「旅立つ命に捧ぐ歌」
こっそり家に戻って、今は玄関の前。自転車を止めて鍵をかける。音を立てないようにノブをひねって、左手をそえながら音を立てないようにゆーっくりドアを……
ごとん
……あれ?
ごとん、ごとん
そんな! え? 誰?! 母さん? それとも父さん?!
僕が家を出て戻ってくる、この世界の1時間程度の間に玄関が閉められてしまっている。入れない!
今まだ3時を少し回ったくらいだ。
「そんな…… あと4時間くらいこのまま……?」
裏の勝手口もダメだった。まさか自分の家で締め出されてしまうとは……。鍵持って出ればよかった。父は明日仕事だし、インターホンを押して起こすわけにもいかない。僕は授業もないし、ゼミに行って調べ物をしたりする程度だから今日一晩だけちょっと我慢するしかないか……。
……
…
玄関先で夜空を見ながらさっきの出来事を思い出していた。
YOUが言っていた。死神によって導かれなかった非業の魂は、その思いが強すぎるとこの世界に縛り付けられてしまう。肉体が残っていればそこに留まろうとする。肉体が無くなると、あるいはすでに無い場合、生への未練を断ち切れない原因に絡め取られてしまう。
それは場所や物にかぎらず、人の場合もあるそうだ。死んだことすら気づいていない魂の場合、肉体から離れたところに居続けてしまうか、生前と同じような過ごし方をしようとするという。
……それは漫画、テレビ、小説とかでよく目にする地縛霊、浮遊霊というものと同じ。本当のことだったんだ。信じてなかったけど。
まあ、自分がこんなことをしている時点で想像するか、気付いておくべきか。
放っておいても大丈夫なこともあるそうだが、早く解放する特別な方法があるという。
それが葬儀。
葬儀はそんな魂に死を自覚させ、自ら魂の世界へ行く扉を開かせるための手段なのだという。当然もともとそんなことを意識して行われてきたのではない。
かつて愛した者の魂を慰め、これからは安らかに見守ってもらいたいと願うため。
子々孫々の繁栄のためにその死を残された生へとつなげるため。
あるいは死者を恐れ、生ある者に災いをもたらすことの無いよう懇願するため。
残された者達がその死を自覚し受け入れるためでもある。
地域地域の文化のひとつで形も多様。だが、結果的には同じことになっている。因果なものだ。
宗教などの諸事情で魂を認めていない人たちも、結局はその事実を目の当たりにして還っていく。むしろそう言った人たちの方がすんなりと逝くそうだ。
「はじまりのもと」
魂の世界を、YOUはそう言っていた。
その「はじまりのもと」へ行くことのできなかった魂は、次第に変性していく。そしてそれの取る姿は一様ではなく、ひとつひとつが異なる。
変性する速度も一様ではない。ただ今回の子はとてもスタンダードなパターンで、自分が死んでしまったことに気付いておらずただそこに居続けている場合、年単位をかけて変わっていくのだそうだ。
ただし死してなおそれを否定し続け、強い怨念を残したような場合、変性は非常に急速に進む。以前導いた、車の中で暴行を受け殺害された女性のような場合、早ければひと月しないで変わってしまうのだという。
……「シェイド」。
変性してしまった魂のことを、YOUはそう呼んだ。シェイドは自分がいる周辺すべてに影響を及ぼす。あの子は建物全体に根を張り、ひとつの怪物となった。その影響力は変性が強いほど、またその魂が自分の力の使い方を理解するほどに強くなる。
……つまりは時間が経つほど酷くなるということだ。だからYOUは早く行けと急かしたんだ。
影響を及ぼしているシェイドの本体は大抵眠っている状態にあり、起こすべきではない。あの子のように領域全体に分散させていた力が本体にすべて凝縮され、爆発的に強くなる。そうさせないよう領域に入り込んだら本体を発見次第押さえるのが鉄則。
つまり死神の仕事は二つ。
戻るべき世界を見失う前に、非業の魂を導くこと。
不運にもシェイドとなった魂を制し、導くこと。
だが悲しみ、苦しみに満ちた魂も、レクイエムがすべてを元に戻す。異形と化したシェイドと言えどレクイエムは彼らを霧散させたりしない。たとえ一時的に傷つけ、苦しめているとはいえ、疲れ果てた魂を癒してくれる。
その名の通り、鎮魂歌。
YOUが言っていたようにレクイエムに蓄えられた力を使って。
……自分自身を削って。
業の力、そう呼んでいた。
あの時の旋律は、自身に蓄えられた力を少しずつ削った時にこぼれる残響。
……思い出した。ひとつだけ。
僕は、このレクイエムの力を完全に戻すまで死神を続けなくてはいけない。彼が僕を生かすために身体を交換した。その時レクイエムの力すべてが初期化されてしまった。魂を導くごとに蓄えられる業の力。それを十分集めるまで、僕はこのままでいなくてはいけない。
「もう少し…… がんばろうか……」
月を見上げてつぶやいた。
目的がはっきりした。いつまでかもわかった。いやだいやだと思っていたが、今しばらくやっていこう。まだ契約の細かい点もわからないし、一体どれほど集めたらいいのかもわからないが、永遠という事ではないのだけは確かだ。それだけでも気持ちが楽になる。
ずっとこの世界に、辛い思いに縛られ続ける人たちに比べたら…… ずっと楽だ。
……眠くなってきた。今日はとても疲れた。連休最後の日に、ある意味生きてきて一番疲れる経験をすることになるなんて。
武器を持って戦うなんて初めてだった。格闘技だってやったことないのに。ゲームがまさかこんなところで役に立つなんてな……。持ち方とか振り方を無意識ながらずっと見てきてよかったよ。何度も転んだりしたけど、何にも知らなかったらまた死んでただろうな……。
シェイドの領域に触れた時の寒気はもう治まっているが、まだ初夏の今の時期はちょっと冷えるし、ここじゃ寝にくい。ふと父の車を見ると鍵が開いている。
よかった。今日はここで寝よう……。
以上で「YOU -the songafor death-」のイントロダクションは終わりです。
ここから裕也君の後悔と懺悔の物語が、運命の歯車の軋みとともに始まります。
それではようこそ、一人の青年の生きた非日常の世界へ……




