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「そこに居たはず」






「なーな、ミッキー」


 その名で呼ぶな。僕が呼ばれたくないニックネームNo.1でいつも呼んでくる女子学生。初めのうちは呼ばれることに抵抗があったがもう慣れた。首だけで振り返る。


「あんな、ミッキーって最近卒論でお寺とか行っとるんやろ?」


 うんうんと首だけで返事する。




「……でな」



 なんだ、今の溜め。ちょっとヤな予感がする。


「これ……やけど」


 椅子を引いて身体ごと彼女に向き直る。僕に一枚の紙切れを手渡してきた。

……はいはい。仲がよろしいことで。

 そこには彼女の肩に腕を回し、その回された腕に手を添え、満面の笑顔を見せる二人が写っていた。


「現像が終わった写真を高志に渡せばいいの?」

「や、よーく見やぁ……」


 とぼけてみたが彼女は意外と真剣そうで若干青ざめて見える。僕が最近寺院によく行っていると聞いてやってきた。きっと持ってきたのは心霊写真だろう。今現在一般的に見て気味の悪い仕事を兼務している僕だって、心霊写真や心霊ビデオの類は気味が悪いと感じている。むしろ、以前の方が平気だった。だが今ではそれらのすべてをトリックだと断じれなくなってしまった。この世には、向こうに行けない魂が実際に存在しているのだから。

 正直あんまり関わりたくないけれど、そうも言えない状況だ。その写真をよくよく見る。……特に何か写っているわけではないような気がする。でもこの違和感は……


「二人以外写ってないけど?」

「そうなんよ……。よーく左端の方見てみぃ」


 言われたところをじっくり見る。……風景が歪に白く抜けている。見様によっては、人影……?


「現像ミス? それとも指が入ったの?」


 あえて自分の直感に触れないように話を聞く。



「そこな、人が写っとったんよ……」


 ですよね。


「あたしらの他にも人がったから写っとっても別に疑問に思わんかったんやけど……」

「OK、把握した。その話聞くとさすがに気味悪いなぁ。今日これから行くところで頼んでみるよ」

「やった! で、あんま言わんどいてな。このテの話気にするみたいやし……」


 それも把握している。あいつ高校の時から怪談話の類をしていると止めようとするし、その場から自然といなくなってたんだよな。苦手なのかな。そういう話をしている場には集まってくるって言うし。

 ちょっと気味の悪い写真を手近な封筒に収めて鞄の中へしまい込む。


「お礼はまた今度な。それじゃあお願~い」


 用事が済んだらそそくさと出て行ってしまった。そろそろ僕の方も時間だ。さて、と掛け声をかけて椅子から立ち上がり、荷物をまとめ始めるとまたゼミ室の扉が開いた。そこに居たのはさっきの子。


「終わったら電話してな。メールは気付かんかもしれんで。な?」


 扉から半身乗り出すような感じで顔を出し、小首をかしげるように頼み込む。そしてまた用件が済んだら扉の陰にひょいっと引っ込んでしまって、そのまま扉も閉められた。人懐っこい感じで結構可愛い容姿の彼女。普段の行動も含めていわゆる萌え系だ。キモヲタ系だけじゃなく男なら大抵がちやほやしそうな感じ。……狙ってるのか? 僕が高志に怒られるよ。


 いつものように荷物をまとめた鞄を持って、僕もゼミ室を後にした。今日行くお寺はちょっと遠くにある。電車とバスを乗り継いで行くし、それぞれの待ち時間も合わせたら多分帰ってこれるのは夕方の遅い頃合い。今日はこのままゼミ室に戻らず直帰にしよう。






……




「YOU、どっちだい?」


 本来降りるつもりの無いバス停で下車。約束の時間に遅れてしまう。……でも仕方ない。連絡を入れておこう。しかも次のバスを待つよりも歩いた方が早く着きそうだ。


「今来た道をそのまま戻れ。まだ何も起きていない」


 言われたようにバスが去っていくのとは反対の方へ足を運ぶ。外に出るようになった、ということは仕事をする機会が増えると言うことに等しい。

 何の気なしにバスのサイドミラーに目をやったおかげで見つけた。老婆だった。……と思う。徒歩だとしても多分十分に追いつく。


「YOU……か。俺に呼び名をつけた者はお前が初めてだ、裕也。……もとより入れ替わる以前の死神のことを知っている者など居はしないのだがな」

「そっか、寂しいもんだ、死神って」

「そんな感情とは無縁だ。しかしどれほど前からだったかな、お前が俺のことをYOUと呼び出したのは……」

「迷惑かい?」

「……悪い気はせぬ」


 ここは山の中腹辺り。車通りも多くない。意外とセミの声が少なく、思ったよりも静かだった。なぜかYOUとの会話が弾む。こんなことは初めてだ。そもそもYOUから仕事の内容以外で話かけてくることなんて無かった。少し嬉しい。


 だけど、ふとこの前の思考が脳裏をよぎる。


「……なあYOU。寂しくないとしても、苦しいって思うことはないのか?」


 ストレート過ぎないように尋ねる。あわよくば僕の欲しい回答が得られるように。YOUはかなり頭がいい。僕の愚策なんて見透かされるに決まっている。下手に回りくどく、核心にだんだん近づくような聞き方はしない。断られたなら、その話をするつもりはない、と言う事だ。臨時の代理が知るようなことではないと言うのなら、それに従うしかない。僕が未来永劫死神を続けることなんて出来ないんだから。


「苦しい? 何がだ? もどかしいことならいくらでもあるぞ。お前が思うように仕事をできないことを中心としてな」

「いや、手元にレクイエムがないこととか、僕の体と交換してその副作用が出てるとか……」

「む…… レクイエムを直接俺が管理できないことは不安だが、特に身体や魂に支障が出るようなことはないぞ」


……そうですか。いろいろ考えてた僕がバカでした。それじゃあ、「俺をも救え」と言うのは一体どう言う意味なのだろう。


「……いずれ思い出す。レクイエムが何なのか、それを考えれば自然と行き着く。死神の思想に繋がる。それが分かれば、俺の言葉も分かるだろう」


 あくまで答えは得られない。あの少女の時のような後悔をしたくないから、少しでもヒントが欲しいんだ。僕がその答えに行きつかなかった時、しなくてもいい、させなくてもいい憂いを作ってしまう。そうしたくないから……


「今は考え、思い出す時だ。自らたどり着かずこの先続けるならば、お前の精神はいずれ蝕まれ人として居られなくなるかもしれぬ。それはしたくない。お前の『律』を曲げたのはその為ではないのだからな。お前を俺の手に負えぬモノにするわけにはいかぬ」

「え? それってどう言う……」


 僕のすぐ脇をスクーターが一台通っていった音にはっとする。意外と歩道からはみ出して歩いていた。慌てて道路脇の白線の内側に戻る。数十秒くらいしてトラックが一台、乗用車がそれに続いて二台通っていった。

 夏の日差しは青々とした木々の葉に遮られ、風は涼やか。思い出したかのように賑やかになってきた虫の声を伴奏に、木漏れ日がアスファルトの上を踊る。のどかなものだ。そんな中で軽く響くエンジンの音が小気味いい。軽い催眠状態のようになってもおかしくない。

 平静を取り戻して再びYOUに問いかけようとした、まさにその時。



「あうっ! …… だ、誰か! 待っ がギっ!」


 同時にどむっと、やわらかい物が固い物にぶつけられた時のような音が鈍く……

 さらに続いて響く急ブレーキの音。

……少し急ごう。聞きたいことは後にして、僕は駆け出した。










「おい! なに真ん中で止まってんだよ!」


 山道だと言うのに街中のようにクラクションが響いている。さっきまでの長閑のどかさがぶち壊しだ。ゆるいカーブを抜けるとさっき通過した2台の乗用車が道のど真ん中で止まっているトラックの後ろで立ち往生していた。トラックの運転手は降りていないようだ。そのまま走ってトラックの前に出る。

……何も無い。あの声の感じだと多分おばあさんがはねられたはず。道路を見渡すと黄色と白の花束が転がっている。菊のようだ。お墓参りに行く途中だったのだろう。


 トラックの下を覗き込むが、居ない。この道路のカーブの外側は林だが、急な坂になっている。もしかして……

 ガードレールを乗り越えてその林に足を踏み入れる。一本の木に手をかけて下を見下ろす。




……居た。


 一部が白い、人間くらいのサイズのものが見える。動かない。おそらく……

 結構急な坂だ。自分も転がり落ちてしまいかねない。慎重に木々を伝って下に行く。


「お、おい、大丈夫か!」


 声に反応して道路の方を見上げてみる。白いランニングシャツに角刈りの頭、深緑色の作業用ズボンの男がすこし裏返ったような感じの声をかける。多分トラックの運転手だ。そわそわと落ち着かない様子で、片足だけ乗り越えたガードレールを右手で掴み、左手は何もない宙をかいている。あと一歩でパニック寸前な感じだ。やっとのことで車から降りてきたのだろう。

 

 彼のかけた大丈夫か、という言葉。当然それは僕に対してではない。


 時間がかかったが、やっとのことでたどり着いた。その姿は血みどろではなかったが、何かおかしい。


 膝が地面の方を向いているのに、首が空のほうを向いている。

 そして肘が逆に曲がって、折れた骨が突き破って出ている。

 血は骨が裂いた所からしか出ていなかったが、すでに止まっている。じわっと垂れているが、そのしずくはすべて山が飲み込んでいった。



「ダメです……。救急車、警察を呼んでください」


 上に戻り、そう報告する。呆然とするトラックの運転手。そのままへたりこんでしまった。取っ組み合いになったらかなり強そうなその体つきからは想像できない。他の車の運転手がケータイを手にした。

 僕は再び下に行く。誰も覗き込んでこない。今のうちに済ませ、立ち去ろう。多分この事件、ローカルのニュースになる。細かいことはそのニュースで知ればいい。








……



 立ち去る前、もう一度トラックの運転手に目を向ける。未だ立ち上がれない様子だ。ぶつぶつと呟いている。よくよく集中して聴き取った。


「そんな…… ち、違うんだ…… 前のスクーターが…… カバンをひったくられて転んだばーさんが道に出てきて…… よけ よけら、避けられなくて……」



……


 殺すつもりなんて無かった、ただの事故。あなたは悪くない。

 だが、覚悟も無いのに奪ってしまった。それが永遠に苦しめる。


 殺されるのも、殺すのも……

 決して背負いきれるようなものではない。





 やっぱり怖い。できることなら関わりたくない。


 だけど、もう逃げない。





 もし見つけたら責務を果たす。僕が役目を終えるまではこの覚悟を貫くんだ。

 






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