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「懺悔」





「うお!? 何だお前その足! 救急車だろ!」


 高志に原付を返しに行ったら、そのまま救急車で病院送りにされた。左足だけ赤いジーンズの上から、ずぶぬれになった上着を引き裂いて作った布切れで思いっきり縛ってある姿は当然異常だ。友人の高志でなくても誰もが同じことをしただろう。

 なじみのある病院で奥まで泥が入っている傷を診てもらった。たまたま宿直だったなじみのある医師に何が刺さったんだと聞かれた。


 いやちょっと、と答えるしかない。



 誰も信じない。泥で出来た檻の中で、泥でできた針に串刺しにされたなんて言っても、誰一人として信じるわけが無い。



 本当ならこれだけたくさんの汚染された傷を治療するには、硬膜外麻酔とか言う脊髄に麻酔をかけて痛覚を取り払った上でやらないといけないのだそうだが、入院しないといけないと言われた。脊髄に麻酔をかけるのだから、意識はあるが薬が切れるまで足腰もふらついて立たなくなるとのこと。半日はベッドの上になる。とんでもない! これからやらないといけないのに!

……と言うことで痛みが取りきれないかも、と言われたが即日退院できる局所麻酔を選んだ。事前に痛み止めの注射をされて、さらに傷の周りにも薬を垂らされる。表面を消毒されている時は全然感じなかったから、薬スゲーと思っていたが、奥の方はすんごい痛かった。


 先生、待って! やっぱりもうちょっと麻酔!


……とも言えず、無くなりかけの根性を振り絞る。

 丁寧に傷の奥まで洗浄してもらい、また注射を打たれ、包帯を巻かれ、薬をもらって時間外診察、処置の会計を済ませる。……財布だとかの持ち物は全部ゼミにおいて行ってたから、会計は高志に立て替えてもらった。金がないのに、とぼやかれた。ホントにすみません。保険証は今月すでに提示済みだから、保険適用分は下がっているので勘弁してください。


 松葉杖をついて、明け方ようやくゼミに戻ることができた。ずぶぬれになってたし、引き裂いてボロ切れになってしまったから高志のスウェットを借りている。僕の方が身長があるのでちょっと小さいが気にしたら負けかな、と思っている。ケータイを持っていかなくて正解だった。これからも気をつけよう。しかしこれだけ疲れる思いをして、またこの上さらにやらないといけないのか…。はっきり言って辛い。でも、途中経過報告できるまでならあとちょっとだ。がんばらないと…

 そんな最後のやる気とは裏腹に、病院にて使い果たされた根性と極度にまで疲労した心身は無情に僕の意識を奪い、気がついた時はもう日が高くなっていた。再び血の気が引く。冷や汗をかきながらのスパートだ。


……だからどうしてこう言う時に限って、あんなとてつもなく厄介なものを相手にしなきゃいけないんだ!




「お前が見つけてすぐに行かなかったからだろう……」



 呆れ果てたYOUの声が聞こえたような気がする。

 あーもう、どうとでも言ってください。とりあえず死力を尽くし締め切りに間に合わせ、ふらふらのまま先生のところへ行く。

 ざっと目を通され、ふむふむと頷かれる。いいんじゃないか、との第一印象。詳細は次の週末までに見ておくと言われた。長い長い戦いに幕を引き、やはりふらふらのまま帰途に着く。父も母も居たのだが帰宅の挨拶もそこそこに、自室に戻ってベッドの上に突っ伏した。二人とも僕の服が変わってたのに何も言わなかったなぁ、何てことを考えていたが、極限に至った疲労はそのまま簡単に意識を向こうの世界に持っていく。








……




 目を覚ましたのは次の日の早朝だった。全身がギシギシ言っている。爽快な目覚めからは程遠い。

 母は夕飯の時にも起こさなかったようだ。大変助かります。多分起きても何も食べたくなかっただろう。それより寝たかったし。家族で母の作ってくれた朝ご飯を食べていた時、朝のニュースが耳に入る。


……この近辺の女子学生が行方不明になっている事件。

 顔写真と名前が出ていたみたいだが、僕がテレビに視線を移した次の瞬間には消えてしまい、読めなかった。


……いくらなんでもそこまでニュースは早くないだろう、と思いながらもやはり気になる。


 ひょっとしてあの子の事じゃないのか、と。




「……このあたりも物騒になったわね。裕ちゃん、あなたも気をつけるのよ」

「何言ってる。どっちかっていうと、裕也が何か事件を起こす側だろう?」

「なんだそれ! お母さんもなんで笑ってるんだよ!」


……たわいもない家族のコミュニケーション。当たり前にできていることって、本当に幸せなことなんだな……。






 朝食を食べた後自分の部屋に戻って、再び転がった。


「……ふ~」


 久しぶりに休めているような気がする。体を預けなれたベッドに横になって、文字通りごろごろしているとYOUの説教が始まった。


……反論の仕様がない。


 確かに僕にとっては重要で、優先したいことだった。

 だけどそのことが呼び込んだ現実。


 そしてそれが僕の力では解決することが出来ないほどのものとなっていること。

 何を優先することが真に重要であるかの見極めができていない者の無責任な行動の結果が何を意味するのか。



 実体験したから痛いほどわかる。と言うか、本当に痛い。



 一通り僕が真摯に警告を聞いた後だった。


「……あれはブレイズと言う。シェイドの亜種だが、極めて稀な存在だ」


 ある程度想像していた。ブレイズもシェイドと基本的には同じで、目覚めた時に分散させていた力を凝集させることで爆発的に強くなる。だがブレイズにおいてはそれだけではなく、その際影響下にある自然現象の力をも自身に集め、それを己の武器、鎧として自身の強化を行う。

 彼女は水の流動性と莫大な質量を自分の力として扱っていた。だがまだ目覚めたばかりだったので、操れたのはそのような単純な力だけらしい。このまま時間が経てば、次第に複雑な現象も自在に操れるようになる可能性があると言う。



……いわば、ブレイズとは僕たち日本人の感覚で言う、神。


 ただし恵みを与えるのではない。常に荒ぶる、畏れの対象。

 崇りそのもの、とでも言うのだろうか。


 死神と言えど退かねばならないほど強力なこともあると言う。


 だがそうなる魂は、シェイドよりもさらにずっと少ない。死者がシェイドになるかブレイズになるかは正直なところわからない。彼女のように性質が極端から極端に移行し、そして変性して影響を及ぼすようになった時にその魂が存在していた環境によって分岐している可能性が強いというが、個体数があまりに少ないため、仮説の段階を抜けることはないだろう。

 特徴的なのはブレイズとなる魂の変性は著しく早いということ。なぜかは分からない。ただ今回の彼女はその中でも特に早く、あれほどの速度で起こったのは例を見なかったという。

 そして一番気をつけなくてはいけないのは、ブレイズは移動が可能であると言うことだった。シェイドは自身がシェイドとなった場所、その思いを縛り付けているものから離れることは出来ない。だが目覚めたブレイズはその場を離れ、自分の属性と同じ場所にならば定着が可能。遭遇した時に導かなくては、二度と行方を掴むことができないかもしれない。


「ゆえに、ブレイズに関しては我らも必死だ。非業の者を残さぬためにな」



 今回は特別だった。僕と、あまりに不完全なレクイエムの力ではどう足掻こうが不可能で、逃げ出すしかなかった。

……つまり、今度あの用水池に行ったとしてもあの娘が居るとは限らない。





 夕方。気になった僕は父に車を借りて、二日前に彼女を発見した用水池に向かった。曜日感覚が崩れているから、本当に二日前なのかわからない。もっと前のような気もする。

 到着した時、丁度日が沈んでいい具合に暗くなっていた。林に入り池を目指す。前来た時に感じた、シェイドの広げている領域特有の感覚が感じられない。


……もう居ないのか?

 いや、そう言えばあの時、まだ池の傍にいたのに領域が解かれたような感じがあった。ひょっとしたらあの娘は領域の展開を自由にできるのかもしれない。今はあえて自分の領域を抑えているのかもしれない。シェイドの領域は自分を守るための物。侵入した者を自動的に攻撃する。


「本当は君もやたらと人を傷つけたくは無いんだろ?」


 あの時の僕の言葉を耳にした彼女はわずかに動揺したようにも見えた。きっと……


 希望的観測を胸に水際にまで近づいて声を上げてみる。

……反応は無い。


 レクイエムを引き抜き水面に映してみる。

……池の水は静かなものだ。



 彼女はレクイエムを本能的に恐れた。レクイエムを見て反応した。それなのに今日は動かない。

 


 思い切ってレクイエムを池の中央めがけて投げつける。

……命がけの賭けだった。勘違いされて攻撃されたら僕は死ぬ。

 レクイエムは小さな波紋を立てて池の底に向かっていった。……飛沫しぶきは上がらなかったけど、波紋は立つんだ。どういう事だろう。ますますレクイエムへの謎が深まる。


 しばらくして池の中に潜り込んでいったレクイエムを呼び戻す。これだけのことをしたのに、姿を見ないどころか領域が展開される感じもない。



「……。 離れたか」


 僕の中で、もうひとつの僕の声が響く。





……



 僕は本当にとんでもないことをしてしまった。

 あの少女を永遠に彷徨さまよわせてしまった。




 どうすれば償えるのだろう。かなりの範囲を感知しているYOUですら何処に行ったのかわからないと言うのだ。僕ではどうすることも……



 届くはずが無い。でもそれしかできない。

 ただひたすらに心の中で謝罪し続けるしか……





















 誓おう。


 もう二度と、僕がわかる範囲で見捨てはしない。





 第四章、終演です。


 本当に恐ろしいのは死者の祟りか、生者の狂気か。


 一人の少女の命を永遠に解かれない環の中に放り込んでしまった裕也君の後悔が、これから一つでも多くの鎖を断ち切る力になることを……


 それではこれからもよろしくお願いいたします。


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