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浮海彼方 前編

 朝、びっくりするぐらい自然に目が覚めた。寝起きだというのに意識が冴えわたっている。俺にとってこれはよく眠れていない証拠だが、逆にありがたかった。寝坊でもしようものならまごめに起こされてしまうから。

 昨日の夜、俺は決めた。これからはまごめに起こされる前に自分から起きようって。

 身体を起こそうとしたとき、何か違和感を感じた。具体的には左右の腕に。

 見やるとそれぞれがっつりホールドされていた。左右で寝ていたカナとまごめによって。


「!」


 声にならない悲鳴をあげる。何の冗談だこれはいったい何がどうしてこうなった。


「ん~、にいちゃんおはよー。早起きなんて珍しいね」

「ふあ~、みーくんもう起きたの? じゃあわたしも起きて朝ご飯つくらなきゃ~」

「おまえらなんで俺のベッドで寝てるんだ!」

「「昔のクセでつい」」

「つい、ですませていい問題じゃねええええ!」


 寝起きの2人にどうしてこうなったのか聞いてみると、どうやら昨日話し疲れて寝オチし、気づいたらこうなっていたらしい。

 あきれると同時に昔のことを思い出した。ここ数年めっきり泊まりにこなくなったが、カナは小さいころそれはもうよくうちに泊まりにきていた。そのとき俺たちはきまって川の字で寝てたんだ。

 朝からこんなことがあったせいで、いや、おかげで昨日のことを意識しすぎずにすんだ。

 カナとまごめも特に変わった様子はない。まごめが何を話したかはわからないが、カナはもう知っているのだろうか。昨日何があったのかを。

 直接聞けるわけもないので、つとめて普段通りにふるまう。

 2人とも若干表情が固い気がしなくもないが、なんとか問題なく登校することができた。


 教室に入ると、すでに山谷、蛍、司彩が席についていた。それを見て少し安心してしまう自分がいる。それだけ緊張してたってことかな。

 2時間目の日本史の授業中も集中できないまま、ぼーっと目の前の蛍を眺める。最近色々ありすぎて授業に集中できないことが多いな。

 昨日から色々考えすぎている反動か、つい出来心で目の前のポニーテールをつかんでしまった。


「ひゃっ!?」

「ん、どうした切通。何か質問か?」


 蛍の奇声を聞いた先生が授業を一旦止める。


「い、いえ。なんでもないです。申し訳ありません」

「そうか。ならいいんだが」


 さわさわ。さわさわ。うーん、なんという触り心地。クセになりそうだ。


「おいミナト! キサマ何をしておるのだ!」


 赤くなった顔を半分だけ振り返らせながら小声でそう言ってくる。


「馬のしっぽの触り心地をチェックしてるだけだ」

「ふざけたことをぬかすな! 触られているこっちの身にもなれ! なんというか、その、すごくこそばゆいのだぞ!」

「まあまあ、まあまあ」

「はぐらかすな! いいかげんにしないと、ひ、ひぅ!」

「タカト、そこまでだ」

「あふん」


 後ろから司彩のモンゴリアンチョップをくらいあえなく撃沈。調子に乗りすぎてしまった。

 そのまま机に突っ伏しながら、ふと左側を向く。

 カナが片頬をつき、空を眺めていた。

 夏らしい澄み切った青空。わたがしみたいな真っ白い雲。窓から吹き込んでくる風がカナの肩ほどの長さの髪をそよそよと揺らしている。

こちらからは見えないが、だいたいどんな表情をしているかわかる。カナは悩み事があるときや大事な行事の前、何十分も空を眺めるクセがあるのだ。

 机、イス、頬杖をついて青空を見つめるカナと、窓。まるで1枚の絵画のようで、俺も思わず同じように片頬をついてその光景に見入ってしまう。

 先生が念仏のごとく唱える年号をBGMにしてしばらくそうして見ていると、眠気がやってきた。

 うとうとしはじめたとき、カナがゆっくりと形の良い頭を動かし、こちらを振り返る。

 一瞬で眠気が吹き飛んでしまうほど透き通った瞳が俺をとらえる。表情からは何も読みとることができない。


 そこではじめて気づく。カナは俺の前ではほとんど笑顔しか見せたことがなかったんだ。今みたいな無表情に近いものを見たのははじめてかもしれない。

 みーくん、お昼休みになったら、屋上にきて。

 ほとんど無音だったが、唇の動きから、そう聞き取ることができた。

 カナはふたたび頬をつき、空を眺める。

 俺は、今度は目の焦点をカナではなく空へ向ける。

 俺もカナも授業終了のチャイムまで、吸い込まれそうになるほど青い、青い空に目を奪われ続けた。 

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