双六盤上の真剣勝負
「——果たして、はくれい殿は、真に大罪人か」
朱鷺が水影と向き合う形で、双六をしながら、そう問うた。
「あの御仁は、初めから、こうなることを予見されていたように存じまする。我らを処刑せんとした折、左様な節が見受けられましたゆえ」
水影が、投獄されたばかりのハクレイとの面会を思い出し、そう答えた。
『——ただ、我らを処刑せんとした折、今の貴殿を拘束する鉄ではなく、縄でもって我らを縛り上げた因果は、巡り巡うて何時の日か、貴殿に舞い戻って参りましょう。その因果は、貴殿が非道になりきれぬ性分だったがゆえの、正しき応報となりまする』
「……此度の朝裁における処罰は、ハクレイ殿にとって、正しく因果応報となりましょう。されど、真にすべての罪がハクレイ殿が犯したものか、再度検証すべきものと存じまする」
「然うさなぁ……」
朱鷺が二つの賽を振り、四と二が出たことに、ふうっと頭を抱える。その不吉な並びに、首を横に振る。
「……はくれい殿が認めた罪は、大きく五つ。ばるさむ前国王が暗殺、衛兵五十人の処刑、数多の月暈院の議員らの粛清、みいな王妃派の追放、そして、大量破壊兵器が使用未遂。そのどれもが、赦されるべきではないとするが、民の感情よのう」
「左様にございまするな。此れほどまでの罪とあらば、あちらが世に於いても、死罪は必至。ただ、あちらが世であらば、朝裁を司る刑部卿の裁断に任される処罰が、こちらが世では、陪審制を取り入れておるゆえ、我らとしても、慎重にならざるを得ませぬな」
水影が賽の数によって、黒駒を進めていく。朱鷺が賽を振り、白駒を進めた。
「此度が朝裁に於いては、白黒つけぬとは、いかぬだろうのう。死罪か、良くて残りの人生を暗く狭い牢獄で過ごさねばならぬ、終身の刑よ。次の審議まで、残り五日。我らとしても、せらい殿がためとも思うが……。親子ではないと、あの場にて、はっきりと申されたでな」
朱鷺の言葉に、水影が双六盤上から視線を逸らす。考察の構えで、じっと考える。
「……真に、あのお二人が親子関係にあらぬと、朱鷺様は思われまするか?」
「それが、りいえぬ何とかという結果として、顕著に示されたのであろう? ならば、酷であろうとも、そうだと言わざるを得まいよ」
水影が賽を振る。「ふむ……」と、それでも違和感が拭えない。
「ハクレイ殿はセライ殿に、彼の結果について、便宜を図ったと仰られたようにございまする。であらば、その便宜とは、一体何か……」
「便宜、のう。其の言葉ほど、便利なものはないのう」
朱鷺が賽を振る。
「一層のこと、新国王が『すべての罪を赦す』と言わば、万事解決しようものを。此れがあちらが世の朝裁であらば、俺の鶴の一声で、このもやもやとしたものも、消えよう……」
「流石はあちらが世の頂におわす御方。されど、こちらが世には、こちらが世の法がありまする。私は、ハクレイ殿が無実とは思えませぬ。罪には罰が必要。セライ殿を想い、然るべき量刑に、私情を挟んではなりませぬ」
水影が賽の目に沿って、黒駒を動かしていく。
「そなたの申す通りぞ、水影。だが、此れは真剣勝負。俺も、負ける訳にはいかぬでな」
そう言って、朱鷺が賽を振った。その目に沿って白駒を動かし、笑った。
「此れにて勝敗が決したのう、水影。此度は、俺の勝ちぞ」
白黒勝敗がついたことに、水影も観念したように笑った。
「ゆえに、此度は俺の意見に従うてもらうぞ、水影」
「御意」
水影が頭を垂れ、主の命を待った。
「五つの罪の内、最も疑わしきは、やはり、ばるさむ前国王の暗殺が件。此の件について、再度洗い直したい。王宮内に於いて、えるば殿が証言台に立った今、此の件について知るは……」
朱鷺が水影を意味深く見つめる。水影もまた、主の意を汲み取った。二人同時に、その名を口にする。
「——えとりあ(エトリア)王妃」
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