宰相戦の結果
月暈院と民政委員の投票の結果、宰相戦の勝敗が決した。月暈院の議員三十八名と、国民を代表する民政委員七名による、計四十五票の内、シュレム四十票、セライ五票により、シュレムが新宰相としての指名を受けることとなった。真摯に結果を受け止めたセライは、戴冠式の前に、スザリノに思いを伝えた。
「俺は戴冠式が終わったら、辞表願を出す。官吏を辞めて、一から月暈院の議員を目指す。……そうさせていただいても宜しいでしょうか、スザリノ王女殿下」
セライがスザリノの前に傅き、伺いを立てる。
「セライ……」
「本来であれば、わたくしは、スザリノ王女殿下と、こうしてお話など出来ない立場の者です。しかし、それが許されていたのも、すべてはハクレイが父であったため。父がハクレイでなければ、こうして貴方様のお傍にいることなど、一生許されるはずもなかったのにっ……」
ハクレイの地位があったからこそ、セライは幼い頃からスザリノの傍にいることが出来た。宰相の息子であったからこそ、スザリノと恋人同士になることが許され、その先に、結婚という理想を掲げることが出来たのだ。
「……私は、セライが宰相の息子でなくとも、貴方を選びましたわ」
「え……?」
思ってもいなかった言葉に、セライはスザリノを見上げた。
「貴方がどこで生まれても、何をしていても、私と貴方は、必ず出会う運命にあったのだと信じています。だから、そのように畏まらないで? 私を王女ではなく、一人の女性として扱ってくれる貴方の傍にいたいのよ。これから先、死ぬまでずっと傍にいる——。そう、約束しましたもの」
「スウ……。ああ、ずっと、ずっと傍にいる。必ず俺が、お前を幸せにしてみせる」
スザリノの手を取ったセライが、心の底から強く誓った。
「——あの、セライ様、ですよね……?」
二人の世界に入る間際、後ろから中年の男性に話しかけられた。その背後には十数人もの集団がいる。みな、くたびれた服装ではあるが、白色の花を一輪ずつ握っていた。
「はい。わたくしがセライですが……」
「ああ、やっぱり……!」
集団を代表して話しかけてきた男性が、被っていた帽子を外した。みな、同じように帽子を外す。
「我々は、旧スラム街に住んでいる者達です。生前、ハクレイ宰相様によって、我々スラムに生きる者達の生活は、より良いものへと変わりました。我々はみな、ハクレイ宰相様に、生きる喜びを与えていただいたんです。今回、このような結果となってしまいましたが、どうしてもお礼が言いたくて……! 本当に、ありがとうございました!」
男性を中心に、みなが一斉に頭を下げた。
「ハクレイ宰相様は、我々にとって、生きる希望でした。あの方がいらしたからこそ、我々は今日を生きることが出来るんです! 明日を夢見ることが出来るんです! ほんとうに、ほんとうにっ……セライ様が宰相になれたら、どれだけよかったかっ……」
ハクレイの死を悼み、宰相戦の結果を受けた旧スラム街出身者らが、涙ぐむ。その様子に、セライはハクレイを貶めることも、自分を悲観することもしなかった。
「ハクレイを偲んでくださり、ありがとうございます。わたくしもまだ、宰相になることを諦めてはおりません。必ずや、父の跡を継ぎます。この国がもっと豊かに、そして、誰もが幸せに生きられるように、わたくしが宰相となり、それを実現させてみせます」
心強いセライの言葉に、みなが涙を流して喜ぶ。その隣でスザリノが微笑み、終始その様子を見ていたイーガー王太子が、そっと自分の掌を見つめた。
ハクレイの墓は、妻、ロゼッタの隣に建てられた。そこには、ハクレイを象徴する白い花々が多く手向けられ、セライもまた、再起を図ることを誓って、紺碧色の花を一輪、手向けた。