第一章32話 『アメリカ支部 熱き夜の戦い』
満月が昇り、晴れ渡る夜空とは反対に、地は炎で燃え盛り、熱風が漂う地獄のような有様をした戦場には、現在、6人の魔法使いたちが立っていた。この地獄のなかで平然と立っていられるのは魔法使いのなかでも強者だけだった。
プライマリーの隊長たちは、抜刀隊を打ち倒し、残るは世界魔法協会をも統べると言われている物理魔法の最高魔法師・メイソンだけだった。
鎧を着たメイソンを中心に、半円になるようなかんじで5人は立っていた。メイソンの正面にいるアメリカ支部の長、七番隊隊長・アーサーは、隣にいる副隊長・アドルフォに聞く。
「それで、どうするつもりだ?」
「それは、百合ちゃんに聞いて。私は後で副隊長たちが3人来ることしか知らないから。」
「それって、言っちゃって大丈夫なのか?まあ、あんなの1人じゃ倒せないことはよく分かったが、人数が増えれば増えるほど俺の手柄がなくなるじゃないか!」
それの会話を聞いていたメイソンは、
「まだ懲りていないのか!俺を獣や魔物と勘違いしているようだな。抜刀隊も倒されたようだし、上の者として、仇をとってやろう。おまえ達には、俺の抜刀隊を倒した褒美をくれてやろう。世界を統べる最高魔法師の実力を!」
メイソンは、力をみなぎらせ、髪が逆立ちになる。炎の塵が舞い上がり、辺りに熱風が吹き荒れる。思わず目をつむってしまう熱さのなか、メイソンは、魔法を唱え始めた。
「ギリシア神話のオリュンポス十二神の1柱、
ヘーパイストスよ!
神々の武器を創り、我に神の御業を与えよ!
オリュンポス・オブ・ブラックスミス!!」
メイソンのまわりに神々が使う武器が現れた。その中の一つ、銀の弓を手に取り、
「さあ、神の裁定を始めよう!」
言葉とともに矢を放った。矢は五つに分かれて各々の場所へと向かう。このくらい避けられるだろっと、慢心したアーサーだったが、銀の矢は炎や月の光を反射し、眩い光を放ちながら空を切り、アーサーが思わず目を閉じたその瞬間にアーサーの左肩へと突き刺さった。地に膝をついたが、このくらい平気だと、思ったアーサーは、立ち上がろうとするが急に苦しくなり、身動きがとれなくなった。そこにメイソンがやって来る。
「まずは、おまえからだな!」
アーサーがメイソンを見上げて、睨みつける。
「こんなんでやられてたまるか!・・・くっそぉぉぉ!」
やはり、どうやっても動けない。メイソンは、タナトスの剣をとり、振り上げた。
「地獄へ落ちろ!」
遂に、剣を振り下ろした。だが、その剣の餌食になったのはアーサーではなく、副隊長のアドルフォだった。肩から足までざっくりと斬られ、血が止まらない。アドルフォは、力を振り絞ってアーサーの肩に刺さっている矢をとった。その手をとったアーサーは、
「何してるんだ。これは全部俺の責任なんだ!俺が悪かったんだ。なのに、おまえは・・・おまえは俺を・・・。」
アーサーがアドルフォを抱き抱えながら泣き崩れた。
「アーサー。私は私の任務をしただけ。だから、アーサーも任務を遂行して。あとは頼みます、隊長。」
アドルフォは、目を閉じてそのまま動かなかった。そんなときでもお構い無しにメイソンは再び剣を振り上げていた。無抵抗でいるアーサーに振り下ろす。今度もアーサーには当たらなかった。武蔵が疾風に乗って剣を弾き、それからやってきた百合がメイソンを斬りつける。そして、最後にリリィが暗闇魔法でメイソンをアーサーから遠ざけた。泣き崩れているアーサーを庇うように百合と武蔵は前に立ち、リリィは後ろで援護にまわった。そのはずが、リリィが既に動いていた。百合の横を過ぎ去り、メイソンのもとへ一直線に向かう。それを見た百合はリリィに注意する。
「リリィ!一人で行かないで!私も行く!それじゃぁ、ここは頼んだよ、武蔵。」
百合は武蔵の返事を待たずにかけ出した。リリィには追いつかないと思っているとおもわず助太刀が入った。武蔵が後ろから突風を吹かせてくれ、それに乗ってなんとかリリィに追いつくことができた。二人はそのままメイソンに技をかけた。
「天然理心流、五月両剣!」
「天然理心流、車輪剣!」
百合が先に真っ向から斬りかかり、そのあとにリリィが舞うようにまわりながら斬りかかった。しかし、鎧に傷がついてもすぐに修復してしまった。メイソンは、笑みを浮かべて、斧を手に取ると、二人に振り下ろす。二人はやむを得ず、武蔵たちのところまで下がった。
その頃に、呼んでいた副隊長たちが合流した。武蔵は、アーサーの承諾得て、赤城にアドルフォを支部まで運ばせた。それまでずっと俯いていたアーサーは、ようやく立ち上がり、指示を出した。
「奴の鎧は、再生能力が高いということだ。つまりは、常に攻撃し続ければ、鎧は再生し切れずに、徐々に消耗していくはずだ。みんなの力を俺に貸してくれ!俺は何としてでもアイツを倒す!とにかく全員で攻撃を続けるんだ!」
アーサーの言葉に各々返事をする。そして、アーサーから動き始めた。
「ギリシア神話のアーテーよ!
心を破滅に追いやり、愚行を繰り返せ!
残すものは狂気ただ一つ!
リメイン・マッドネス!」
アーサーは、メイソンの目の前に行った。メイソンは、これに斧を振り下ろそうとするが、アーサーは、さらにメイソンの背後に素早くまわりこんだ。メイソンの斧が地面に突き刺さるや否や、
「そっちじゃねえよ。」
とアーサーは剣を振るった。メイソンがアーサーの方へ振り向くと、その隙を狙っていたリリィの花音は、暗闇魔法と生物魔法でそれぞれダメージを与える。メイソンは、斧から剣へ持ち替え、アーサーと対立する。アーサーと剣を合わせているあいだに他のみんなは遠距離、中距離魔法でそれぞれ程よく攻撃をする。メイソンはたまらず、アーサーを振り払うと、弓を持って、矢を放つ。今度は、リリィと百合が中心になって、その矢を弾き防ぐ。アーサーも軽く斬り裁くと、そのままメイソンのもとへと走り込んでいって、斬撃や蹴りを加える。どうやらこうなってしまったら、メイソンの鎧は足でまといになるようだ。鎧が体を守るのではなく、鎧を守るために戦っているみたいだった。プライマリーの面々はそのメイソンの困り具合に気づき、さらに攻撃を続けた。しかし、メイソンはリリースで魔力を放出し、リズムを崩させると、魔法を唱えた。
「オリュンポス十二神のヘーパイストスよ!
彼の力を呼び覚まし、天地による裁きをしたまえ!
火山を噴火し、地を地獄へ変えろ!
マグマオーシャン!」
メイソンのところ以外の地面が赤くドロドロになり、地震とともにあちこちからマグマが噴き出した。地上での逃げ場を失ったアーサーたちは、フロートで空中へと避難した。しかし、メイソンの魔法はそれだけでは終わらない。メイソンは、マグマを頭のなかで思考するだけで操り、アーサーたちを襲った。マグマに当たれば、たとえどんなに優秀な魔法使いだろうと死ぬのは間違いないだろう。そして、メイソンはその無敵なマグマを身に纏い、最強無敵になろうとしていた。アーサーたちは、とりあえず遠距離魔法で、マグマを防ぎながらも攻撃を続けたが、纏っているマグマによってすべては吸収されるように無意味に消えていく。そこで武蔵はある打開策を打ち出した。この作戦には突入する者が1人必要だった。その一人にアーサーは自ら志願した。武蔵は契機をみて魔法を唱える。
「ギリシア神話の神・アイテールよ!
天空の大気を取りまとめ、風を巻き起こせ!
サイクロン・ウォール!」
メイソンを中心として上空に巨大な竜巻が現れる。竜巻は周囲のマグマを巻き込み、赤く輝きながら外のものを受け入れまいとうずまいている。武蔵は、アーサーを風の力で竜巻の上まで飛ばした。それからアーサーは、竜巻のなかに急降下して飛び込んでいった。外側からはもうアーサーとメイソンの姿は見えない。他のみんなはただアーサーを信じることしかできなかった。
竜巻のなかでアーサーはそのまま急降下する力を利用して、メイソンへと突っ込む。
「ウオォォォォオー!」
雄叫びとともにアーサーとメイソンは剣を交える。メイソンは下で受け止める側だというのに、劣らずアーサーの剣を受ける。先に耐えきれなくなったのは、二人でも剣でもなく地面だった。地面が沈み込み、メイソンはバランスを崩した。ここだ!、とアーサーはメイソンの剣を跳ね除け、さらにまわりに浮かんである神々の武器をすべてマグマの竜巻へと剣で弾き入れた。武器を失ったメイソンは仕方なく、拳で攻撃をする。鎧の力でアーサーの剣を弾いたが、アーサーに直接ダメージを与えることはできなかった。アーサーは地面を蹴り、メイソンへ再び突っ込んだ。メイソンは両手で剣を受け止めた。両者はすでにこの熱くて息苦しいさなかで、疲れ果てていた。アーサーの剣はメイソンの手を抜け、メイソンの体へ当たる。鎧こそ傷を与えることはできないが、刀が折れること覚悟で無理やりメイソンを押し込んだ。メイソンはよろめき、アーサーはさらに体当りして、メイソンをマグマの竜巻へと吹き飛ばした。
竜巻は、無敵の鎧も関係なしにすべてを飲み込んだ。やがて色があせて、マグマが消えていく。そして、武蔵は竜巻を消滅させた。疲れ果てていたアーサーは、荒れ果てた地に大の字になって転げていた。辺りの炎も消え、静まった夜にアーサーたちは月が輝く空を見上げる。そんな彼らを夜のそよ風が優しく吹きぬけた。