月の視察団の帰還
蒲生の大楠により月へと帰還したカーヤ、レイベス、フォルダン。セライから事情を聞いたルーアンら王族が、三人を迎え入れた。
「おかえりなさいっ、カーヤ姉さまっ……!」
ルーアンが真っ先にカーヤに抱き着こうとするも、その腹が大きく膨れていることに、「……え?」と困惑する。エトリア、スザリノ、ルクナンも、同じように「え?」と困惑した。朱鷺と水影、安孫もその場に駆け付けるや否や、「……んん?」と首をかしげる。
「かあや王女よ、その腹は……」
「あらお兄さま、ごきげんよう」
その瞬間、二人の間に、腹違いの兄妹であることが本能的に伝わった。
(危なく俺は、妹に執心するところだった……)
一度はカーヤに多大なる執心を見せた朱鷺であったが、こうして実際に対面し、本能的に血のつながりを、まざまざと感じ取った。幼い頃に出会っているはずであっても、大人になってから再会するまで、この感覚は忘れ去っていた。それはカーヤも同様で、
(危うく私は、お兄さまである帝の子を産むところだったわ。麒麟がいてくれて、本当に良かったわ)
本来の目的を完遂出来たことに、心の底から喜んだ。「ふう」と二人が兄妹宜しく、安堵する。
「……して、腹の子の父は、一体……? よもや我が影、麒麟ではあるまいな?」
動揺を隠しきれない朱鷺の問い立てに、水影と安孫が、気まずそうに視線を逸らす。
「ええ。麒麟の子ですわ? お兄さま」
至極当然に答えたカーヤに、「えへへ」と笑う麒麟が思い浮かぶ。
「何やっとんのじゃー、きりんー!」
帝らしくない朱鷺の叫びに、水影と安孫が、やれやれと吐息を漏らす。
一方、ヘイアンでは、「——くしゅん」と麒麟がくしゃみをした。
「……あ、主上にバレた」
「バレたな」
「バレもうしたな」
急に悪寒が走った麒麟と、それを瞬時に感じ取った、浄照と実泰。
「——それよりも帝様、ヘイアンは今、危機的状況です」
レイベスの風雲急を告げる報告に、「——やはり、事態は一刻を争いますな」と水影が腹を括る。
「我らも急ぎ、ヘイアンへと戻りましょうぞ」
血気に逸る安孫に、「まあ待て。あちらが世には、道久もおるでな」と、冷静に物事を見極めんとする朱鷺が言う。その直後、俄かにカーヤが産気づいた。
「……っう」
「お姉さま! うそっ、産まれるの?」
「何故、今日がその日かっ……」
朱鷺が、ぐっと奥歯を噛み締める。
「なに? 今日が誕生日じゃダメなワケ?」
フォルダンが水影に訊ねる。
「はあ。神はおらぬと分かっておりまするが、運命は斯様にも残酷か。今日は……ハクレイ殿が処刑の日にございまする」
「えっ、ハクレイの奴、処刑されるの? しかも今日っ?」
驚くフォルダンに、「しかも、処刑人はセライ様らしい」と、レイベスが重ねて告げた。
「おまっ、知ってたのかよ! ベス!」
「いつ出来るかとも分からない月との交信の役目を、私に押し付けたのは君ですよね、フォル」
「うっ、悪かったってば……」
バツが悪そうに、フォルダンが頬を掻く。
「我らは、はくれい殿の処刑を見届けねばならぬ。せらい殿が想いを慮れば、えとりあ王妃とすざりの王女は、我らと共にあられた方が良かろう。然らば、天女中とるくなん王女は、かあや王女の傍にて、御産に立ち会うてくれぬか」
ハクレイの処刑からルーアンとルクナンを遠ざけたい朱鷺が、二人に言った。その意を汲み取ったルーアンが、笑顔で頷く。
「分かったわ。安心して、お姉さま。私が傍にいるから」
「ワタクシもおりますわ、カーヤ姉さま。出産に向けて、準備しますわよ、ルーアン!」
ルクナンも次期王妃として、御産を迎えたカーヤを王宮内の病棟へと連れていく。その小さくも頼もしい背中に、安孫の想いが溢れ出しそうになるも、ぐっと堪えた。