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「僕の都合」




 近頃大分慣れてきた。もちろん、他人事ひとごととはいえ突然人生が終わってしまったことに対しては今だって胸が締め付けられるような気持ちがする。

……さすがにこれに慣れては困る。ただ、その姿を見ることには以前までのような恐怖を感じなくなってきた。

 人としてこれでいいのか、と思わなくもない。でも、誰でも経験することだ。僕が違うのはそれを目の当たりにする回数が普通よりも多くて、しかもその姿が普通は目にしないような酷いものだということ。ゲームで言えばレアな敵を見つけて倒して、経験値をいっぱい稼いでレベル上げをしているような感覚に近い。

 

 基本的に僕がすることは、自殺、他殺、事故死による、遺恨の深い魂を見つけて救っていくこと。見つけ方は相変わらず鏡に映っているかどうかでしか出来ない。


 だからきっと、……言い方は悪いけれど、取りこぼした死が相当ある。そうなると変性してしまった魂、シェイドがここらに現れる可能性がとても高い。だけどシェイドの相手をすることは、あの男の子以来一度もない。数は極端に少ないのだそうだ。


 そりゃそうか。もしもあんなのがたくさんたくさん世の中にあるとしたらもっと大変な騒ぎになるし、僕だって安穏と生活できない。YOUに呼び出されてばっかりだ。


……慣習、風習って、とっても重要だ。



「三岳…… 時間あるのか? かなり厳しいぞ」


 ゼミで先生に心配される。大学で僕がやっているのは文化学。卒論のためにこの地域の歴史に基づく慣習を勉強していた。自分の副業のこともあって最近興味が強くなり、今までほぼノーチェックだった葬儀とその歴史をテーマの中心にしてやり直したいと、先生に言い出したのだ。


 自分としてはかなりの成長だ。今までかなり無気力でやりたくないの一点張りだったのに、よもや自ら行動に出るようになるとは。思いもしなかった。

 でも時間がないのは明白。就職活動もしないといけない。そんな中でほとんど新しく研究しなおせるような気はしない。わかってはいるけど、やってみたい。思ったような完成度に達しなかった時は、誰かが後に続いてくれることを願い、それなりのものに仕上げよう。






……と格好付けてみたけれど、同時進行はやはり無理。

 卒業が優先だ。しばらくは就職活動を停止し、研究に時間を割くことにした。


「あ、お母さん? 今日ゼミで泊まりでやってくから。晩ご飯はいいよ。お父さんの体重増やしてあげて。あははははは」


 携帯電話で家に連絡を入れた後、夜更けまでまとめたり文献と照らし合わせたり、そこに自分の考えのメモを加えてといった作業を続ける。泊り込みも多くなった。ただでさえスタートが遅かったのだから、このくらいの努力をしないととてもできそうにない。

 家にいられる時間がかなり減った。パソコンに向かっている時間はあまり減っていないが、パソコンのディスプレイには今までのようなインターネットのサイトだとかゲームとかではなく、いろんな表や、卒論の下書きが映っている。確かに辛いには辛いのだが、やってみたいと自分で行動を開始したのだから、これまでのケジメとしても投げ出さないようにしなくては。



 減ったのは家に居る時間と、パソコンで遊んでいる時間だけではない。家から学校、街までの移動も減った。つまり外に出る時間が激減した。すなわち遭遇することが滅多になくなったわけだ。YOUには悪いけど、僕にだってもう時間がない。しばらくは常日頃から行われている葬儀に頼らせてもらおう。


 そんな風に僕が二足目のわらじを脱いでいても、YOUは特に何も言ってこなかった。何らかの形で僕を通じて彼が認識できないのなら、シェイドの発生以外、何も起こっていないのと同じなのだろう。


……申し訳ないが、うまいサボり方を覚えさせてもらいました。






 なおせっかく時間を取られることがなくなったとはいえ卒論は情報量が膨大で、一向にカタがつかない。まとめ終えた資料は紙袋に押し込んで机から撤去していっているのだが山が小さくなるだとか、スペースが空いていくようにはまるで見えない。果てしない。


 頭が疲れてストレスが溜まってきたときは、最近は出番のないレクイエムを取り出してぼんやり眺めてみる。確かにとんでもない凶器ではあるが、その造形の美しさは、どこか心を落ち着かせてくれる。


 武器オタクじゃない僕でもわかる。かなりの逸品だ。



 派手過ぎない金色の長い柄には、全然読めないが文字のような紋が黒色で描かれ、僕の手にとてもしっくりと馴染む。


 幅広の刃は美しく滑らかな弧を描き、鋭い刃先はぞっとするほど冷たく輝く。




 見惚れて、時間を忘れてしまったことがあるくらいだ。

……他の誰にも見ることのできないこの大鎌を手にできることを、誇らしくすら思うほど。


 そういえばレクイエムにちょっと変化が出た。それまで純白と言うのが相応しかったその刃が、先端辺りがほんのり紅くなってきている。ひょっとして、導いてきたことで業の力が貯まってきただろうか。この刃が紅く染まりきったら終了なのかな。


 でもこのペースだと、両方とも相当時間がかかる気がするんですけど……






 YOUに何の文句も言われることなく、自分の本業に力を入れて何週間か過ぎた。その間、めったとない外に出る機会にも対象と遭遇することが一度だけあった。その時はちゃんと自分の副業を果たした。


 駅前でたむろしていた男女が三人。三人とも待ち合わせに使っているピカピカの時計のオブジェに映っていない……。そりゃあため息の一つも出るというものだ。今何時だっけ、とふと見ただけなのに。仕方ないのでちょっと離れたところでその三人組を監視していた。10分くらい遅れて、もう一人来た。会話の内容は分からないが、どうやら四人とも初対面のようだった。


……オフ会か。


 四人ともにこにこと笑顔があふれていた。結構ネットで親しい間柄なんだろうな。そう言えばネトゲのオフ会は行ったことないな。最近やってないし、もし誘われるようだったら行ってみてもいいかもしれない。


 だけどこんな風に折角友達と出会ったと言うのに、まさかすぐに別れることになるなんて、思ってもいないんだろう。運命って怖いものだ。


 その四人は車で移動してしまったから僕では追いかけられなかった。以前のようにYOUが教えてくれ、僕の住む町のすぐ近くの丘の林の中でその車を見つけた。


……僕はきっと事故で亡くなるんだろうと思っていた。


 僕はとんでもない楽天家だ。あんな笑顔だった人達が、こんなことを考えていたものなのか。確かに言われてみればよく聞く話ではある。反省しながらエンジンの止められた車の中を覗き込んだ。




……ひどいものだった。


 運転手が一人と、後部座席に三人。四人とも死んでいる。


 睡眠薬がはいっていたのだろうか。茶色い遮光の瓶が助手席に転がっているのが見えた。七輪が助手席の足元においてあった。


……以前よく聞いた、練炭と七輪を使った、例の集団自殺というやつか。

 まさかこんなに近くで起きるなんて。


 三人はそれこそ本当に寝ているうちに死亡した、というような感じだった。だが、一人は……


 こんな死に方は絶対に御免だ。


 途中で目が覚め、脱出しようにも麻痺した身体では叶わず、苦しむだけ苦しんだのだろう。ものすごい苦悶の表情を残したその様子は、この世のものとは思えなかった。


……本当にばかげている。



 その一人の魂だけは、他の三人のものとは違った。すんなりと身体から引き離れなれず吸い上げるまで相当長い時間が必要だったうえに、その間何度もレクイエムに抵抗があった。レクイエムから離れようとする感覚とともに、ビクビクと震える。魚釣りにも似ているが、魚釣りに感じるようなちょっとした爽快感はまったくない。おぞましく、すぐにでも手を離したくなるような感触。


 あのシェイドの男の子に近かった。……あの時は必死だったから自分の感覚に気を回している余裕なんてなかったが、今思えばそうだ。きっと、この人もいずれそうなっていたに違いない。



……


 こんなことになるなんて思っていなかったんだろう。

 死ぬ、と決意したのに手段が間違っていた。それに気がついたというのに、もはや引き返すことを許さない運命。そして再び胸に湧いたはずの生への執着すら断たれた。いくら想像しても、それは絶した世界だろう。どうやったらこんな恐ろしい面を残せるんだ。


……絶対に御免だ。



 久々に目を背けたくなる現場にあたって自分のしなくてはいけないことの恐ろしさ、重要さを実感したが、申し訳ないが自分の本来しなくてはならないことの前には風前の塵のごとく、すぐに頭の中から飛んでいってしまった。

……全然終わりそうもない。日本人として保証されているはずの、健康で文化的な最低限の生活を送れているのか疑問が残る日々のなか、自分の出来るだけの努力を尽くしやっているはずなのだが。とってもヤバイ。もう七月も終わろうというのに。方向転換した時期が悪すぎた。


 そういうわけで前にも増して屋外に出ることが無くなった。連日夜はゼミの備蓄のカップ麺を食べ、終電、または始発で帰るという残念な生活だ。

 唯一生活の質を保っているのは、昼食として母に頼んで作ってもらっているお弁当。



 ごめんね、お母さん。面倒ばっかりかけてしまって。

 でも、これがなかったらホント、僕は近いうちに倒れてしまっていると思います。





「お、裕也! 俺よ、ホントに就職決まったぜ! 念願の自動車会社! いいだろ! ちぃっと遠いトコの支社だけどな! お前よ、まだ決まんないって? 事故以来ちょっとはマジメになったのはいいけどよ、遅いんだよ! ははははは。んじゃ、また電話するわ」


 高校からの悪友、高志からの留守電を聞いて焦る。就職活動を切ってまで卒論を行ってはいるが、多分終わってから就活しても就職先は無い。

 でももう三ヵ月くらい前に就職活動に訪れた会社から、ついにたどり着いた三次面接の結果の返答がなかったりもするから、希望が完全に失われているわけではない。


 でも…… このままだとまず就職浪人だろうな……。

 他の事に気を回していられない状況に追い込まれていくのが痛いほど感じられる。






 そんな時に限ってどうしてこんな……




 明日までに今できている分を先生に目を通してもらわなければいけない。僕がこれでいいと思っていても他の誰かからみたらもっとよい方向に変えることができるかもしれないし、不要なところ、詰めた方がいいところもわかる。それに何より、もっと早く完成させることができるだろう。

 そう思って自分で先生に期日を指定してしまっていたものだから、変えるわけにもいかない。明日は土曜だから、本当なら先生は休み。そこを無理して来てもらうのだ。やらないといけない。


 前日徹夜だったから始発で家に戻って、寝ておきたらもう夕方。当然慌てる。早めに夕飯を食べて、日も暮れる頃、またゼミに行くために電車に乗った。





……


……そう、電車に乗った。こんな時間に。







 いやな感じがした。見たくないから乗ったらすぐに乗車口の脇に立ち、目を伏せた。自分の降りる駅までそうしているつもりだった。

 いつもならその駅で開くはずの扉の脇にいたのだが、追い越し列車の通過待ちがあったらしく、反対側の扉が開いた。慌てて目を開いて、一緒に降りていく人たちの群れとともに移動する。



 降りた直後だった。目の前は、アクリル張りの待合所。この時間、いい具合に半透明の鏡状になっていて、ある女性はそこを過ぎ去る一瞬で髪を直し、ある男性は歩きながらネクタイの曲がりを直していく。


 しまった、と思うがすでに遅かった。


 降りる僕の前を通過した一人の女の子が立ち止まり、待合室の方を見てやはり髪に手をやった。多分まだ高校生だろう。私服姿でちょっぴりオシャレをしたかわいい子だった。




 少し短めのきれいな茶色の髪に、つばのない白い帽子が印象的だ。



 僕の通う大学のあるこの町には遊ぶところは多くない。きっと僕らがよく遊びに行っていた街へ行くのだろう。友達、または彼氏との待ち合わせがあってこの駅で降りたのだろう。





……だが、そこには誰も居ない。



 皆が避けていくのだが、僕の目には何も無いところで人の流れがふたつに分かれているようにしか見えない。



 まさか最後の最後でこんな……


 だけど、申し訳ないが僕では彼女の運命を変えることはできない。そうなるのは避けられない。僕にだって時間がない。今この時間からその時が来るのを待っていたとしたら、明日までに仕上がるものも仕上がらない。

 きっとYOUもうるさいだろう。だけどすべてを死神が行わなくても、普通に執り行われる葬儀でだって十分な役割を果たしているんだ。










 今日は見過ごさせてもらおう。




























……


 この日の事を思い出す度、いつも僕はこう思う。

 僕にも運命を分かつ道があったと言うのなら、きっとこの日の事だろう。


「あの日あの時こうしておけば」


 そんな戯言は現実の前では力を持たず、僕の心を挽き潰し続ける。

 僕は、結局何もしてあげることはできなかった。





 だから、今も思ってしまう。







 あの時僕が動いていたら、どうなっていたんだろう…… と。





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