第三章40話『大戦の終結』
5月18日。作戦決行日。
私は、サンノゼの中心地に来ていた。半導体とコンピュータ産業の世界都市として有名になったこの場所は、結衣の攻撃を受けて、美しき景観は壊され、ビルやその他建造物は崩壊し、つい先日まで人が経済活動を営んでいたとは思えない惨状だった。この一件での死傷者は確認されていない。だが、多くの命が失われたに違いない。どれだけの人を殺したのか。そんなあの子を早く仕留めたい。私の力をようやく解放できる時がきた。この作戦名は「ブラック作戦」。私の黒からそう付けられた。作戦では誘い込んで袋叩きなんて方法だけど、私があの子を倒したって何の問題もないはず。この作戦は私のための作戦だもの。その黒たる所以を見せてあげましょう。
「アクティベーション。」
黒野は嬉しそうに魔法を展開する。現れる杖を手に取り、空を見上げた。
「千里眼!」
黒野の視界は結衣がいる空とリンクする。結衣は今も攻撃を続けているようだ。黒野は杖を前に出し、詠唱する。
「彼女に奪われし生命たち、
あなたたちに機会を授けましょう
今一度実体をなし、彼女を喰らい尽くしなさい!
ファトム。」
黒野の足元に巨大な黒い魔法陣が描かれ、詠唱が進むにつれて光が黒く増していく、そこに黒い浮遊している物体が周りから吸い寄せられる。それは結衣によって生命を奪われた魂であり、その数は膨大であった。渦を巻いて黒野の周りを動き続ける。そして、詠唱が終わるのと同時に黒野が杖で方角を示すと、黒い物体は光のような速さで黒野が指し示す方角へ飛んで行った。そして、あっという間に結衣のもとへとたどり着く。その存在に気付いた結衣は回避行動をとるが、間に合わずに飲み込まれた。魂たちは結衣の身体に纏わりついて、結衣の生命力を奪う。結衣はもがいて魂たちを振り払おうとするが、意味がないようだった。そこで結衣は、予測魔法でこの塊を分析し、存在を理解し、魔法を自分の足元に展開した。
「ブラックホール。」
魂は炎で燃やすことはできないと判断し、ブラックホールを発生させて、吸い取ろうと判断したのだ。自分ごとブラックホールに飲み込まれた後、自身は転移して元の場所へと戻った。それから結衣は、攻撃をしてきた主のもとへ移動した。黒野のもとへ瞬時に移動してきた結衣は、その勢いのまま炎を黒野に放つ。しかし、その炎は黒野には当たらなかった。すでに黒野の周りには結界が張ってあったからだ。再び結衣は攻撃をする。今度は連続で炎を放った。だが、これも意味がない。そこで、別の魔法を使い始めた。リバースだ。リバースは総司の固有魔法だったもので、触れたものを無へ還す魔法だ。その魔法を見て黒野は少し笑ったかのように見えた。そして、黒野も魔法を詠唱した。
「ドレイン。」
最後にそう唱え、リバースをよけもせずに受け止める。結界にあたった黒い粒子は弾けて魔力となり、黒野に吸い込まれていった。それを見た結衣は距離を詰めて斬りにかかる。だが、結界は魔法だけでなく、物理攻撃も阻んだ。結衣はそのまま高速で結界を斬り続ける。その様子を結界の中で黒野は見ていた。そして、指で結界を軽く突くと、結界から勢いよく黒い手が伸びた。結衣は危険を察知し、距離をとった。だが、その手は結衣のもとへさらに伸びていく。結衣はタイミングを見計らってその手に斬りかかった。しかし、剣はすり抜け、黒い手は一瞬散ったと見せかけ、すぐに形状を槍のように鋭く変化させ、そのまま結衣の胸を突き刺した。結衣は血を吐き、よろめいたが、なんとか踏ん張って立っていた。手で自身の胸に刺さっているものを取ろうとしているが、一向に取れそうもない。そこにさらに体内で黒いものが変化し、苦痛を与えた。再び吐血し、息ができずに苦しんでいる。さらに、苦しさは増し、再び吐血する。結衣にはもう力は残っていないかのように見えた。だが、結衣は高速魔法を使い、無理やりその状態から脱出した。黒い手は引き裂かれたのちに消滅した。貫かれた胸を微弱な魔力を使って塞ぐ。さすがの結衣も魔力の限界が近かった。血の流出は魔力の流出に近しいものである。立っているのもやっとな結衣は、黒野のことを諦めてその場からの離脱をしようと浮かんでいた宙を蹴った。それに向けて黒野はさらなる刺客を送り出す。それから黒野自身にも魔法の詠唱によって黒い翼をつけ、空を駆けた。結衣ほど速くは飛べないが高速魔法の使い手ではない者にしては高速魔法を使っているが如く速かった。
結衣は、黒い何かに追われ、交戦しながらも空を移動していた。しかしながら、それは黒野の罠だった。刺客を利用して結衣を作戦の予定地へと誘導していたのだった。結衣は魔力も少なくそれを悟ることはなかった。結衣がビル群へと突入したとき、周辺一帯に仕込まれていた巨大魔法陣が発動した。七色に輝く魔法陣は厳重な結界を幾重に展開し、さらに結衣を地面へと吸い寄せ、叩き落とした。そこへドルト率いる魔法部隊が姿を現し、結衣へ一方的な攻撃を始めた。結衣はかろうじて立ちあがり、襲い来る魔法攻撃を剣と僅かな魔力を使って防ぐ。だが、結衣は囲まれ、袋叩きとなり、すべての攻撃を防ぐことは不可能だった。焼かれ、引き裂かれ、撃たれ続けた結衣の身体はボロボロになり、ついに膝を地につけた。剣を支えに上半身を起こしている。その状態で結衣は暴走状態から覚めた。
全身が熱く、痛い。息が苦しい。頭がくらくらする。力が入らず手が震える。歪んだ視界から見えたのは敵意を全開にした人たちに見たことのある少年、そして空から舞い降りる黒い悪魔だった。少年と黒い悪魔はこちらへ向かってくる。
「たすけて。」
無意識に私は掠れた声で呟いた。恐怖で身が震えた。剣を握る手に力を込め、立ち上がろうとしたが、剣が消え、また地面に這いつくばった。構わずに私のもとへ歩いてきた少年ドルトは私に銃を向け、引き金に手をかけた。
「今さら、助けを請うのは筋違いだ。君は多くの者を奪いすぎた。静かに眠れ。」
そう言って銃を放った。胸に衝撃が走り、私はそのまま前に倒れていく。倒れるときに私は少年の握っている銃がジェシカの者だということに気付いた。パタリと地面に倒れた後、意識が途切れた。
5月18日に結衣を制圧した日米魔法部隊は数日後に解散し、日本の魔法部隊は結衣を引き取り日本へ帰還した。アメリカにとって戦犯ともいえる結衣だったが、首脳会談の結果、日本へ引渡しが決まったのだった。首脳会談とはいえ、そこには黒野大将が混ざり、おおまか黒野大将の威圧で決まったともいえる。そして、大きな損害をもたらした結衣であったが、その身体はボロボロであったこともあり、厳重に保護されて日本へ送られた。彼女自身は彼の戦い以来眠り続けている。ある程度の傷は回復魔法で修復されたが、帰国してから医療処置が必要なレベルであることには変わりない。帰国後すぐに結衣は国防軍の医療施設に運ばれ、処置の後、病室に隔離された。(第四章へつづく)




