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グレードアップ  作者: エスプレッソ
追憶の海月編

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第54話April was a month ago


 オーストラリアの異象化推奨年齢は15歳。日本より3歳も早い。これはオーストラリアの義務教育は16歳、向こうではYear10と呼ばれる歳だから。

 異象者となって1年、もしくはYear12の18歳までスクールでは各々に合ったカリキュラムを学ぶ時間がとられる。

 授業中、そこからあぶれるのは、親、あるいは本人の意向で異象化を望まない者。


 もしくは、おれのような自国の成人主義(ルール)に従うもの。 

 ノアはこのどれでもないが、あぶれた者の一人だった。


「こーんにちわーるど」

「ヒラク。そのへんなあいさつはなに?」

「マルチカルチャリズム」

「モノカルチャリズムのおしつけじゃないの?グローバリズムなんて失敗の負の遺産でしょう」

「それなー!」

「あなた留学生でしょ?」

「おれ、仲良くできそうにないやつには話しかけないよ」

「4月はひと月前」

「その時はまだ日本にいたさ。戻れるならおれはオーストラリアじゃなくて月に行ってたね。エアコンないのに既に寒すぎて風邪ひく」

「そういうところ、だいすき」


 ノアは怪異者だった。日本でも怪異者は約千人、現人口は1億人くらいだから0.001%以下、人口に対する怪異の潜在適性者の数の比はだいたいどこの国も同じ理論。

 だけど現人口2000万人くらいのオーストラリアの怪異者の数は3百人程度。

 異象連によってシャイ肉のトレード数には制限がかかっているため、獲得国保有の原則に基づきこうした差が生まれる。 

 どこぞの国が怪異者を大量に保有しないように適性検査を担う異象連が密かに調整いてるという陰謀論もある。

 と、日本より若干、比は多いものの、貴重な怪異者のノアは放課後や週末に開発センターで異象訓練を受けているらしい。

 異才者でもない、異象者嫌悪もしないおれくらいしかこの時間にノアと話すやつはいなかった。


 ノアに限らず、留学生の立場を理由にのらりくらりといろんなやつに話しかけて仲良くしてたとある日、話したことのない学生たちに囲まれた。


「ノアに擦り寄るな。外国人」

「虫のいない花に寄っただけだ」

「スパイなんじゃないの。ノアは貴重な怪異者だ」

「だからいいんじゃないか。そんな子と仲良くなれるなんて一生にあるかないかだろ?なのにおまえたちはノアを避けるわ虫を払おうとするわなにがしたいん?少し前までは仲良くしてたんじゃねぇの?」

「そりゃおまえ……」

「自分がされて嫌なことだから、人にそれをやるときはたのしいのかな?」

「わたしたちがノアをいじめてるって、ああそうだよ」

「いやこの状況。怪異者を妬んでるのか僻んでるのかしんないけど、おまえたちは異才者で、おれはまだ異象者じゃない」


 いじめてるって認めた上で威張ることの恥ずかしいことよ。

 で、的外れな胸誇をしていたと気づいた時に恥を自覚(かく)のは万国共通だと思う。


「いろいろと変わって気まずいだけってことにしとかない?おれはニュービーだ。新しい場所でいろんな人と交流してみたくてきたんだ。疎いから、ノアともみんなとも仲良くしたい」


 いい人多いしな、ここ。


「人をここまでコケにしてハブられないとか思ってんの?」

「なぁ」

「なに」

「ハンバーガー食いにいかね?」

「はぁ?」

「はらへってさ」

「だれがおまえと行くか」

「せっかく同じバンドが好きだから話が合うかと思ったのに……」


 ノアから事前に聞いて準備してた話題をふる。世界的にもメジャーで、おれはこの曲聞いたことあるーくらいだったけど、鷹尋(にぃ)ちゃんが知ってたから、教えてもらったんだ。


「やっぱりテリヤキなの?」

「チーズバーガーにライムサイダーフローズン。このフレーバー日本にねぇんだよ」

「かわいそー。日本まで送ろうか?」

「溶けるわ」

「おー、たしかに」


 ノアは、ひとりで浮いていた。ノアに話しかけるおれも一人で浮いていた。

 おれもノアも、合わない人間と無理して交流をもつつもりもない。

 また次もみんなで集まろうって話になったときに、ノアも誘うとおれは無理を押し通した。


 それから半年と1年に満たないじかんだった、そして、たのしい日々だった。


 帰国日がちかづいてきたころ、おれはノアと公園のベンチに座って思い出話に花を咲かせていた。


「わたしたち、いろいろとたのしかったよね」

「海に行ってシフハン見学したりな〜」

「わたしが疲れただけのやつ。キャンプして火を囲って、街に行っていっしょに髪を切ったり買い物したり、博物館や植物園、映画にも行ったし」

「いっぱいいっしょにごはん食べたよな。週末ほとんどバーベキューやってたわ」

「それはヒラクが特殊……わたしまで巻き込まなくても。すっかりあなたのガールフレンド扱いだった」

「昼夜問わずホームパーティーも山ほど参加したし、近所のコミュニティに参加してスポーツやったり地元の音楽祭でみんなで熱唱したり」


「We were shining」「たのしかった〜」


 お互いの第一言語をつかって、気持ちを共有する。

 そしてここからさき、おれたちは沈黙の時間を使って喋りつづけた。


 おれが怪異者や特異者になったら……真っ先にノアに告白していただろうな。


 それじゃあぜったいに付きあえない。


 いえてる。けど、ぜったいだ。


 わたし、エボニーに殺されるかも。


 なんで?


 エボニーぜったいヒラクのこと好きだよ。


 それこそぜったいなの?


 こんどはわたしが日本に行く。


 ぜったいにむりだ。


 だったら……ヒラクがわたしをつれていって。



 おれとノアの顔はすぐそこまで、鼻先が触れてしまうくらいまで近づいていたが、くちびるを重ねられなかった。


「You moved my heart, body, and everything── I love you, Hiraku 」


 くちびるを重ねられなかったが、おれの目をみてこころを覗き込んでくる。 


「すきだ、ノア」


 告白を言葉の壁に秘めたおれは、ノアに、恋をしている。


 帰国日。


「わたし、ぜったいに日本までヒラクに会いにいくから!!!」

「エボニー、おれこれから飛行機なのに服が……」

「まいにち電話するから!」

「月一くらいで」

「わかった!じゃあ代わりにわたしの写真(インステール)(Instale)にコメントしてね!」

「おれもできるだけあげるよ」

「毎日ライムサイダーフローズンの写真をあげるから!」

「イヤガラセじゃねぇか!」

「だって愛してるでしょ?」

「愛してるが……」

「ヒラク」

「ノア」

「See you, soon」


 ホストファミリーが、空港に向かう前に学校へと寄ってくれた。

 知り合った友人たちとの別れを済ませて、空港に送ってもらって、ホストファミリーとの最後の別れをすませた──はずだった。


 クイーンズランド州 ゴールドコースト空港。


 着席して窓から外を見ながらでも涙を垂れ流そうとしてたら、朝に学校で別れを済ませたはずのノアが、駐機場に立っていた。


「お客さま、こちらを──」


 涙がひっこんだおれに、CAさんが、無線機を差し出した。


「Hiraku, Can you hear my voice?」

「Yes」

「Keep it down on the Airplane」

「Are you kidding me?」

「No, I’m not kidding. I’m on the verge of Flying」

「Now?」

「Now. Where do you think?」

「…Flying to the moon?」

「Maybe. I trust you. You know, April was a month ago…」

「I know. But …We are too far away to return in April. December is poised to carry me into the sky」

「The golden dream will shine. That’s all…Ah, you forgot something 」 


 ノアは、少し月まで行ってくる前に、おれに忘れ物を届けにきたんだ──。


「あいしてる、ヒラク」


 この世でいちばんおれの胸が砕かれる言葉が、この世界でいちばん胸に刺さる声で、いちばんだいじな気持ちにスッと透き通っていった。 


「I love you, Noa……あいしてる、ノア!」


 飛行機のドアはすでに閉まっていた。

 CAさんに無線機を切るように言われて、静かに無線機を膝の上に置いた。

 とびきりの笑顔で、めいいっぱい手を振るノアをちいさな飛行機の窓からずっと見ていた。


 おれは滑走路から飛び立つその最後まで、ノアを目で追っていた。


「I left my heart…sorry, Hiraku」


 機体が宙に浮く直前、ノアは手を振りながら、無線機を口の前に当ててなにかを言っていた。


 そのあと、しばらくしてスマホを機内Wi-fiに繋げると、ノアからアルバムが共有された。


 これまでSNSに上げられていた写真から、非公開の写真まで、おれのいまの体温に、もっとも近い写真たちが並んでいた。


 こう見ると、ノアと2人で隣り合って撮ってる写真の多いこと……これは、バスの中だ。 

 頬にだが、ノアが寝てるおれにキスしてる風の写真が入ってた。 

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