第32話初日
「俺も一緒に飯食いたかったなぁー。あぁーあ!」
出勤の車中、バンリは窓が黒塗りの車の中で朝食を一緒に摂れなかったと不貞腐れている。
いつまで拗ねてんだ。
「目黒じゃねぇんすねバンリ先輩」
「勤務中でもないのに先輩なんて言っちゃやだなー!昨日みたいに家族っぽい親しみを込めて呼んでホスィなー!」
「バンリは職務中だろ」
「そだけどさー」
車は桜田門の方へ向かう。
警視庁の前がうるさい。
「なんの集まりだろ」
「情報が回ってきてる。オートメイド思想に染まった連中だ。特定の団体とかじゃねぇな。SNSで誰かが声を上げてそれに便乗してきた烏合の衆だ。素人には素人の怖さがあるがとはいえ素人、警戒はしてるから安心しろなヒラク」
「そりゃまぁ……ん?警視庁に入っていくんじゃないの?」
「特異班、怪異班共々が関係ある公安の特怪室があるのはあっち。同じ建物じゃないけど隣だから本部との情報共有しやすいだろ。ウチはなにかとヘリポートをよく使うから、警視庁とは地下で繋がってるしな」
車が乗りつけたのは、東京都霞ヶ関の中央合同庁舎6号館赤れんが棟。
旧法務省本館で、各省庁の異象管理部署が集約しているらしい。
綺麗なピンク色のサツキツツジが出迎えてくれた。
車を降りて、バンリの案内で建物の2階へ上がり春瀬班と書かれた部屋の前に立つ。
「いらっしゃいヒラクくん、フユミさん。そしておつかれさまバンリくん」
ドアを開くと俺たちを迎えたのは、先に出勤していた春瀬さんだ。
「先輩後輩という文化は春瀬班にはありません。上司と部下。ですがわからないことは私もバンリくんも同僚として対応するので遠慮なく聞いてください」
「へぇ。珍しいっすね」
「生き方を縛られている人も多い中、先輩後輩とかあってもギクシャクするだろ」
言えてる。
「とはいえ、ヒラクくん。しばらくは私たちの許可なく建物から出ないでね」
「はぁ……いつまでですか?」
「警視庁前に集まってるオートメイド信者たちの抗議をみたよね」
「はい」
「昨晩の緊急会見で、ヒラクくん、花木 開が警察機関所属の特異者となったことが日本政府から発表されました。あの抗議は、特異者発表の時の恒例行事みたいなものです。今日、明日ですぐに散会すると思われるのですが、一応は私たちが許可を出すまでということで。ヒラクくんは気を楽にして。ですが自分のことですし会見でどういった発表があったというのは確認しておいた方がいいでしょう。バンリくんとフユミさんも一緒に見てください」
トモさんが部屋の電気を消すとプロジェクターで会見の様子が映し出される。
……うっわ、真壁さんとトモさんが記者に囲まれて質問詰めにされてらぁ。
怒声もとんでる。
なぜ非戦闘系の青年が公安機捜隊の所属になるのか、ってのが主訴だ。
春瀬さんが酔い潰れてたんは、これの後だったんか。
あなたが生きてることを……か。やるせないよな。
スマホでニュース…… うわぁ、新しい特異者、オレのニュースでいっぱいだ。メッセンジャーやグリッターの通知がやべぇ。おやすみモードで気づかんかった。
「まず、バンリくん。意見はありますか?」
「会見に関してはオレの感知するところじゃないっすけど、特異者に絡む恒例とはいえ、警視庁の前のデモの方がやっぱ気になるっすね……ヒラク、オレの時なんて10人くらいしか詰めてなかったんだぜ。今日は警視庁をぐるっと囲むみたいにいたから、パっと見300人以上はいたんじゃね」
「そうですね。警視庁前のデモでも、特異者を生み出した政府への批判が2割、残りの8割はあなたを解放しろという声です」
「オートメイド信者がオレの自由を主張するんですか?」
「純粋にオートメイド主張をする人々の数もバンリくんの時より多いみたいだけど元々の母数が少ない。それでもデモが過熱気味なのは油を注ぐものがいるからです。各国のネット工作やあなたの特異が欲しい団体、利権関係で動き理非を見失った連中の腐った行動の結果です。昨日の会見に参加した後、私のグリッターの全世界フォロワー数も6千2百万人から5千9百万人まで減少しました。この内、会見初めからSNSを監視していた警察とグリッター社によると日本国内のフォロワーの解除数は50万人前後」
「じゃあ残りの250万人は外国のフォロワーってことですか?」
「近頃あやしい動きの増え方をしていたので、これでグリッター社から抗議のあった不正疑惑も払拭できました。該当アカウントは凍結、もしくは日本国籍アカウントへのアクセスを禁じました。いたちごっこかもしれませんがグリッターは電話番号登録が必須なので、しばらくはアンチやヘイトスピーチの声の増悪を抑え気味にできると思います」
「……ありがとうございます、トモさん」
「春瀬班の仲間のことですから」
トモさんの屈託のない笑顔にどこか救われている自分がいる。オレに責任を感じることなんてないはずなのに、どことなく胸騒ぎがして心が不安で落ち着かない。
「フユミはなんか意見ある?」
「ない」
「じゃ次、オレいいっすか?」
「どうぞ」
「どうしてオレのことわざわざ公表したんでしょう」
「というと」
「バンリ。お前、何歳だ」
「おれはいま20歳。今年で21になるな」
「ああ、なるほど。隠そうと思えば隠せたのに、ってことですか」
「そうです」
「いいでしょう。ヒラクくんに見せる許可が出されている範囲でですが、疑問に答えます……この書類を」
「国際シフトコードA92Bc9登録者 Gohn doe の異象報告と取り扱いについて」
「Gohn doe. 国際異象連の非公表会議で扱われていた、あなたの書類上の名前です。それは資料の表紙です」
「名無しの権兵衛ってことですか。笑える」
「異象連に参加する各国には、日本にあなたがいることはすでに知られています。それに顔も。名前や特異者である立場をこのまま非公表にし続けると非常に危険です。あなたは日本国民であり、そして特異者であると公表することが日本政府、各政府機関があなたの後ろ盾であるとの言質ある表明になるんです」
「……それは、おれが核肉摂食した時にいた研究者の人たちが関係してたりしますか。顔を知られるってそれくらいしか心当たりがない」
「はい。彼らは異象連から派遣された各国の見届け人です……ヒラクくん」
「はい」
「会見後の今こそ訊きます。あなたは、特異について私たちに隠していることはありませんか?」
その質問を投げかけられ腑に落ちる感覚。自分が何に責任を感じていたのかを浮き彫りにされた。
……チキショウ。上手くやってると思ってたけど、結局、俺っていいように手のひらの上で転がされてたってことじゃねぇか。




