第四章5話『元天使長』
ゼウスとの謁見を済ませ、神殿に戻ってきた私は食堂に呼ばれ、ミルカたちが考えた作戦を聞いていた。でも、作戦というより、スケジュールのようだった。戦いに関しての指示はなく、いつどこに行くのか、どうなったら撤退するのかなどの簡単な情報共有だった。「各々得意を活かして役割を果たす」というのが戦いの方針らしい。誰が誰を倒せとかもなかった。本当にこれで大丈夫なのか心配ではあるが、とにかく、戦場にいる敵を倒せばいいらしい。作戦実行時は明後日。それまでにこのメンバーたちの特徴を見極めないと、連携をとるのは難しい。作戦を共有すると、みんなは解散し始める。ドロシーに頼んでみんなのことを教えてくれないか聞いてみた。
「ねぇねぇドロシー。みんながどういう天使なのか知りたいんだけど。」
「わかりました。まずは着替えてから話しましょう。」
1度、浴室の脱衣所に行って着替えてから、ドロシーに連れられて、天使たちのところを渡り歩いた。
そして、作戦実行の日が訪れる。天使たちと仲良くなれたとは言い難いが、少し性格は理解できたつもりだ。私たちはロビーに集まり、ミルカの転移魔法によって冥界へ向かった。
冥界といってもそこらじゅうに毒の沼地やガスが溜まっているようなところでもなければ、マグマの海が広がっている地獄でもなかった。その世界に空はなく、代わりに岩盤で覆われていた。太陽の光は届くことはなく、炎によって灯す光のみで辺りを見ることができる。普段は光の下で暮らしている私や天使たちにとっては大変不利な場所であった。アルファの魔法によって私たちは光がなくてもこの暗闇を歩ける程度の視界を手に入れたが、それでも付近の物しか見えない。私は予測魔法で周囲の敵を探す。しかし、誰もいない。冥界で戦い続けているという軍神アレースとその軍勢すら感知できない。そもそも音も私たちの足音しか聞こえない。そう思った瞬間、遠くから声が響き、閃光が走った。
「今だ!光を!そして、天使たちを、殺れ。」
突然の光に私たちは完全に不意を突かれた。だが、視界を一瞬だろうと奪ったところで感覚だけで敵の位置は察知できる。それに私には予測魔法がある。
「アクティベーション!ミラーリング!」
攻撃される方向に結界を展開し、攻撃を跳ね返す。アルファの魔法で視界が戻ると、私たちは一斉に攻撃に転じた。だが、私を狙って飛んでくる姿が1つあった。
「業火よ!」
その一声だけで威力が十分すぎるほどの炎が噴き出てくる。私はそれを避けて相手を見る。どうやら先ほどの閃光を放ち、進軍を指示した敵将のようだが、その姿は恐ろしい悪魔の姿ではなく、人間の姿をしていた。その人間は容赦なく、攻撃として魔法を放ってくる。私は高速魔法で退避しながらも相手の様子を観察する。相手もこちらの速さに合わせて飛び、攻撃を続ける。そして、様々な魔法を使ってきた。人間は、通常1種類の系統魔法しか使えない。例外として2種類使える者はいる。例えばプライマリーの頭首であった宮沢総司がそれにあたる。そして、私はさらにイレギュラーに当たる全ての系統魔法を使える。おそらく、今相手しているのもそうなんだろう。そもそも人間なのか、人間の姿をした悪魔なのかは知らないけど、油断したら殺られる。それから、こちらから攻撃をする暇がない。それどころかどんどん攻撃が激化してきている。威力も上がってきてるし、撃つスピードも速くなってきている。逃げるのが精いっぱいだ。おまけに冥界の壁や天井や地面が抉れていく。あんなのに当たったら一撃で終わる。どうする?魔力切れまで待つか。それとも・・・。
「ミラーリング!」
相手の魔法を放つタイミングを見計らって結界を展開する。しかし、相手もミラーリングを使い、攻撃を跳ね返す。さらに、ミラーリングを複数箇所に出して、複数の魔法を操り、私に同時に当たるように仕掛けた。
「アパートファイアボール!」
咄嗟に炎の魔法で飛んでくる魔法にぶつけて威力を相殺する。しかし、その塵が降りかかり、浸食を受ける。焼けるように体に溶け込んでくる魔力の塵を回復魔法で取り除きながらも、逃げ続けた。相手は追い打ちをかけるようにいくつもの魔法を放ち、私を追撃してくる。私は急降下し、地面に攻撃を逃がし、再び上昇する。だがそこを狙って、ファイアボールが飛んでくる。髪の毛に掠るくらいで済んだが、動きを止められてしまった。すぐにスピードを上げればと思った矢先に相手に距離を詰められ、腹部にショットを受けてしまう。基礎魔法ではあるが、ゼロ距離かつ高威力なショットを受け、私は冥界の岩盤の壁に吹き飛ばされ、さらに壁をズルズルと落ちる。気が飛びそうなほどの衝撃だったが、幸か不幸か意識はある。でも、血は吐き出るし、体も動きそうにない。全身に広がる痛みで思考がまとまらない。
「神城結衣。君は騙され、利用されている。」
相手は話しながら歩いて私に近づいてくる。
「ゼウス様は人々の神でありながらも、人々を救おうとはしない。そして、君はゼウス様に云われるがままに人から神となり、冥界へ攻め入り、私たちを倒そうとしている。なぜ、君は冥界に来た?なぜゼウス様のために戦う?何のために戦うのか?」
私に問いかけてくるが、私は負傷していて答えることができない。
「私の名はサタン。ここでは魔王と呼ばれている。」
魔王サタン!?たしか、ゼウスは魔王サタンを倒し、冥界の王ハーデースとその妻ペルセポネーを天界へ連れて来いと言っていた。そう言えば、冥界に王が二人いるのはなぜ?魔王って何?なぜ、魔王サタンだけは倒し、ハーデースとペルセポネーは連行するのだろう。そして、魔王はなぜ人の姿をしている。なぜ、こんなところまで出てきて戦っているの。
「戸惑っている様子だな。それとここは前線ではなく、城の後方である。軍神アレースたちが戦っているのが前線と言える。私が天使ミルカの力に干渉してこの場所に君たちを誘導した。」
どうして、魔王が天使の力に干渉できるの?
「なぜ私が天使の力に介入できるか。それは私が堕天使であると言えばお分かりいただけるだろうか。天界ではルシファーと呼ばれていた。そうだね。ここはひとつ、久しぶりに天界流の自己紹介をしてみよう。私の名はルシファー。第一天使セラフ熾天使であり、天使の長であった。今はこうして堕天使となり、冥界で魔王をしている。以後、お見知りおきを。」
第一天使セラフ熾天使!?天使の長?第一天使って人間の姿をしていないのでは。
「疑問に思うことがたくさんあるのはいいことだと思う。でも、それらに全て答えている時間はない。私の目的は人々を救うこと。それを実行すべく、人々を救わずにいる神々を殺そうとしている。君は神ではなく、人間だ。まあ魔法神というものを与えられたようだが、それでもまだまだ人間だ。そして、ゼウス様は君をこのまま神にし続けるつもりはないだろう。利用するだけ利用して天界を追放するだろう。そんな君に提案がある。いや、お願いだ。私と共に神々を倒してほしい。そうすれば君の願いを聞いてあげよう。どうだい?手を取ってくれるかい?」
そう言って魔王サタンは私の目の前に手を差し出す。私は重たい腕を動かし、その手を取ろうとする。しかし、それを邪魔し、サタンに魔法を放つ者がいた。
「ダメです!結衣様!魔王の策に騙されてはいけません。」
ドロシーの攻撃を避けて魔王サタンは後ろに下がる。その間に私の前にドロシーが降り立つ。
「大天使ドロシーか。素晴らしい人材だな。ドロシー、君も私側につかないか?」
「お断りします!魔王サタン。あなたは天界の裏切者です。例え、元天使長であろうとも許しません。」
「私を知っているのか。まあ、とはいえゼウス様に逆らうはずもないか。すまないが、ドロシー。彼女は私がもらっていく。ゼウス様を倒したら君の元へ必ず返すから待っていてくれ。」
すると、私の周りに靄がかかり、ロープのような形をした物体が私を縛る。そして、異空間を通って魔王サタンのところへ移動した。魔王サタンは私を担いで、ドロシーに挨拶をする。
「君たちは天界に戻り、休むといい。何もしなければ君たちに危害は加えない。では、さようなら。」
そして、サタンは私を連れて戦場から退いた。




