1-4「子どもは兵器か」
キュオスティが明けた扉の隙間から、すり抜けるように子どもたちが出てくる。心なしか顔が青い。
「おお? どうしたのだね、みんな? ここは危ないから、早く中に入りなさい」
キュオスティが影の手で子どもたちを優しく抱き込む。子どもたちはそこから脱出しようと、手足をばたつかせる。
《嫌だ、嫌だ。戻りたくない》
頭の中に子どもの声が響いた。
《体が勝手に動く》
《言うことを聞かない》
《なにこれ、嫌だ、怖い》
「総員、攻撃やめーっ!」
隊長の声が響いて、兵たちの剣先から魔法陣が消える。
「一号、三号! そこの化け物を殺せ!」
「ニコラウス、防御を!」
今度は間に合った。
ダリアの影から飛び出した黒い手が、ニコラウスの眼前で弾ける。
続いて、でたらめに雷が放たれる。これもキュオスティの体をすり抜け、ニコラウスには届かなかった。
「な、なんで効かないんだ……」
兵の一人が呟く。
キュオスティはじっくりと兵たちを見回した。
「……それか」
キュオスティの足元から黒い手が伸びる。それは鋭利な剣となり、隊長の腰に下がっていた袋を、彼の手首ごと切った。
「……え」
隊長が声を漏らす。
「隊長!!」
事態を把握して、手首を抑えた彼のもとに兵が駆け寄った。
「いい! それより袋を!」
その間にキュオスティは袋を掴んで引き戻す。兵たちが奪還しようにも、雷のせいで近づけなかった。
「なるほど、これが制御装置の役割をしていたのだな」
袋に入っていたのは、水晶玉だった。大きめの手でぐしゃりと壊してやると、影の手と雷の嵐が止む。
じたばた藻掻いていた子どもたちが動きを止め、がばっと顔を上げた。首に金色の魔法陣が浮かび上がったかと思うと、弾けて無数の粒子となって消える。
「く、首輪が……」
兵の一人が呟いた。
「首輪。首輪と申したか」
粉々になった水晶を払い、キュオスティは兵を睨む。
「こんな幼い子どもたちを拷問し、あまつさえ兵器として利用するとは……堕ちたものよのう」
「黙れ、化け物」
隊長が吠えた。
「二号! いますぐこの手を治せ!」
そう命令するが、キュオスティの手から降りた子どもたちは扉にぴったりと背中をくっつけて動かない。
「なにをしている、二号! また実験されたいのか!?」
「やかましいぞ、人間」
血の気が引いた子どもたちの前で、ニコラウスが吐き捨てた。
「首輪がなくなったのだから、どうしようが彼らの自由だ。いや、子どもを家畜扱いする種族にこんなことを言っても通じないか。さて、どう言えば通じる? 犬語か?」
嘲笑百パーセントの笑みを浮かべる彼に、兵の中から殺気が噴き出す。
「……貴様!」
「やるか?」
前に出たキュオスティが、数十という影の手を剣に変えて突きつけた。
「ならば、不可侵条約を破った貴様らの首を土産に、今度こそ人間を滅ぼすか」
ぐっ、と兵たちの腰が引ける。
「嫌だろう? ……この子らは余が拾った、人間によく似た種族の子どもだ。貴様らは行軍中に道に迷った。そこな兵の手は、たまたま遭遇した魔物に食われた。……よいな?」
キュオスティの低い声に、兵たちはなにも言えなかった。
「ほれ、早く手当をしてやれ。それが終わったらさっさと帰ることだ。さあみんな、中に戻ろう。あの怖い人たちはもう襲ってこんよ。なにかあっても余が守るからの」
キュオスティが子どもたちを城内へと急かす。
その背中に隊長が言葉を投げつけた。
「せっかくだから教えてやる。研究所は新しい子どもで実験を再開しているぞ」
子どもたちの歩みが止まった。キュオスティたちもゆっくりと振り返る。
「……なんだと?」
それ以上の言葉が続く前に、影が鋭く飛び出した。
「がっ……!」
影が兵たちの体の中心を貫く。
「陛下!?」
「余ではない!」
ニコラウスとキュオスティの目が、ダリアに注がれた。
遅れて振り返った彼女たちの顔は青白い。だが目には、怯えと混乱、恐怖、怒り、そして殺意が滲んでいた。
《殺す》
影の手で触れた場所から、ダリアたちの思考が流れ込む。
《俺たち以外にもあんな実験を》
《助けなきゃ》
《僕たちだけじゃ飽き足らず》
《殺す。殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す》
「あ……あがあっ」
兵たちが呻く。
貫かれた場所から、縦に、横に、あるいは十字に、体が割けていく。
「やめよっ!!」
キュオスティは叫んだ。影が霧散し、血だまりに兵たちが倒れる。
「あれらは、そなたたちが手をかけていい存在ではない」
自身の体で隠すように、キュオスティは子どもたちの前に回り込んだ。
《でも、助けなきゃ》
声が流れ込んでくる。これは、ロイのものか。
「そうか。そうだな。辛い思いは短い方がいい。だがそなたたち四人でなにができる? 逃げるだけで精一杯だったのだろう?」
《今度はしくじらない》
ダリアが睨む。キュオスティはそれを受け止めた。
「相手の数は? 研究所とやらの構造は? それに研究所を滅ぼしたところで、また新しい研究所が出来てしまったらいたちごっこだ」
《それ、は……》
《……でも、助けたい》
子どもたちが黙る。その頭を、四つの影の手でそれぞれぽんと撫でた。
「焦ってはいかん。焦れば、為せることも為せない。その子らの苦痛を減らすためにも、そなたたちがこれ以上苦しまぬためにも、まずは力を付けなさい。そして、できることをよーく考えなさい」
《力ならあるぞ》
「今のお主たちは力に振り回されている。そうだ、家庭教師を付けよう。ニコラウス、手配できるか?」
「陛下の命とあらば。ついでに医者にも診せましょうか?」
「頼む」
《えっ、医者……?》
《解剖するの?》
「解剖なんかせんよ。そなたたちの体に病気がないか、隠れた怪我がないか診てもらうだけだ」
《内臓を取り出して、ほーら、って見せてこない?》
「来ない、来ない。さあ、せっかくのスープが冷めてしまう。食堂に戻ろう」
キュオスティが押すようにして、子どもたちを城の中へ戻した。それを見届けたニコラウスが、呻く兵たちに近付く。
「よ、寄るな……!」
「安心しろ、傷を癒すだけだ。こんなところで死なれても困るからな」
小さく詠唱し、口笛を吹く。温かな風が兵たちを包み、血染めの服や地面から赤黒さが消えた。
「……痛く、ない?」
「命は繋いだ。感謝して落ちろ」
「え」
顔を上げた兵は、顎に強烈な一撃を食らって仰け反った。ちかちかと明滅する視界は、雲が漂う空と無表情で見下ろす男、荘厳な城を映す。それが急速に遠ざかり、ガサガサという音が聞こえた時には緑と茶色に包まれていた。
ニコラウスは同じ要領で、次々に兵を崖下に落とす。中には抵抗しようと剣を握る者もいたが、腹を押さえて剣を震わせていては話にならなかった。
そうして、残ったのは隊長のみとなる。ニコラウスは侮蔑の色を隠さなかった。
「五百年前も、大概なことをしていたとは聞いたが……。つくづく頭の弱い生き物だな、人間は」
「侮辱するな。我々は高度な文明を築く種族だぞ!」
「子どもを兵器に変えるのが高度な文明か。笑わせる。次世代こそ大切に扱い、育てるという理念が貴様らにはないようだな」
「ちょっと魔力量が多い田舎の子どもなど、何人減ろうが大差ない。軍事大国の象徴と礎になれるのだ。感謝してほしいくらいだ」
ニコラウスはため息をついた。話が噛み合わない。
だが、欲しい情報は得られた。
「不可侵条約なんぞいつでも破れる。貴様らのような数でしか戦えない劣等種は、魔王キュオスティ陛下の慈悲で生かされているのだからな」
「……魔王?」
ここでようやく、兜の向こうで隊長の顔色が変わった。遅すぎる。
「ま、まさか、あれは……!」
皆まで言わせず、ニコラウスはわざと腹部を蹴って彼を崖下に落とした。
爪先に血がついていないことを確認して城に戻る。
悲鳴は聞こえなかった。
「遅れました」
「おや、ニコラウス。どうしたのだ?」
「鳥が糞を落として行ったので、軽く掃除をしていました」
「そうか、ご苦労だった」
「あと、速達で医者と家庭教師の手配、それから人間の国の調査についての上申書を送っておきました」
「え……むう、そうか」
「不満でしたか」
「いや……、そうだの。余も知りたいことがある。気付かれなければ良い。それより、ほれ」
キュオスティは鍋を手にニコラウスの元へ寄る。
「見てくれ。完食してくれたぞ!」
鍋は底が見えていた。もし満腹になっても温め直せるようにと、わざと多めに作っておいた。それを四人で平らげるとは。
ニコラウスは子どもたちを見た。
「満足したか?」
四人は相変わらず肩を寄せ合っている。そのうちの二人が控えめに頷いてくれた。
「そうか」
ニコラウスは久しぶりに気分がよかった。
「じゃあ、夕食はもうちょっと豪勢にしてやろう。人が四日かけて作ったビーフシチューだ。特別に食べさせてやる。付け合わせにパンやグラッセもあるぞ」
じゅる、と誰かが涎を飲む音がした。
「いーなー」
キュオスティがいじけた声を出す。
「余も食べたいー」
「食べたかったら死ぬ気で封印を解いてください」
「解けたらもう一回作ってくれよ!」
「今日中には解けないんですね」
「こうして世に出られるまで五百年かかったんだぞ!? 最低でもあと五百年は見ておくれ!」
「熟成させるのはワインだけにしてください」
ぎゃあぎゃあと(一方的に)言い合いながら、主従は鍋や皿などを手に食堂を後にする。
残された子どもたちは、彼らが視界から消えても視線を動かせなかった。
《……どう思う?》
心の声でマルクが訊ねる。
《よくわからない》
ロイが答える。
《俺たちを実験しないとは言うけどさ……》
テオが半眼になる。
《まだ信用できない》
ダリアが言う。
《大人はあたしたちを傷付ける。さっきのあれだって、パフォーマンスかもしれない》
三人が頷く。
《油断したところで、ってのも、今までもあったもんな》
《でも、あのスープは美味しかったね》
また頷く。
《毒のないご飯、本当に久しぶりだったね》
《ま、次に油断させておいて……ってこともあるから、警戒はしとこっか》
《化けの皮がいつ剥がれるか、逆に楽しみになってきた》
ダリアの口元に一瞬だけ笑みが浮かぶ。すぐに消して、扉のない出入り口を見た。
《……あの影みたいなお化け、魔王って言っていたけど、本当かな?》
《さあ?》
《本当だったら、研究所とか壊してくれるかな?》
《でも、研究所を壊したところで解決しないって言ってた》
ぎゅっと、誰かの手が強く握られる。きっとみんな、思っていることは一緒だ。
《それでも壊す》
ダリアは言う。お腹がツキンと痛む。
《うん》
《壊そう》
《いつか、絶対に》
四人は頷く。
大きな黒い手が、四人を包むように抱きしめた。
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次回から更新は日、火、木の週3更新となります。
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