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ある日の昼休み その2

「おわっ!」


 なんと、司彩の、制服を押し返すほど豊かな胸を、がっつりつかんでしまっていた。

 驚きのあまり意識せずひともみしてしまう。やあらかい。やあらかいよマシュマロみたいだよ。


「んっ……」


 普段の司彩らしからぬ色っぽい声にさらに驚き、今度こそ手を離す。


「す、すまん司彩! 二重の意味で!」

「……いや、いいんだ。ボクも悪かった。だから、気にしないでくれ」


 司彩は床にぺたんと女の子座りをしながら胸をかかえるように押さえ、そっぽを向きながらそう返した。

 その様子を見てハッと気づく。そうだよ、いつも男友達みたいに接してきたけど、こいつもれっきとした女の子なんだ。実感できたのはこれがはじめてかもしれない。

 それから謝り倒し、俺も司彩も落ち着きをとり戻し普段の雰囲気、空気に戻ったところで、俺は後ろを振り向く。

 そこには予想通り、風神と雷神が並び立っていた。言うまでもなくカナとまごめである。

 今回ばかりは俺が悪い。甘んじて受け入れよう。

 のちに蛍から聞いた話だと、手を広げながら穏やかな表情でカナとまごめの制裁を受けていた俺はさながら聖人のようであったそうだ。

 蛍は居眠りをしていて、起きたとたんその光景が目に入ってきたそうだから相当ショッキングだったのだろう。まだおびえてしまっている。なんでボコボコにされてたのかと聞かれたので素直に理由を話したら手刀をいれられました。


 ひと段落したところでやっとお昼ご飯の時間だ。

 左後ろから非難の視線がつきささる。本当申し訳ない山谷よ。お前が行きたがっていた声優さんのイベントついてってやるから許しておくれ。

 結局カナ、まごめ、蛍、司彩、そして俺の5人で机をくっつけて弁当を食べることになった。

 何事もなかったかのように和やかな空気が流れている。君たち切り替えが早すぎるでしょう。

 司彩のことはいいとして、俺はさきほどの、なぜカナやまごめが俺と一緒に昼ご飯を食べたがるのかの話のくだりを思い出していた。


 まごめと俺が1日でも早く本当の家族になれるように、か。

 あれはあながちウソじゃないのかもしれない。

 俺の父親とまごめの母親が再婚してはや3年。俺とまごめは幼稚園のときから仲が良かったからまごめの母親と面識があったし、他の再婚家庭よりはすんなり受け入れられたと思う。

 それでも、最初はやはり大変だった。俺はもともとまごめのことは妹みたいに思ってたが(誕生日の関係で歳がほぼ1つ離れていたため)、まごめはそうじゃなかったらしい。

 再婚して1年間ぐらいは、以前と同じように接してはくれなかった。そっけなくなったし、会話も再婚前と比べてめっきり減った。その期間はカナに迷惑をかけてしまった。

 1年たってやっと『にいちゃん』と呼んでくれるようになってからは会話も増えて再婚前と同じくらい、いやそれ以上に親しい関係になれたような気がする。

 さっきの会話みたいに、カナやまごめがそのことを気軽に話せるようになったのは乗り越えた証だ。あの頃は大変だったな。今元通り以上の関係になれてよかった。


 おっと、ちょいと浸りすぎてしまった。このメンツでのお昼ご飯で気を抜くことは死を意味する。いつ何がどう発展してカナやかごめが修羅になるかわからないからな。

 今日もカナが作ってくれた弁当を食べながら、校内放送の時間を待つ。

 お昼ご飯の時間に流れる校内放送は俺の密かな楽しみだ。放送部員による軽快なトークや数々の企画。その中でも特に興味深いのが『アナタに伝えたい! ほとばしるこの想いを!』のコーナーである。

 どうしても誰かに伝えたいことがある生徒を募集し、校内放送で熱く伝えてもらうというシンプルな企画だ。

 定期的にあるのは○○ちゃん好きだ~、××くん付き合って~というパターン。告白が成功にしろあっさり振られるにしろ翌日から数日間は話題に困らない。といっても俺は2次元の住人なのでこのテの話にさほど興味はない。

 俺が待っているのは同志。そう、2次元の嫁に対する愛を叫ぶ者たちだ。これまでに数人いたが俺の好みと一致せず、接触するまでいたらなかった。誰かいないだろうか。俺と同じく幼なじみ属性など言語道断、突然現れるヒロイン至上主義のやつは。


「む、ミナト、そわそわしているようだが、どうかしたか?」


 まさにザ・和食といった風の豪華なお弁当をつまみながら蛍がそう聞いてきた。ちなみにこの豪華なお弁当は俺もお世話になっている切通道場の道場主、蛍の父である武蔵先生が作っている。蛍ちゃんのお弁当はいつもワシが作ってるんだ~っていっつも言ってるから把握済みだ。


「にいちゃんは長名高校名物の校内放送を楽しみにしてるんだよ。ここの放送部は全国アナウンス大会で毎年決勝に進んでいる強豪で、たまに他校が聞きにくるくらい有名なんだー」


 俺が答えようとしたが、先にまごめに話されてしまった。


「ふむ、そうだったのか。私も楽しみになってきたぞ。まだはじまらないのか?」

「あと数分ではじまるんじゃないかな」


 その言葉通り、5分後くらいに教室の右上にあるスピーカーから放送がはじまる合図、わずかなノイズが聞こえてきた。

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