蛍とカナと大会 その2
そして、大会当日。
他の門下生とともに電車に乗り、県の武道場を目指す。
頭の中で今日大会で使用する型をおさらいしながら流れゆく風景を眺める。
蛍はといえば、のんきに俺の肩に頭をのせながら幸せそうな顔で寝こけている。うらやましいやつだ。緊張なんてほとんどしていないのだろう。俺なんて緊張のあまり手がふるえそうだ。
過度な緊張は演武に支障をきたすからよくないのだが、してしまうものはしてしまう。
緊張をほぐそうとカナあたりにメールを送ってみようとしたが、やめた。カナやまごめ、司彩にも今日大会があることを知らせていない。というか、これまでもあいつらには俺が演武しているところを見せたことはない。理由は単純に気恥ずかしいから。
イメージトレーニング等もしていたら30分という時間はあっという間に過ぎ去り、他道場の人たちと協力して設営を手伝ったりなんかをしてたら、もう開会式の時間になってしまった。
開会の言葉、役員挨拶、国歌斉唱、注意事項の説明ののち、初段の試合がはじまる。
試合は2人1組で行われる。どちらかが勝ち抜く、という方式ではなく、その段の参加者全員の演武を見て点数をつけるため、誰と一緒に演武するかはあまり関係がない。
蛍の名字は『きりとおり』のため、俺より先に演武を行う。
俺は蛍の演武を見ようか見まいか迷っていた。
見たら、きっと。
でも、結局見ることにした
しゃんとした背筋。静かな殺気のようなものをまとった真剣な表情。居合道をしているときの蛍は別人のようだ。
試合をはじめる前に全員で武神に拝礼をし、その後ペアの人と向き合い刀礼、刀に礼をして腰にさす。
武道場の中に引き締まった空気が流れる。ついに試合がはじまるのだ。
「指定技1本目、位置について、よーい、はじめ!」
指定の技1本に、自流の技4本の、計5本。
息をするのも忘れるほど、見入ってしまった。
流水のような刀の軌跡に目が釘付けになる。殺気をまとった振りに、自分が斬られているかのような錯覚に陥る。
気・剣・体の一致、残心。絶妙なスピードの納刀にはなまめかしさすら感じる。
蛍の演武が終了してから、しばらく放心してしまった。
「ミナト、次、お前の番だぞ」
蛍に声をかけられ、ようやく我にかえる。
「ああ。んじゃ、ちょっくら行ってくる」
「うむ。健闘を祈る」
シンプルにそれだけを言い、ポンと肩を軽いて観覧席に戻る蛍。
切り替えなければ。俺だってこの日のために努力を重ねてきたんだ。
愛用している模擬刀を握る手に力を込め、武道場の中心へ向かう。
正直、演武中の記憶があまりない。ただ無心で刀を振るった。雑念の入り込む隙などないほどに集中できてたんだと思う。
「切通剣士、高村剣士、集合してください。同点決勝を行います」
同点決勝。まったく同じ点数をつけられた際に行われる臨時の試合。審査員が5人いるためそうそう同じ点数になることはなく、非常に稀な事態だ。
まさか俺と蛍が同じ点数だなんて。やっと、やっと追いつくことができた。
あとは、追い越すだけ。
同点決勝は指定技1本だけで勝負が決まる。そのたった1本だけで審査員は見極めるのだ。
蛍と肩を並べて審査員の元へ。
ここまで来たら、勝ちたい。
その思いがアダとなったのか。
「優勝、切通蛍」
2位の銀メダルを首に下げながら、表彰される蛍をぼーっと眺める。
負けた。最後の最後で、緊張か、勝利への執着のせいか、ピタリと静止するべき切っ先が、震えてしまった。
武蔵先生はいつも武道、居合道は己との戦いだ。他人と比べるものではないと語っている。だけど、悔しい、という感情はどうすることもできない。
武蔵先生は1位2位を自分の道場の門下生がとったということでご満悦だ。大会の終わりに切通道場の全員で写真をとったが、蛍の隣に写っている俺はきっと晴れない表情をしていたことだろう。
蛍も、普段と違う雰囲気に気づいたのか、同点決勝のあとから声をかけてくることはなかった。正直、ありがたかった。
帰り道、他の門下生からの祝福の言葉にも愛想笑いでしか返すことができず、その他の時間は行きと同じく車窓から景色を眺めるだけ。周りが全員眠っているなか、俺だけが1人人形のように窓際の席に座っているだけだった。




