、急降下する。メイソンはそれを待っていたかのようににやりと笑うと、マグマを一本の柱にしてそのまま私に放射した。マグマを切りさきながらも降下し続ける。だけど、それは長く続かなかった。私はマグマに飲み込まれた。肉が焼けて焦げて骨までマグマが侵入して激痛が走る。視界も聴力も五感すべてが奪われた。もう何がどうなっているかわからなくなった。それでも私は力をいれた。魔力をこめてマグマを吹き飛ばした。視界がもどり、すべての感覚がもどる。そこにはプライマリーのメンバーは私以外にだれ一人ともいなかった。空に浮かんでいるのは自分だけだった。見下ろすと、そこには完全に元に戻った戦艦・大和があり、五人の最高魔法師の姿が見えた。
今度こそ、私たちは全滅したの?また、私たちは負けたの?まだ一人も最高魔法師を消していない。完全なる負け。・・・・・・・もう終わりだ。
結衣はうつむいて涙を流す。そして、再び上を見上げると、前髪に隠れた目が風でなびく。その眼は赤く不気味に輝いていた。しばらくのあいだなにもなかった。最高魔法師たちは結衣をみあげて、動きを見守っている。結衣はゆっくりとその眼を彼らに向けた。剣をゆっくり頭上に持ち上げ、魔力を充填しはじめた。もう結衣には意志などない。すべてをなくし、あの日の夜の時のようにただ身を任せ、魔法を暴走し始めた。