追撃
ついに満月の夜を迎えたヘイアン。筑紫島の南方——隼人の山林を、車を引く馬が疾走する。
「——あれじゃ、彼の車にかあや姫らが乗っておる!」
追撃する石切皇子が先頭に立ち、馬にて追いかける。逃げる車から、何発もの銃が放たれた。同じくその車を追う“怪僧”アルテノが、火の国の武器を使おうとして、それを鷲尾院が制止した。アルテノと二人で馬に乗る鷲尾院が言う。
「まだじゃ、あるての。まだ其れを見せるには、早い」
思惑あって、鷲尾院が、そっと口角を上げる。
「……カミ ノ オオセ ノ ママ ニ」
再び火の国の武器を懐に入れたアルテノが、鷲尾院の腰に腕を回しながら、再度馬を走らせた。その後を、満仲と是枝も続く。銃に怯むことなく矢を放つも、悉く御者の馬さばきにより、避けられた。
「月の者らを大楠に近づけさせるでない! 今宵を逃せば、次の機会は三十日後じゃ! そうなれば、彼奴らとて何処へ逃げることも出来ぬ! 何としてでも時間を稼ぐのじゃ!」
石切皇子の指示が飛ぶ。山林を逃げ回る車の後を追い、鷲尾兵らが追撃する。
「見えた! あれが神社ぞ!」
月光が差し込む中、山の上に社が見えた。車が干潮を迎えた砂浜を渡り、その後を石切皇子らも続く。海の上に浮かぶ、断崖絶壁の上にある神社は、そこで行き止まり——。大楠など、どこにも見当たらない。そこでようやく、満仲は気が付いた。
「……此処は蒲生ではない。此処は……何処じゃ?」
「……ふ。ふふ。ふははは!」
馬から降りた石切皇子と、車から出てきた、三人の貴公子。御者に扮していたのは、矢部御主人。四人の懐から、月の交換視察団から授けられた、ドベルト銃が出された。
「……此処はのう、隼人でも右足と呼ばれる大隅の地じゃ。ちなみに、蒲生は左足の方じゃがのう。此処は、荒れ狂う海に囲まれし、天神の地じゃ。そなたらの終焉の地に相応しかろう?」
「おのれ石切皇子よ、我らを謀ったか!」
いきり立つ是枝に、「騙されるそなたらが阿呆なのじゃ」と、幼い頃に朱鷺と共に悪戯小僧と呼ばれていた名残を見せた。馬から降りた鷲尾院に向け、石切皇子が銃口を向ける。
「……もう終わりになさいませ、叔父上。兄上は、決して鷲になど、敗けませぬぞ」
「言いたいことはそれだけか、鷹宮」
余裕の表情を見せる鷲尾院に、ぐっと石切皇子が喉の奥を鳴らす。すかさず、四人の貴公子らも銃口を鷲尾院に向けた。
「執拗にかあや姫に求婚し、その想いが伝わらぬからと、命を狙うておったのは、貴殿らの方であったじゃろう? それが何故、かあや姫ら月の者を守る?」
満仲に問われ、石切皇子が、ふんと笑う。
「確かに対立はした。手に入らぬならばと、その命を奪おうともした。されど、心身共に熱く狂わされた此の愛は、真の愛よ」
真剣な面持ちで、石切皇子が言い放つ。他の四人も同意見だ。
「愛? ……ふん。愛など此の世に存在せぬ。此の世にあるは、生きる苦しみだけじゃ」
「叔父上には分かりますまい。叔父上は、真、御可哀想な御仁ですなぁ」
その言葉に、鷲尾院はぷつんと糸が切れたように、首を落とした。冷酷非道な眼光を放ち、アルテノに命ずる。
「……良い、あるての。此の者らを、一人残らず殺せ」
「……っ」
危機を感じ取った五人の貴公子らが、一斉に銃を放つ。しかし、あっという間に弾切れとなり、その直後、鷲尾院に従ったアルテノの攻撃により、五人の体が、赤色のレーザービームにより貫かれた。
「なっ……」
血反吐を噴いた五人の貴公子らに、満仲は、そっと瞼を閉じた。