第三章39話『急転』
私は腹部に刺さったナイフをそのままにし、ドルト少年から距離をとる。痛みと苦しみで早くなる鼓動を抑えて、付近を警戒する。
「さて、君は泳ぎは得意なのかな?」
「え?」
答えるひまなく、私の浮遊魔法が消え、海へと落下する。なんとか海面へ浮上するが、先ほどのナイフの箇所が痛み、意識を持っていかれそうになる。さらに、そこに追い討ちの電撃がドルト少年から放たれる。私はそれを受け、身体の制御を失い、海水を大量に飲み込み、意識を失った。
「ターゲットを回収して、帰るよ。」
すると、空に巨大な一つ目が見開いた。
「っ!まずい、黒野に気づかれた。回収は無理だ。とにかく撤退!」
ドルト少年はヒヤヒヤと慌てて、撤退命令を出した。そこにいる全員が撤退したのを確認し、少年も離脱する。
黒野大将は、それらを見届けてから、魔法使いを数人転移させ、結衣を回収させた。
4月9日。
主戦力を損耗した日本国防軍はハワイより撤退を開始した。残る装備等はすべて爆破処理し、できる限りハワイ基地を無力化した。その様子をアメリカ側はただ黙って見ているわけではなく、執拗に空襲を艦隊に対して行っていた。日本側は飛行戦艦3機の助力があったことから、大事には至らなかった。こうして、日本側は、撤退を成功しつつも、敵艦隊を日本本土に近づけてしまう事態になった。
4月11日。
日本へ先急ぐ第一艦隊に悲劇が訪れる。それはアメリカ宇宙軍による大気圏外攻撃だった。その攻撃は、艦隊の近くに直撃し、その衝撃波により、大破する艦艇、そして、死傷者も多数出た。
4月15日。
第四艦隊が第一艦隊のもとへ急行し、援護に入った。しかしながら、翌日に空襲を受け、艦載機や人命を多く失う。
4月18日。
ようやく、艦隊は日本の領海圏へ到達した。その後、度々の空襲があったが、黒野大将の結界により、被害はない。そして、同日、都内では緊急閣僚会議と鳥海首相を入れた参謀会議が行われた。その会議で、日本の窮地を確認し、結衣に対する処置も決定された。
4月20日。
艦隊はついに帰投を完了した。しかしながら、アメリカ宇宙軍及び魔法軍による黒野潰しが始まった。それは、単純なもので結界に攻撃を当て続け、結界を破壊しようとするものだった。そんななか、医務室に隔離され、戦闘以来、目を覚ましていない結衣を地下のどこかへ運ぶ作業が行われていた。運ばれた先で結衣はガッチリと拘束された。なおも眠る結衣に対し、実験が開始された。
衝撃と痛みで目を覚ました結衣は、現状を掴めぬまま、再度痛みに襲われ、泣き叫ぶ。その痛みを繰り返す実験は1週間程続いた。
4月27日。
地上では今まで、黒野大将の結界を破るためにアメリカ側が攻撃を繰り返していた。そして、ついにその結界が壊されたのである。そのまま、アメリカ魔法軍は日本本土へ攻め入った。これを日本の魔法軍が対処に入る。本土魔法防衛戦の始まりである。
5月1日。
地下にて結衣を使った実験が終了した。その実験とは魔法使いを強化し、物のようにコントロールするものである。これは以前に結衣がドイツにて壊滅させた実験だった。それが不幸にも結衣自身によって完成されたのである。完全に心を失った結衣はただ命令に従う兵器と化した。そして、はじめの命令は日本本土にいる敵を殲滅することだった。
結衣が戦力に投入されたことにより、本土防衛戦は激化した。その戦闘能力は敵味方を問わず、恐れられた。無惨に敵を斬り裂き、消し炭にし、怪物同様であった。さらに、誰も結衣の速度についていけず、結衣の視界に入ってしまった敵たちは逃げる隙もなく殺されて行った。そんな脅威の能力で逃げ隠れるものも長くは続かず、3日には本土にいる敵魔法使いたちを殲滅することに成功した。
5月6日。
日本は海軍戦力を再展開し、領域防衛を厳とした。そして、結衣をハワイへ送り込んだ。翌日7日にはハワイが陥落し、結衣はそのままアメリカ本土へ向かった。そして、軍基地をメインに襲撃を続ける。アメリカは、これをきっかけに日本と和平を結ぶことに決めた。
5月15日。
アメリカと日本は、和平を締結した。その中の取り決めとして、ハワイはお互いに放棄し、国連の管轄に移譲すること、そして、両者攻撃をしないことが合意された。さらには、日本にアメリカ軍を駐留することを白紙撤廃し、飛行戦艦の所持を日本が8、アメリカが4という合意を内容とした条約が締結された。そして、別途として、今もなおアメリカで破壊活動を続ける結衣を両者協力して討伐することも確認された。
5月16日。
昨日の取り決めを完遂するため日本から魔法軍の部隊がアメリカへ派遣された。その指揮を執るのは黒野大将であった。日米合同の結衣討伐部隊は、結成後、結衣の行動を確認し、作戦を考えた。アメリカ側の指揮を執るドルトは、結衣を誘い込んで黒野大将の結界で囲い、自身の魔法で結衣の魔力に介入し、隙ができたところを他多数で攻撃を加えることを提案した。黒野大将はその線で話を進め、残る問題の対処についても議論が続いた。




