はち
なんだかんだと起きながらも、女伯とウィリアム達御一行はポクポクとゆったり目に馬を走らせながら水馬の生息地である湖へと向かっていた。
カンバーランド領から連れてきた水馬達は、昨日の時点ですでに現地へと向かった為、現在ウィリアムはエクリプス領の馬を借りて移動している。
「そういえば、昨日お聞きし忘れたのですが」
ウィリアムと横並びで馬を走らせていた女伯は、ふと思い出してウィリアムへ問いかける。
「なんでしょう?」
「昨日のお話では水馬が大繁殖したのはウィリアム殿が原因だというお話でしたが……」
少し言いにくそうに尋ねる女伯にウィリアムは、あーと思い出したようで
「あぁ、そうでした。 肝心な話をするのを忘れておりましたね……申し訳ありません、僕と水馬の魂の契約をした話をしましたが、実はこれが原因で増えてしまったそうなんです」
ちょっと困った表情でウィリアムは言う。
「赤子の時に死にかけた事はお話したと思いますが、それを救うために契約した水馬が僕に魔力供給をしてなんとか命をつなぎはしたのですが、その時に……何と言ったらいいんでしょう? お互い魔力を受け渡す線? 絆? みたいなものが太くなりすぎたというのがエクリプス前伯爵のお見立てでした。 その為成長するのと同時に僕の魔力量が爆発的に増えたせいで、それを水馬が受け止めきれずに分裂して増えたって言われました」
ウィリアムはちょっと困ったように説明する。
「水馬は基本、番で子を成すそうなんですが、自らの魔力量が増えすぎた場合は分裂して単体生殖のような現象も起こすことがあるそうで……さすが不思議生物ですよねぇ」
ウィリアムの説明を聞きながら女伯は、水馬について学んだ事を思い出し
「ご先祖様の残した文献に、同じことが記されていたのをわたくしも記憶しておりまする。 幻想生物とは我々の想像もできぬような生態を持つものも多くおりますゆえ。 例えば……」
その時、突然女伯の言葉を遮るように愛馬リクリスの様子が変わった。
歩く速度がゆっくりとなり、そのままヴヒヒヒと嘶きながら女伯に何か訴えようとしている。
「ん? どうしたのだリクリス? 敵襲などではなさそうだが……」
「いかがいたしましたか女伯?」
「いや……なにやらリクリスの機嫌が……ん? 誰か来るな……」
女伯はそう言いながら後方の道を眺める、すると確かに馬の駆けてくる音が聞こえてきた。
随行していた護衛が緊張感を漂わせながら武器に手をかけようとした時
「おおーーーい 僕だー!」
と声がする。
「あれは……デニス?」
「デニスというと、女伯の御婚約者であられるオケリー侯爵子息ですか?」
「えぇ……いや、でもなんで?」
少々混乱したように女伯は肯定する。
そうこうしてるうちに女伯の方へ追いつき馬を止めるデニスが
「はぁぁ……やっと追いついたよ……。 君に話があって領主館を訪ねたら湖に向かったって爺が言うから……あれ? もしかしてお客様と一緒だったのかい?」
やっと周りを見る余裕が出来たのかキョロキョロと見まわして、マズイかも……と状況が読めてきたデニスの顔が青くなってゆく。
その様子を見ながら女伯は深くため息をつくと
「ウィリアム殿、申し訳ございませぬ……、こちらはわたくしめの婚約者であるオケリー侯爵子息のデニスでございます。 デニス、こちらはカンバーランド公爵子息であられるウィリアム様だ」
女伯の言葉にさらに青くなりつつもそこは侯爵子息である、素早く馬から降りて深々と礼をする。
「これは大変失礼をいたしました。 わたくしめはオケリー侯爵が末子オケリーと申します」
オケリーの挨拶を受け、ウィリアムも
「初めましてオケリー侯爵子息。 僕の事はどうぞウィリアムと呼んでください」
にこやかにそう告げる。
その様子に大事に至らずホッとしながら女伯は
「そのように慌ててどうしたのだ? なにか急用でも?」
とデニスに話しかける、その言葉にハッとしたデニスは
「あぁ、出来たら急いで話し合いたいんだ。 エクリプス女伯爵である君との婚約の解消について」
「あぁ……その件ならば……」
「父と話せといいたいんだろう? 分かってる、でも少々事情が変わってしまって……ぜひ君に相談したくてね……」
気落ちしたように言うデニスを見ながら女伯は
「ならば、お話はのちほど館の方でお聞きしましょう。 デニス殿は先に館へお戻りくだされ」
「……あぁ分かった、では後で。 ウィリアム様、視察のお邪魔をし申し訳ございませんでした……では失礼いたします」
デニスはそう言うと馬に再び跨り駆けて行った。
「ウィリアム殿……申し訳ございませんでした」
女伯は深々と頭を下げる。
「やめてください! お世話になっているのはこちらなのですからどうかお気になさらずーー!」
ワタワタと慌てながら女伯に頭を上げてもらおうとするウィリアム。
「あやつは、昔から我がエクリプス領へよく出入りしているものですから、幼馴染感覚が抜けきらないもので……困ったものです……」
「今回も、女伯がお一人で見回りでもしてると思って追いかけてきたんでしょうかね?」
「恐らく……それでウィリアム殿を案内してることに気が付いて慌てたんでしょうが……」
「今回はたまたま僕が相手だから良かったんでしょうけど、顔を知られたくない相手だってこのエクリプス領には足を運ぶこともあるでしょうから、御婚約者としては少々迂闊だな……とは思いますね」
そう言いながらウィリアムは肩をすくめる。
「えぇ、しかも相手が『人間』だとは限りませんし……」
渋い顔で女伯は答える。
「あー……『そっち』の耐性の方はあまり?」
「えぇ、『むしろ絶対姿を見せてやらん』といった感じの者の方が多いようで……そこらにいる幽霊馬すら見たことがないかもしれませぬ」
「それはそれで、エクリプス領主の伴侶として問題なような……」
「そうなのですが現実問題としてほかに候補がおらずズルズルと今までやってきてしまいまして……」
「なるほど……女伯の御事情は分かりました。 しかしいつまでもこの場所でこうしていても仕方ありませんしとりあえず湖へ向かいましょうか」
何事かを考えながらも、ウィリアムは女伯を促し湖へと向かうのであった。




