切通蛍 中編
翌日。つとめて平静をよそおい司彩にこの微妙な空気感を悟らせないようにしながら日中を過ごす。
なお蛍は欠席している。本人は学校に来たかったらしいが、親バカな武蔵先生が大事をとって休んだ方がいいと勝手に学校に連絡を入れたそうだ。
これに怒り心頭した蛍が武蔵先生に冷たくしたせいで今日の稽古は休みになった。冗談のような話だが、1年に1、2回くらいこういうことがあるため門下生も慣れっこになっている。
それなのになぜ俺が学校終わりに道場に向かっているのかというと、蛍に自主稽古の誘いを受けたからだ。昨日言ってたようにお互いの型のチェックもしたかったし、大会の録画映像も見たかったし、蛍が誘わなかったら俺の方から声をかけていただろう。
道場に着いたが、すでに着替えて刀を振っていた蛍しかいなかった。わざわざ稽古休みの日にまで自主稽古しようと考える門下生はいなかったようだ。
「おおミナト、待っていたぞ」
「体調はどうだ?」
「このとおり問題ない。心配かけたな」
「よかったよかった。じゃあ着替えてくるわ~」
「うむ。着替えたらすぐ稽古をはじめよう」
そう告げたつぎの瞬間にはもう自主稽古に戻っていた。さすがだな。俺も遅れをとるわけにはいかない。
急いで着替えてしばらく型の確認をして身体を慣らしたのち、蛍とお互いの型の気になったところを指摘し合う。
人に見てもらわないと気づけない部分も多い。道場に2人きりというのもあって集中できたし、有意義な時間を過ごせた。
1時間半ぶっつづけで稽古したため、刀を置いてしばしの休憩にはいる。
あらかたチェックし終わったし、休憩後は大会の録画映像鑑賞会かな。
密かに楽しみにしながら水分補給をし、蛍が座っていた道場のすみに腰を降ろす。
「お互い良い感じだな。この調子なら無事に二段にあがれるだろう」
汗をふきながらスポーツドリンクを飲んでいた蛍がそう言った。ナチュラルブラウンの髪がなめらかな肌にぴったりとはりついている。
「だな。前回の稽古で武蔵先生にお墨付きもらってるし大丈夫だろ」
「だといいんだが。しかし娘ながら父上にはあきれてものも言えないな。父上の代わりに私が謝ろう。すまない。今日の稽古を休みにしてしまって」
蛍は武蔵先生に憤慨しながら、律儀にも正座をして頭を下げた。
「やめてくれよ。全然気にしてないから。それにこうやって蛍と2人で稽古するのも楽しいし、ためになる。自主稽古に誘ってくれてありがとうな」
「そう言ってもらえると助かる。以後このようなことがないよう父上にはキツく言っておくから」
そんなことしたら余計スネるんじゃ、と思ったが、そういえば昔から武蔵先生は蛍に頭が上がらないしどんどん叱ってもらえばいいかと思い直した。門下生想いだし教えかた上手いし良い先生なんだけど蛍のこと愛しすぎてるのがタマに傷なんだよな。
「それはそうと、この休憩のあとに大会の録画映像見るんだよな? あのときは頭の中まっしろだったから自分がどう演武してたのか気になって気になって。あと、あのときの蛍の演武を見れると思うとワクワクするな」
俺が早口でそうまくしたてると、蛍はバツが悪そうに目をそらした。
「そのことなんだが……申し訳ない。録画映像など本当はないのだ」
「え、それってどういう」
「ミナト、こっちだ!」
俺が驚いて聞き返すと、蛍は突然立ち上がり、俺の腕をつかんで近くの倉庫にひっぱりこんだ。
ドアがバタンと閉められ、壁に押しつけられる。
「おい蛍、急にどうしたんだ!」
「シッ、静かに! 父上がくる!」
切羽詰まった様子の蛍に、俺も口をとじるしかない。
しばらくして、武蔵先生の声が道場の方から聞こえてきた。
「蛍! 今日は自主稽古はやめておけとあれほど……あれ、おらんじゃないか。確かに気配がしたのだが、気のせいか。蛍~、どこにいるんじゃー!」
大きな足音を響かせながら去っていく武蔵先生。気配を察せられるとはさすがである。蛍も先生が来る前に察してたしなんなんだこの親子は。って関心している場合じゃない!
「蛍、武蔵先生も行ったことだしそろそろ」
「いや、また戻ってくる可能性が高い。しばらくこのまま隠れてよう。ミナトが来ていることが知られたら危ない。主にミナトの身が」
「確かに」
あれだけ娘想いなんだ。無断で2人だけで稽古していたと知られたらタダではすまないだろう。
ほこりっぽい密室の中、密着する俺と蛍。
倉庫の中は物が多く、2人分のスペースを確保するのが精一杯のため、その、蛍の胸が思いっ切り押しつけられている。さらにさっきまで身体を動かしていたため女の子特有の匂い、というか蛍の匂いがモロに嗅覚を刺激して心臓がやけにうるさくなる。
5分くらいそうしていただろうか。不意に蛍が口を開いた。
「さっきの話の続き、してもいいだろうか?」
「お、おう」
この状態だと話が頭に入ってこない可能性があるため集中して聞かなければ。
「今一度言う。録画映像などない。私はウソをついた。期待させてしまい、本当に申し訳ない」
「なんたってそんなウソを?」
「ミナトと話したいことがあったのだ。だが勇気が出ず、ついつまらないウソをついてしまった」
「話したいことってなんだ?」
「それを話す前に、もう1つ、私がついたウソを謝らせてほしい」
もう1つ? なんだろう。心当たりがまったくない。
「私が風見鶏高校から長名高校に転校してきた理由についてだ。家計が厳しいから転校した、と言ったが、本当の理由は違う。私が自分で両親に頼み込んだのだ。長名高校に転校させてほしい、と。説得までに時間がかかって手続きが遅れたせいで新学期初日に間に合わなかった」
「自分からってどういうことだ? 何か長名高校に転校したい理由があったとか?」
「そ、そうだ。私には転校したい理由があった」
蛍がゴクリ、とつばを飲み込むのがわかった。




